第39話 先の読める人

 第一議員会館。

週初めの中尾事務所である。


 定例会議の準備中・・・。

『会議』といっても中尾事務所の場合、民間企業の「営業会議(パー券販売と陳情処理、地元情報発表)」と思って欲しい。


事務室では高木が電話をしている。


 「・・・ハイ。あいにく本日は全員、地元に戻っております(嘘である)。・・・ハイ。・・・ハイ。その様にお伝えします」


 応接室のテーブルの上。

秘書(二人)が手帳を置いて姿勢を正して座って居る。

中尾先生は懐(フトコロ)から議員手帳を取り出し徐ろにテーブルの上に置く。


 「サッ! 始めよう。で、どうかな?」


武智が初めに口火を切る。


 「ハイ! 私は昨日、水神村から戻りまして」


中尾先生の声はいつにも増して力強い。


 「うん、どうだったッ!」

 「大変な田舎で」


薄笑いを浮かべて、


 「そうッ!」


本日の中尾先生は精神が安定して、『強気』である。

武智がテーブルの上の手帳を広げ、報告して行く。


 「人口が百二十三、平均年齢六七歳、山川姓が非常に多く、移住者が三家族。この三家族の住所は水神に移して有るそうです。主に蜂蜜、椎茸、カボチャ、きゅうり、ナス等を栽培。自給自足! 村には毎日、巡廻販売車が廻って来てます」


