学校と帰路で
(今日は何しよっかなぁ……)
凛奈との後ろ暗い逢瀬の翌日。志郎はいつも通り登校し、自分の席に着いて空想に思考を馳せていた。彼の席から少し離れたところではいつものようにクラスのトップカーストの連中が無駄話や馬鹿話に花を咲かせている。
志郎が少し声が大きくなりつつある彼女たちに目を向けようとしたところ、不意に前の席の女子生徒から声がかけられた。
「山岸くん。これ」
「? これは?」
何かの書類だ。それを受け取った山岸の声が聞き取り辛かったのか、彼と少し話をするつもりらしき女子生徒は少しだけ席を下げて山岸に近付いて答える。
「何か先生がついでに渡しといてって」
「……あー思い出した。冬期講習の申込書だ。ありがとう」
先生への頼み事、そして内容をざっと見たところで志郎は思い出した。これは勉強しようと思っていても身が入らず、点数があまり上がらない志郎が担任の教師に相談して貰った予備校の無料体験講座の申込書だった。
ようやく書類の内容について思い出した志郎に女子生徒は尋ねる。
「やっぱり今の時期から行った方が良いのかなぁ?」
「うーん、俺は成績があんまりよくないから行こうって思ったけど、田邊さんは成績いいし、いいんじゃない?」
「でも、そういう油断からってあるじゃない? どうしよっかなぁ……」
そう言いながら席を元に戻す前の席の女子生徒。志郎は特に引き留めることもなく申込書に必要事項を記入していくがふと何かを感じて顔を上げた。
「えー? 山岸くん? なくない? 凛奈ちゃんとか、ワンチャンもないっしょ」
「いやいや、付き合ってみたら意外といい人かもよ?」
「えー? 凛奈、山岸くんアリなの~?」
「うーん、私は今のところ誰とも付き合う気はないけど」
(……あぁ、あいつらが話のネタに使ってたのか)
志郎が感じ取ったのは悪意の込められた視線だったようだ。前の席の女子生徒と顔を近づけて話していたのが目についたのだろう。男子生徒の悪意ある弄りに取り巻きが悪ノリで乗っかり、凛奈が微妙に困りながら一刀両断しているようだ。
(別にいいけどね。帰ったら覚えてろよ……)
今日はいつもより過激な催眠をかけてやる。そう思いながら志郎は下校前のホームルームを受けてさっさと帰路につくのだった。
そしてやって来た志郎のお楽しみの時間。今日は家の中で待っていられるほど機嫌がよくなかった志郎は自宅の前で凛奈が来るのを待っていた。
「来たか。よしよし」
大人しく凛奈がこちらに向かってくるのを確認する志郎。しかし、今日はいつもと様子が違った。彼女の遥か後方からこちらに走って来る同じ学校の制服を着た生徒がいたのだ。
(うえ、どうしよ。ここまで来て……っ、先に凛奈に今日はなしって催眠を解けば)
しかし、志郎の判断は遅かった。大人しく志郎の家に向かっている凛奈の前に背の高い男子生徒が躍り出る。
「おーっと、山岸くんでいいな? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「……何?」
「君が凛奈ちゃんとこの辺で会ってるの何回か見てるんだけど、どういう関係?」
(見られてた? こいつ、ストーカーかよ……)
通常、志郎が凛奈と会うのは人目を避けて、だ。今日みたいなことや緊急事態でもなければ学校で会うことはなく、自宅で催眠をかけている間に翌日の行動を誘導している。
つまり、目前の彼は凛奈を追って彼女の自宅周辺まで何度か押しかけているということになる。
それを指摘したいところだが、目の前の彼の刺々しい雰囲気に押されて志郎は言葉を飲み込んでしまった。その間に目前の青年は言う。
「お前、凛奈ちゃんの何なわけ? 昼間は凛奈ちゃんもお前はないみたいに言ってたけど、この辺で何度も様子がおかしい凛奈ちゃんを見てるんだよね」
「……望月さんとは家が近くだから、別に。多分、俺みたいなのと一緒にいると周囲に誤解されるかもしれないからそういうこと言ってたんだと思うけど」
「ふーん……その辺は分かってるんだ。確かに君みたいな根暗が凛奈ちゃんと一緒にいるのがバレるとあの子に変な評判がつきそうだよな」
黙り込む志郎に対し、青年は値踏みするような視線を向ける。少し腹立たしい思いになる志郎だが、正直それよりも凛奈の様子がおかしいことを悟られてはならないという緊張でそれどころではなかったりする。
バレる可能性は時間がかかればかかる程拡大していく。それを避けるために志郎はさっさと手を打った。
「取り敢えず、用件だけ伝えるからちょっとどいて。望月さんも俺とあんまり一緒に居たくないだろうから手短に済ませたいだろうし」
「何か俺に聞かれてマズいことでもあるわけ?」
「……普通こういう時は聞かないんじゃないかな? 何? 君、ストーカー?」
志郎の言葉に露骨に顔を歪める青年。その隙に志郎は凛奈の耳元で囁いた。
「凛奈。今日はもう終わりだ。普通の状態に戻って家に帰ってくれ」
言いたいことだけ言い終えると志郎は青年を一瞥して告げる。
「じゃ、用件は伝えたし俺は帰るから」
足早に自宅に向かって去って行く志郎。その後ろでは正気に戻った凛奈とどうやら同学年だったらしい青年が明るい声で会話を始めていた。
「っ……」
一瞬だけ二人の方を振り返った後、その光景に対して惨めな気分を味わった志郎はそう遠くない自宅まで逃げるように去って行くのだった。
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