第5話 BBQのお姫様

 高原のバーベキューが出来るキャンプ場に、大人の男と女が楽しそうに料理を食べている。


 調理も既に終わり、もう食材もグリルには残っていない。皿に少々の肉類を残して、ほぼ満腹の二人だ。


 食事の終わったひとときの間に、


「どうしたの? 今日はそんなドレスまがいのワンピースなんて着ちゃって」と男。


 男は英語に長けた理論派の会社員。


「わたしね。子どもの頃から、シンデレラか白雪姫になりたかったの」と女。


 女は童話の世界に憧れた幼い日を夢見るOL。


「子供じみた発想だね」と一蹴する男。


 紙コップのワインを含みながら女は、


「ねえ、シンデレラと白雪姫ならどっちがいい?」と無邪気な質問をする。


 男は少し考えると、


「どちらも嫌だな」と笑う。


「どうして?」と不満そうな女の顔。


「だってシンデレラは継母にいじめられる毎日だし、白雪姫は毒リンゴだろう。お姫様の君にはどっちも似合わないさ」


 男は炭火でたばこに火を付けながら、笑っている。


「でも最後には素敵な王子様のキスが待っているのよ」と角口で彼の胸元にそっと寄り添う。


 備長炭の炭火が消え、グリルの中は灰だらけになった。


 っと、そのとき高原を駆け抜ける突風が二人の元にやってくる。草原の草が波のようになびいて、そのうねりが自分たち方へと向かってくるのが分かった。




 二人はみるみる間に突風の中にさらわれ、バーベキュー場の柱にしがみついているのがやっとだった。


 ほんの数秒のことだが、二人にはとても長く感じた。


 そして我に返り、目を開けると、男は、


「夢が叶ったね」と笑う。


「えっ?」


 唐突な彼の台詞の意味をつかめない彼女。


「君はシンデレラのほうさ」と彼は加える。


「私は白雪姫じゃなくて、シンデレラなのね」


 珍しく答えを出してくれた彼に、少しだけ気分のよい彼女だ。


「何でそう思ったの?」と彼女。


 彼は優しく手鏡を渡すと、


「見てごらん。顔中グリルの灰だらけだよ。まるでシンデレラ(灰かぶり姫)だからさ」と涼しい顔で笑った。


                          了

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