第43話 秘書の仕事
議員会館が夕闇に包まれる。
三人が応接室で『密談』をしている。
テーブルの上にはダンヒルのタバコ、ケーキ、コーヒー、お茶が置いてある。
事務室から高木の声。
「すいませ~ん。お先に失礼しまーす」
「お~う! ご苦労さん。後で神田の旨い焼鳥屋に連れて行くから」
「え〜、 信じて良いのかなあ」
「俺はウソは吐(ツ)かないよ」
「本当ですか〜。じゃ、お疲れ様でした」
高木が事務所を出て行く。
事務所には三人が残る。
武智は空のコーヒーカップを持ち、ソファーを立つ。
「ちょっと、熱いのに替えるべえ」
武智は安藤のコーヒーカップを見て、
「替えましょうか」
「おお、そうね」
武智はカップを二つ持って事務室に行く。
応接室に安藤と伴が残る。
伴は安藤を見て、
「仕切り屋(シキリヤ)ってどんなお仕事ですか?」
安藤は伴の突然の問いかけに、
「シキリヤ!?」
「高木さんから、『シキリヤ』と聞きましたけど」
安藤は力強く、
「僕は仕切(シキ)ってなんかない! 流れを調整しているだけ」
伴は首を傾(カシ)げる
武智が入れ替えたコーヒーを持って、ドアーの開いた応接室に入って来る。
伴を見て、
「オメー、飲むんだったら自分で入れて来いよ」
「ハイ」
武智はテーブルにコーヒーを置いて、ソファーに座る。
安藤が武智を見て、
「わるいねえ」
武智は入れ替えたコーヒーを一口、口にして、
「で?」
安藤はダンヒルのタバコを一本抜き、抜けた歯の間に入れる。
伴はすかさず例のライター(ディユポン)で火のサービス。
「おう!」
伴を睨(ニラ)み、タバコを深く吸い込み歯の間から煙を出す。
伴は俯(ウツ)いてジッと笑いを堪える。
安藤がおもむろに話始める。
「実はねえ、『あるヤツ』から依頼されて」
「あるヤツ?」
安藤が伴を一瞥(ベツ)する。
武智は安藤を見て、
「ああ、コイツなら大丈夫。口は固てえから」
武智は伴を睨(ニラ)む。
「あ、ハイ」
安藤はまたタバコを深く吸い、天井に向かって歯の間から煙をゆっくり吐き出す。
そして急に身体を前に倒す。
それに続いて武智と伴も体を前に。
安藤はおもむろに話始める。
「拡張工入れて資材高騰で予定価格十億六五〇〇、五社呼ばれて今回のチャンピオンは大成・徳嵩のJVが九億七三〇〇で落とす予定」
武智が驚き、
「なんだい、もうそこまで話が進んでるんですか」
安藤は武智と伴をチラッと見て溜息まじりに、
「ただ、『一社』がどうしてもねえ。このままだとモグラ叩きだ」
「? で、その一社って云うのは?」
「群馬の崎田と神奈川のフジミ工業のJVなんですよ」
「サキタ? 茂木派(旧竹下派)か。めんどくさいのが絡みましたね」
伴が、
「モテギ?」
武智はいぶった化な顔で伴を見る。
「 おい、オマエは少し黙ってろ」
「あ! ハイ」
安藤は話を続ける。
「そのめんどくさい会社ですよ」
「崎田に変な噂でも流れてるんですか」
「いや、実はフジミの方なんですよ」
「フジミ? 神奈川のフジミかあ。聞かねえ名前だな」
「いや、俺はそんな事どうでも良いんですがね」
「え?」
伴は安藤と武智の会話を目を丸くして聞いている。
「私が頼まれているのはその下の『下請け業者』なんですよ。どうせ、フリーに成っても『25』を切ったら『不調』で流れる。崎田としても、前々から上手くやっている裏仲間だ。昨日今日(キノウキョウ)の新参者じゃねえし、一応フリーに成っても仁義だけは通すでしょう」
「で、頼まれている下請け業者っていうのは?」
「東京の日下工業という所です」
「クサカ? どっかで聞いた事があるなあ」
「堀田(公明党)さんの所の秘書が顧問をしている会社ですよ」
武智は驚いて、
「ええ、早川の! あの早川が顧問だったのかあ。なるほど」
「そう。で、かりに、叩き合いに成っても八億三〇〇〇止まり。落札業者の利益をマックスで三割とすると、こっちの見積もりじゃ六億七千から七億」
「え~えって! 七億? 七億で出来るんですか?」
「大丈夫でしょう」
安藤は軽く答える。
「面白(オモシ)れえ。て云う事は崎田の息子を何とかコンペに引きずり込み大成・徳嵩で丸く収めれば良いという事かな?」
「それが出来れば、それこした事はないんですが、不二壬(フジミ)の『焦げ付き』は幾らあるのかなあ」
「コゲツキ?」
武智は驚いて安藤を見る。
安藤は意味深(イミシン)な表情で「ニッ!」っと笑う。
武智が安藤のシナリオにハタと気付く。
「そうか! よし、乗ったッ! で、入札日は?」
「五月の連休が明けて直ぐ」
「五月の連休明け?」
武智は代議士の机の裏壁のカレンダーを見る。
「三ヶ月後か。伴! 面白く成って来たぞ。安藤さんッ! 美味(オイシイ)しい話を有り難う御座います。来週の火曜日迄、待って下さい」
「・・・一週間か」
安藤はタバコをクリスタルの灰皿に強く押し消し、武智と伴を見る。
「分かりました。上手く行けば、大きいですからねえ」
安藤が席を立つ。
武智もそれに続き席を立ち、右手で厚い握手を求める。
安藤はそれに応え、差し出された右手を握る。
「じゃッ」
伴も我に返り席を立つ。
「ア、ご苦労様です!」
安藤は何も言わずに応接を出て行く。
武智が笑顔でもみ手すり手で安藤の後を追う。
「いや~、いやいや、安藤さんには負けるなあ。有難うございま~す」
振り返らず事務所のドアーを開けて退所して行く安藤。
ドアーが静かに閉まる。
伴は『映画の様な雰囲気』を感じて、
「格好良いですねえ」
武智は伴を見て、
「? どこが」
事務室の電話が鳴る。
伴が受話器を取る。
「お世話になります。中尾事務所です。もしもし、・・・もしも!?」
「うるさい!」
中尾先生である。
伴は恐縮して、
「あ! お疲れさまです」
「疲れてなんかない! 」
「失礼しました」
「何をしてる」
「はい、今、安藤さんとの打ち合わせが終りました」
「武智くんに代わりなさい」
「ハイッ! 武智さん、本人から一番です」
伴が電話を応接室に切り替える。
武智は得も言われぬ顔で応接の受話器を取る。
「ハイ! 代わりました」
「いいね。あまり深く掘らない事。今は周りの眼が厳しいからね」
「ハイッ!」
「で、大川クンから電話はあったの?」
「オオカワ? あ! まだ無い様です」
「マダナイヨウです?」
「あ、すいません。伴クンに替わります」
武智はソファに座る伴に受話器を渡す。
伴が驚いて、
「えッ!」
武智は小声で、
「大川から電話が有ったかとよ。適当に答えとけ」
「はい」
伴が元気良く、
「はいッ! 電話かわりました。大川サンは鋭意努力しているとの事です」
「なにッ?」
「あ、丁寧に進めているそうです」
「アンタ、時々わからない応え方をするね。武智クンに替わりなさい」
「はいッ!」
伴が武智に受話器を渡す。
「どう成っているの?」
「あ、だから緊張感を持って」
電話が切れる。
つづく
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