第26話 遊戯組合での話法

 武智と伴が仲間組のビルの玄関から走って出て来る。

伴が武智に、


 「いやー、上手(ウマ)いですねえ~」

 「何が? おい! 早くタクシーを停めろ!」

 「あ、ハイ」


タクシーから降りて銀座の雑居ビルに入る二人。

エレベーターが停まっている。

武智が伴を見て、


 「三階!」

 「ハイ!」


伴は急いでボタンを押す。

エレベーターが三階で止まりドアーが開く。

武智がぐずぐずしている伴に、


 「おい、早くしろ!」

 「ハイ!」


廊下に沿ったドアーに会社や事務所の名札(フダ)が挿してある。

と、『全国遊戯組合中央会』の名札の前に武智が止まる。


 「ここだ」

 「ゼンコク『ユウギ』クミアイ・チュウオウカイ?」

 「パチンコやスロットの組合だ」


武智がドアーを軽くノックする。

ドアーをそっと開ける武智

乱雑な事務所である。

受付のテーブルの上に、書類や新聞が積まれてある。

武智は小声で畏(カシコ)まって、


 「失礼しま~〜〜す」


奥から暇(ヒマ)そうな中年の女性事務員が出て来る。


 「は〜い」


武智を見てカウンター越しに、


 「どちら様で?」


武智は名刺を一枚、事務員に渡す。

事務員は名刺を見て『慣れた口調』で、


 「あ~あ。ちょっとお待ち下さい」


事務員が奥の席で新聞を見ている老人に名刺を持って行く。

老人は眼鏡を外(ハズ)して名刺を見る。

机の引き出しから名刺を二枚取り出し、二人を見て応接に誘う。

事務員が、


 「どーぞー」


武智が恐縮して、


 「アッ、すいませ〜ん。突然で」


武智と伴は事務員の後に付き、奥の応接室らしき一角に向かう。

老人は頭を掻きながら席を立ち、遅れて三人の後(ウシロ)に付いて行く。


 武智と伴がソファーの前に直立している。

老人は武智と伴を一瞥し、古ぼけてあちこちが綻(ホコロ)びた様なソファーを指差す。


 「どうぞ」


武智は慇懃(インギン)に、


 「イヤ~、イヤイヤイヤすいません。忙しいところ」


武智と伴と老人は、すすけたボロソファーに座る。

老人はポケットからピースの両切りタバコを取り出し口元へ。

伴はここぞとばかり、例の『ディポンのライター』で火のサービス。

老人は伴をジロッと見て、一服する。

そしておもむろに一言、


 「・・・イソガシくないよ」


老人は胡散臭(ウサンクサ)い目で二人に名刺を渡す。

武智と伴は、また直立して丁寧に頭を下げ両手で熱く名刺を受け取る。


 「お世話ん成りま~す」


受け取った名刺には「専務理事安田道夫」と書いてある。

武智と伴は名刺を一枚ずつ安田に渡す。

安田は武智の名刺を見て、


 「いらない。さっき貰った」

 「アッ、イヤ~、これまた失礼をば」


安田は伴を見て名刺を預かる。

伴はぎこちなく、


 「伴 憲護と申します。いつもお世話に成ります」


安田が、嫌味(イヤミ)っぽく、


 「お世話した事ある?」


武智が、


 「あッ、ハハハハ」


武智と伴はソファーに座り直す。

安田は灰皿の上のタバコを摘まみ深々と一服吸う。


 「で、パー券だろう?」


武智がイヤらしく、


 「イヤンもう、安田専務さん話が早い」

 「もう、イッパイだ。一枚しか付き合えない」

 「そんな〜。日本中の田舎で、パチンコ屋のCMが凄いじゃないですか。儲(モウ)かって儲かって大変だー。ハハハハ」


タバコを灰皿に擦り付けて二人を見る安田。

すると突然、武智が真顔になり、


 「ところで専務さん。先週、うちの中尾が超党派の勉強会を立ち上げましてね」


事務員がお茶を三つ、盆に載せて持って来る。

武智は事務員を見て慇懃に、


 「イヤ〜、お手数かけまーす」


武智はお茶を一杯啜(ススリ)り、


 「実はその骨子と謂うのは・・・「税務監査の見直しとその強化」。『アイアール』がいよいよ始まります。それによる若干の法の補足、見直しをしようと、こんな大それた勉強会を立ち上げましてね。ご存知のように今、中尾は財務の副大臣をやらせてもらっています。法案の見直し検討をこれを叩き台にして進めて行こう。こう云う事を考えておるんででしょう。たぶん・・・」


武智はまたお茶を一杯。


 「なにしろ、国の財政が破綻寸前! 取れる所からギューと搾り取らないと」


安田は武智達に眼を合わせない。


 「・・・」

 「それで、勉強会の参考資料をチラッと覗いたんです。そしたら資料の冒頭に『パチンコ業界の現況』が細かく書いて有りましてね・・・」


安田のタバコの吸い方が急に早くなる。


 「アンタの所は一枚いくらなの」


武智は優しく微笑んでビクトリーサイン。

伴がカバンのチャックに手が掛かる。

武智は伴の靴を軽く踏む。

伴は武智の顔をチラッと見て手を止める。


 「そう言えば・・・、ある所から洩れ伝わって来たんですけど、北朝鮮と云う国に古いパチンコ台やスロット台が流出しているって、まさかあれは噂(ウワサ)でしょうね〜。ヒヨッとして『衛星ロケット』のスロットだったりして・・・」


安田が激しく貧乏揺すりを始める。

武智は伴の靴の上に載せた靴をどける。

伴はカバンからパー券を一束出して、テーブルの上に置く。

安田は驚いて韓国訛りで、


 「ナニッ、こんなに? 多いよー! ポク達はアンタの国にいっぱい税金(チェーキン)を払っているんだ。あんまり搾りとるな〜」


武智が姿勢を正し、


 「勿論です。安田専務さんの今のご意見、副大臣の方(ホウ)に即刻、上げさしてもらいます。有り難う御座います」


安田の口調が激しくなる。


 「金、カネ、カネって、お前等、シェージカはみんな乞食かッ!」


武智は人を食た様な顔で、


 「いえ~、安田専務さんの業界と同じです。回してるだけですよ」


武智は腕時計をチラッと見て、


 「お、もうこんな時間だ。伴くん、大臣が戻って来る。戻らなくては」

 「ハイ!」


武智が手帳を懐に仕舞いながら、


 「締切は毎月五日です。お手数ですから集金に、伴をお伺いさせましょう」


安田が声を荒げて、


 「いいッ! もう来るな。十枚しか付き合えんからな! パカヤロー」


 武智と伴が、古ぼけたビルから走って出て来る。

武智が、


 「おい、タクシー捕まえろ!」

 「ハイ!」

                          つづく

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