中尾先生は鬼の様な歯を見せて「ニッ」と笑う。


 「六七歳か・・・高齢化してるね〜え。で、君の調書には、ほとんど住人が山川姓と書いて有るようだね」

 武智「はい。非常に多いのであります」


中尾先生の「ニッ」の笑い顔が戻らない。


 「そう。で、近くに郵便局は在るの?」

 「特定が在ります」

 「在る! アレの看板は立って無い?」

 「アレ?」


先生は小声で、


 「五木田(ゴキタ)だ」

 「あッ! まだ有りません」


中尾先生の気合いの入った声が更に続く。


 「よしッ! 大川(大川正義・地元第一秘書)くんに言って直ぐに看板を立てさせなさい。しっかりとしたヤツをね。それとご意見箱も忘れずにクッ付ける事」

 「ハイ!」

 「一週間に一度は『ご機嫌伺い』に廻るよう、大川くんに言っておきなさい。で、湯呑は配ったんだろうね」

 「ハイ。ただ、ほとんどの方がトメさんの親戚と云う事で」


中尾先生の目が輝く。


 「三十では足りない!?」

 「ハイ・・・」


天井を見上げ何かを考える中尾先生。

武智が口を挿む。


 「トメさんに後援会の取りマトメ役に成ってもらいましょうか」


中尾先生が力強く机を叩く。


 「そうッ! 君も成長したね~。そこなんだよ。ねえ、伴くん」


伴は自分に振られ、緊張。


 「ハ? はいッ!」


中尾先生は急に猫撫で声で、


 「で、君は何をしてたの?」

 「はい! 浦口さんと例のウラグチの件で」

 「そう。で、カステラは?」

 「はい。お持ちしました」

 「う~ん。喜んだでしょう」

 「はい。一人で良いのかと」

 「何ッ?」

 「裏口は一人ですか? と」


中尾先生は驚いて、


 「 一人ですか? そんな事が出来るのか?」

 「全体枠が有るみたいです」

 「ゼンタイワク。ほう・・・」


中尾先生は優(ヤサシイ)しい眼差しで武智を見て、


 「で、武智くんも同行したの?」

 「え? あ、私はちょっと」


中尾先生の顔色が変わる。


 「チョット?」

 「いや! 私は水神に」

 「いいですか? あの時私は一緒に行ってやりなさいと言ったはずだ」

 「あ、ハイ。ですから、私は・・・」

 「言い訳はよしなさい! 伴くんはまだ素人(シロオト)だよ。つまらない事を喋ってしまったら私が困るんだからね」

 「あ、ですから私は電話で」

 「うるさいッ!」


中尾先生は二人を見て、


 「人と人は触れ合う事により愛が深まる。分かりますね?」


二人は身を固くして、


 「あ! ハイッ!」

 「地元事務所の陳情者でも進学に迷っている若者やご家族が居る筈です」

 「ハイッ!」

 「アナタも浦口と熱い握手をして来るのです!」

 「あ、ハイッ!」


中尾先生が大声で高木を呼ぶ。


 「高木く~ん!」

 「ハイ!」


高木が応接室のドアーをノックし応接室に入って来る。


 「お呼びでしょうか?」

 「地元のヨネさんを出してくれる」

 「はい!」


高木が事務所から、


 「先生~、三番、ヨネさんです」

 「おお・・・」


先生はソファーを立って机上の受話器を取る。


 「ご苦労さんね~。大川くんは? ・・・そう。出てるの。どこえ? ・・・水神村? 何とまあ~、先の読める人だねえ~」


中尾先生は受話器を耳に二人を睨(ニラ)む。

武智と伴は俯(ウツム)いてしまう。

受話器からヨネの声が、


 「どうした? 陳情かい?」

 「うん。学校だ・・・」

 「学校? 大学かい?」

 「うん」

 「五人来てるよ。生還病院の次男坊、聖山病院の息子、それと・・・あ、枝野か」

 「生還病院と言ったね。 院長は立民党じゃないの?」

 「奥さんは中尾派だよ。婦人部の会計係りだ」


先生は驚いて、


 「え〜え、そうだったの? で、どこに入りたいの」

 「応恵大の医学部って書いてある」

 「オウケイ! あの院長はどこの大学だい?」

 「応恵でないの? ただ次男坊は今、四浪だからねえ・・・」

 「あ~あ、苦しんでるんだー。野党の立民党じゃ陳情に行ってもダメだしの〜う・・・」


中尾先生は二人を見る。

武智が伴の膝をこずき、合図をせがむ。

伴が気付き、中尾先生に手でOKサインを送る。


 「そう。その陳情書、ここにファックスしてくれる。伴くん宛(ア)てにね」

 「あいよ~・・・。それから川場村の集会場の看板、また、足が折れてんだよ~」

 「何~、またかあ・・・。私の反対派が多い所だからねえ。鉄パイプにしなさい。頑丈な」

 「あいよ~。あッ、言い忘れた。それからあの後援会長の息子、あの子、引きこもりで学校に来てないんだってよ。だから卒業出来ないって話しだ」

 「あンれまあー。そんで稲大に行きたいの? 彼は夢を追ってるんだな。よし、叶えてやろう。中尾の力を見せてやる。高校卒業の方は大川クンに任せなさい。あそこの校長と大川クンは同窓だ。あの校長だっていろいろと噂の有る男だ。大川クンには教育委員会に行くように言いなさい。後は彼の力の見せ所だ。ハハハ。じゃ、お願いね。どうぞ・・・」


中尾先生は受話器を置きソファーに座り直す。

二人を見て、


 「良いですか。簡単な事なんです」

 「ハイ! とても勉強に成ります」

 「私は、いつかも君達に言った事が有るよね。思い出してご覧なさい」


二人が、


 「は?」


武智が、


 「すいません。ちょっと記憶に・・・」

 「バカ者! 長いお付き合いをして行くんだ。固い絆! 絆(キズナ)は助け合いから始まる! どんな陳情でも早く、確実に、丁寧に、相手の身になり、力強く! 支援者を包み込むように。これが、厚い信頼関係、熱い一票に繋がるのだ。人にはそれぞれ『ヒトに言われぬ悩み』が有る。それを解決してやる事が政治家の使命だ。ひるがえって、それは我々の糧(カテ)に成る」


人差し指で机を叩きながら熱弁をふるう中尾先生。


 「ハイ! 勉強になります」


中尾先生は自分の発言に満足したかの様に、


 「うん・・・」


そして、テーブルの上のコップの水を一口飲み話を変える。


 「・・・安藤くんが来たらしいね」


武智が思い出した様に、


 「あッ! そうだ」

 「ア、ソウダ? 『報、連、相』はどうした」

 「すいません」


中尾先生は武智をキツイ眼で見る。


 「・・・で、何しに来たの?」

 「あ、横田のヘリコプター基地拡張工事の件で・・・」

 「おお? もう動いているの」

 「はい」

 「あそこは格納庫の増設もあるはずだ。もう直ぐ出るぞ」

 「えッ! そうですか。・・・今日の夕方、安藤さんと打ち合わせます」

 「そう。大いに進めなさい。横田も立川も『佐賀』も大変だ。落っこちたトランプさんと故安倍さんとの密約が有るからねえ」


武智が驚いて、


 「え!? サガも?」


先生が時計を見て、


 「おお、もうこんな時間だ。本会議が始まる」

中尾先生は議員手帳を懐に仕舞、ソファーを立つ。

二人を見て、


 「良いですか、無理はくれぐれもしない事。無理は怪我のモトと言いますからね」


武智と伴はソファーを立ち、


 「ハイッ!」

                          つづく

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