第35話 杵屋のカステラ

 文教振興会(応接室)。

テーブルを隔てて浦口と伴が座っている。


テーブルの下に手土産の『杵屋(キネヤ)のカステラ』の紙袋。

テーブルの上には浦口と伴の名刺が交互に置いて有る。


浦口はテーブルの上のマイルドセブンのタバコを一本抜き取り、口元に。

伴はすかさずポケットから例の「デュポンのライター」を取り出し、火のサービス。

浦口がニッと笑い、咥えたタバコを伴のライターの火に近づける。

浦口はタバコの煙を深く吸い込み、伴を見てニッコリ。


 「君、タバコは?」

 「私はやりません」

 「そう。健康的だね。・・・アナタが『カバン持ち』? 」

 「はい」


伴は足元の「杵屋のカステラ」の紙袋をテーブルの上に載せる。

浦口は「杵屋」と云う文字を見て態度が急変する。


 「おおッ! そう。いやいやいや、チョット待って」


浦口は事務員を呼ぶ。



 「山口さ~ん(山口喜美子)、お茶を出してくれる~!」


事務室から山口の声。


 「はーい」

 「玉露ネー」

 「はーい、分かりました」

 「それから、このカステラを持って行って」

 「はーい」


暫くして山口がお茶を二つ、盆(ボン)の上に載せて応接室に入って来る。

山口はテーブルの上の『杵屋のカステラ』を見て、


 「あらー、理事長の一番好きなモノじゃないの〜。これが来ると何か良い知らせでしょう?」

 

山口は伴を見る。


 「え? あ、 まあ・・・」


浦口が満面の笑みを湛え、


 「フタツだってよ。フ・タ・ツ!」

 「二つ! 国分寺の方(ホウ)も? さすが、中尾先生ね〜」


山口は若い伴を見て妙な『熟女の色気』を出す。


 「ウフフ。伴サン、良い男じゃない」

 「え?」

 「ごゆっくりしてらっしゃい」

 「あ、いや、恐縮です」


山口が応接室を出て行く。

浦口は咥えたタバコを灰皿に置き、お茶を一杯啜(スス)る。

伴を見て、


 「・・・で?」

 「で? あッ、実は稲大に入りたい青年が居(オ)りまして」


浦口は驚いて目を丸くする。


 「イナダイ?」


二人の沈黙が暫く続く。

浦口が新しいタバコを一本取り出す。

伴はすかさずまたデュポンのライターで火を。

浦口はタバコの端を噛み、ニッコリと笑い、


 「何人?」


伴は驚いて、


 「なッ、ナンニン? いや、一人ですよ」


浦口はヘリンボーンのジャケットの内ポケットから『赤い手帳』を取り出し、


 「ナマエ、聞かせて?」

 「枝野末男、十八歳です。中尾の後援会長の息子さんです」


浦口は手帳に書き取って行く。


 「で、何処(ドコ)の学部に入りたいの?」

 「文学部らしいです」

 「文学部? そんな学部で良いの?」

 「はい」

 「一部でしょうね」

 「え? そりゃあ、・・・多分」

 「分かった」


浦口は手帳をポケットに仕舞ながら伴を見て、


 「この時期は多いのよ~。あ、このカレ、稲大だよね。いや~、他(ホカ)の先生からも合計十人も頼まれちゃって」


伴は驚いて、


 「え、そんなにッ?!」

 「川田大臣のお嬢さんも、どうしても上知大学に入りたいと言うのよ」

 「ジヨウチ! 凄いですねえ」

 「凄くないわよ〜。ウラだもの。何処(ドコ)の大学も学生の取りあいで大変よ。少子化で経営大変みたいよ。・・・出来るだけ身元のしっかりしたご子息の方が安心出来るでしょう。特に先生方の関係してる御子息(ゴシソク)は『丸ホ』が付いて来るでしょう」

 「マルホ?」

 「あら、アンタ新人?」

 「あ、いやまあ、カバン持ちですから」

 「そうよねえ。マルホって補助金の事」

 「ああ、そう云うモンですか?」

 「そう云うモンよ。・・・確認の為、もう一度聞くけど、この枝野くんだけで良いのね?」

 「え!? はい。今の所は」


浦口は伴を見てお茶を勧める。


 「アナタ、玉露が冷(サ)めちゃうわよ」

 「あ、はい!」

 「冷めても美味しいけど」


浦口理事長は『ジェンダー』である。

                          つづく

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