第40話 緊張感を持って

 先生が本会議に出て行った後。

武智と伴がソファーに座って茫然(ボウゼン)と見詰め合っている。

武智は深い溜息を吐いて、


 「毎日毎日、叱咤激励だ・・・」


伴が、


 「武智さんは金庫番だから仕方が無いですよ」

 「なにッ!」


武智が伴を睨(ニラ)む。


 「オマエがやれ」

 「無理ッすよ~。僕は泥棒は出来るかも知れませんけど、詐欺師はムリだ」

 「おい、バカにしてるんだろう」

 「とんでもない。尊敬してます」


武智はやけくそな笑いを浮かべ、


 「オメーよ〜・・・」


何か言いたいが止める。


 「まあ、良い。二時の大谷村の十人の陳情団、頼むぞ」

 「あ、はい」


伴が懐から手帳を取り出し読み上げる。


 「まず、県の出先、総務省、国交省、農水省、えーと、それ以外、どこか廻りますか?」

 「うん? おう、それで良い。特に国交省は官房の総括、各審議官、水資源の部長と地域対策の課長、河川局は局長、次長、各課長、この辺はくれぐれも宜しく頼むって言っとけや。特に、河川局の桑原次長は地元だからな」

 「はい。あの~、何の陳情に来るんですか?」


 高木がコーヒーとお茶を盆に載せ、笑いを堪(コラ)えながら応接室に入ってくる。


呆れた顔で伴を見る武智。


 「オメーよぉ〜、はるばる上州の田舎から、村長を頭(アタマ)に十人もの陳情団が雁首(ガンクビ)そろえてやって来るんだ。まさか、裏口入学でもあるめえ」

 「まあ、そうですけど」

 「村が沈んじゃうんだよ」

 「地盤沈下ですか」

 「バカッ! ダムの計画だよ。『湖底の村』になっちゃうの。そんな事、事前に棚の陳情ファイルを読んで頭に入れとけ。また、オヤジにドヤされるぞ!」

 「ああ、なるほど。石川達三の世界ですね」

 「何だ、それは?」

 「故郷(フルサト)が無くなっちゃう」

 「うん?・・・やっぱ、お前は政治家には向いてねえ。文豪の世界だな」

 「そうですか?」

 「いいか伴。こう云うのは、推進派と反対派が居るんだ。どっちの陳情団の話も丁寧に聞いてやる。そして、丁重な扱いをしてやる。偏ったら票は減る。どうせ、もう直ぐ解散だ。この辺の芝居は大きな山場だ。金も集めろ、票も集めろ! とにかく、行け行けゴーゴー。ヤバイ橋も渡らなくっちゃならねえ。さっき、オヤジが言ったろう? 親身になって丁寧に聞いてやる。しかし、無理はくれぐれもしない事」

 「ハイ。勉強に成りました」 

 「うん? うん」


武智はソファーの隅に座った高木を見て、


 「あ、それから高木くん、安藤さんの件、十六時に呼んでくれる」

 「あ、はい」


事務所の電話が鳴る。

高木が急いで応接室を出て行く。

事務所から高木の声。


 「武智さん、二番に大川(大川正義・地元事務所 第一秘書)さんからです」

 「おお? ハイハイハイ」


武智は代議士の机上の受話器を取り、二番のボタンを押し、


 「イヤイヤイヤ、忙しい。すみませんねえ、バタバタさせて」


大川が、


 「何だって、教育委員会を揺さぶれって? さっきオヤジから枝野のバカ息子の裏口の件で電話が有った」

 「直接ですか? さっきその件で事務所で会議をしてたんですよ」

 「教育委員会なんて巻き込まない方が良いぞ。共産党なんかに知れたら大変だ。あのオヤジはすぐに上を突っつけと始まるが、立場をわきまえて秘書を動かさないとなぁ。副大臣だぞ」

 「ごもっとも! ましてや今は有象無象が鵜の目鷹の目だ」


大川が、


 「栄護が手綱(タズナ)を取らなくちゃダメだ。あのオヤジ、自分には出来ないモノは無いと思ってる。詰め腹を切る事になるぞ」

 「すんません。勉強になります」

 「あの件は校長に話しを付けさす。アイツは昔から酒好きで女好きなんだ。だいたい教育者と云う者は助平が多い。後援会長のカミさんがやってる飲み屋でカミさんのパンツを被(カブ)らせてカッポレでも踊れば枝野は卒業できる」

 「イヤ〜〜、さすがだ! 是非、お願いします」

 「それから病院の息子もだって?」

 「はい〜」

 「応恵大の医学部なんかに入れるのか?」

 「それはバッチリです」

 「もし、その話しが事実なら院長の立民の支持から手を引かせる。あの院長の親父は済生会の会長で群馬県医師会の重鎮だしな」

 「なるほど。しかし何で立民支持者の院長のカミさんが、ウチの後援会の会計をやってるんですか?」

 「うん? あ〜、アレは後妻だからよ。ナンだカンダで息子も悩んでるんだ。あの息子は自殺未遂を二回やってる。もし入学出来たら息子にも明るい未来が見えるんじゃないの」

 「・・・なるほど。分かりました。頑張らせてもらいます」

 「また、電話する。インフルエンザにかかるなよ。大事な時だからな」

 「ハイ! あ、水神の婆さんの方、よろしくお願いします」

 「あいよ」


受話器を置いて、武智は改(アラタ)まって伴を見る。


 「伴!」

 「はい!」

 「この世界はいつも二つ先の事を考えるんだ。そうすれば手は後ろに回らねえ。オヤジに言われたら先のサキの事をな」

 「はい。あの〜。枝野クン、大丈夫でしょうか?」

 「エダノ?」

 「浦口さんの裏口の件・・・」

 「だから今の電話、聞いてただろう? 裸踊りを踊るんだってよ」

 「は?」

 「枝野くんの件は俺の案件じゃねえ。オマエと大川さんの仕事だ。バカ息子、いや後援会長の息子さんだ。丁寧に扱えよ」

 「卒業も裏口で、入学も裏口、就職も裏口、秘書官も裏口。本当に裏を知ったら表は眩しいでしょうね」

 「何ッ? オメー、あまり難しい事を考えるな。言われた事をハイハイとやってれば良いんだ。あのオヤジは元は日弁連の副会長だぞ。緊張感を持ってスピーディーに! だ」

 「ああ、クイック アンド レスポンスですね」

 「そうだ。分かってれば良い」

 「ハイ!」

                          つづく

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