第25話 揺り話法(ゼノコン話法)

 暫くして奥のドアーが開き、ゴルフ焼けのメガネを掛けた『小柄な男』が出て来る。

武智と伴が起立する。

男は二人を見て、


 「いや~、どうもどうも」


武智はわざとらしく身体(ミ)を固くして軍隊調に、


 「すいませんッ! アポも取らずにお邪魔しました〜」

 「ハハハ、あいにく本日は室長が外出ておりましてね・・・」


男は名刺入れから名刺を一枚取り出す。


 「空閑(空閑静生 仲間組秘書室次長)と申します」


武智は空閑(クガ)の名刺を両手で熱く受け取り、名刺を見て、


 「イヤ~、良いお名前だ。気品がある。このお名前は元平家の・・・」

 「ええ? ハハハ、そうかも知れませんねえ。北九州には多いですよ」

 「ほお、そうですか・・・。クガさんね〜・・・」


武智も自分の名刺入れから一枚取り出し、


 「始めまして中尾博康事務所の武智です」


武智の姿勢はまだ固まって居る。

伴も名刺入れから一枚取り出し、


 「伴と申します。いつもお世話になります」


空閑は伴にも名刺を一枚。

伴は恐縮しながら身を小さく固め、両手で名刺を熱く受け取る。

空閑はソファーを指し、


 「どうぞ」


先にソファーに座る空閑。

武智が、


 「失礼します」


武智と伴が並んで座る。

ドアーをノックする音。

上席担当秘書(美人)がコーヒーをカートに載せて入って来る。

テーブルにコーヒーを静かに並べ、ニッコリと笑い、


 「どうぞ、ごゆっくり・・・」


伴は替わった美人秘書に目が点。

武智は芳しい香りの美人秘書を見て、


 「オホホホー、アイヤ〜、すいません」


軽く会釈して応接室を出て行く美人秘書。

美人秘書の後姿に相変わらず見惚れている伴。

武智が伴の脚をこずく。


 「あッ!・・・」


空閑が二人にコーヒーを勧める。


 「どうぞ」


空閑はコーヒーにシュガーとミルクを入れ、スプーンでゆっくりかき回す。

メガネの縁から怪しげな目で二人を覗く空閑。


 「先生は・・・。今、財務の副大臣で?・・・」

 「ハイッ! 党の建設部会の方でも頑張らせてもらってます」


空閑は納得したように、


 「あ~あ、建設部会でね。そう云う事でしたか。それはそれは忙しくて」

 「イヤ〜、貧乏暇無し。毎日走り回ってないと、痛い目に合いますから」

 「・・・石田サン、また組閣しましたね。やる気満々じゃないですか。これで近々有るんですかねえ?」


武智はブラックでコーヒーを啜りながら急に真顔になり


 「・・・春ですか・・・」

 「ハル! ほう。やはり」


空閑がコーヒーカップを置いた途端、

武智が、


 「あッ、そうだ!」

 「は?」

 「いや、先週ですねえ、既存建設物耐震強度再審査委員会と云う少委員会が有りましてね。本人の持ち帰った書類をチラッと覗かして頂いたら大中のゼネコンさんの名前がズラーと。そこにまた御社のお名前の上に丸が。・・・本人も気にしてまして『また仲間さんだ』何て独り言を。確か前回の東名厚木富士工区もJVで取りましたよね」


空閑の顔色が変わり唾を飲む。

武智は畳み掛ける様に、


 「いや~、ナカマさん! 最近、お名前が目立つ事、メダツコト・・・。また談合坂辺りの喫茶店でコーヒーを啜っているのかな? なんて。ハハハ」


と笑いながら鋭い目で空閑を睨む武智。

空閑は武智の目を気にして、


 「そう言えば先生のパーティーはいつでしたっけ? 」

 「二週間前に盛大にやらせてもらいました。森田喜朗サンや大泉サン達も来賓でいらしてくれまして。アレ? 御社の方にはご案内が?」

 空閑「えッ!? あ、はあ。残念ながら・・・」


武智は伴を見て、


 「伴く~ん、ダメじゃないの~・・・仲間さんはとても熱心な森田サンの支援者だったのに」

 「アッ、すいません。ウッカリしてました」

 ウッカリ~?・・・」


武智はきつい目で伴を見て、


 「仲間さんとJVを組んだ、BKテックさんにはお誘いしたんでしょうね」

 「え!? あ、ハイッ。相原がお邪魔した筈です」

 「相原クンが?」


空閑はコーヒーを一気に飲み干し、武智を見て、


 「先生の所は一枚幾らでしたっけ?」


武智は優しく空閑に笑いかけ指でビクトリーのサインを。


 「二万ですか。で、BKテックさんは何枚?」

 「伴くん、何枚でしたっけ?」

 「え!? あ、確か相原が・・・」


伴は背広の内ポケットから黒いビニールの手帳を取り出す。

そしてわざとらしく空閑に見える様にそっと片手を広げる。

空閑は安堵した顔で、


 「・・・三枚ですか」

 「いえ、三十で依頼と書いて有ります」


空閑は思わず空のコーヒーカップを啜り、咽(ムセ)てしまう。


 「ゴホッ、ゴ、三十!」

 「はい。依頼です」


武智は空閑を諭すように、


 「空閑さん。中尾は仲間さんの味方です。これからも大いに御社の為に頑張らせてもらいます。まだまだこれから永~いお付き合いをさせて頂かないと。おう、そうだ! 伴くん、アレを」

 「はい!」


伴はカバンのファスナーを開けてパーティ券を一束(五十枚)テーブルの上に『丁寧』に置く。

空閑はその束を見て驚き、


 「えッ! こ、こんなに・・・」

 「何を言って~、下請けさんとか役員さんとかみんな連れ添って、賑やかにお越し下さいな~。ハハハ」

 「でも、励ます会ってもう終わって・・・」

 「大丈夫! 十一月にまた盛大に開催させて頂きます。これはその時迄、大切に保管しといて下さい」


空閑の得も言われぬ顔が。

武智はすかさず、


 「それで、この券の入金絞め切りは月末です。一つ宜しくお取り計らいを。あッ、集金は伴にでも」


何か言いたそうな空閑。

武智は腕時計を見る。


 「おッ、もうこんな時間だ。大臣が戻って来る! 伴くん、オイトマしよう。空閑次長さんも忙しそうだし」


武智と伴が席を立つ。

武智は座ったままの空閑の右手を両手で熱く包み、


 「空閑さんッ! 安心して下さい。中尾が付いております。どんどん仕事をお取り下さい。能登半島地震後の整備再開発、神宮外苑周辺の道路整備、福島第一周辺の土地改良、横田のヘリコプター基地拡張工事! 佐賀の自衛隊航空基地の増設! 大阪万博にアイアール。これから忙しく成りますよ〜。石橋社長や仲間会長にも宜しくお伝え下さい。それじゃッ、是非是非、次のパーティ! お待ちしております」


武智は席を立ってドアーまで来ると、ふと、振り向いて、


 「あッ! お近くを通ったら是非、お寄り下さい。ゴルフの話でもゆっくりと。今度、ご一緒しましょうか。ハハハハ、じゃ、貴重な時間を拝借しまして有り難う御座いました」


武智と伴は足早に社長応接室を後にする。

                          つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る