第4話 宇宙カプセル
クラリス宇宙通信社は、銀河ロードマップ上、どこにでも通信が可能なトランシーバーGW1の開発で一躍有名になった企業である。銀河証券取引所一部上場も果たし、人材の育成こそ企業の盤石化の本質とスローガンを打って、優秀な人材を集め始めた。
そのため旧来の人材と新入社員の間で、知識格差が生じていた。優秀な技術と知識を持った後発組が、ごく一部の意地悪で困った無能な上司に会社全体を抑制されて、自由な研究開発が出来ないという危機的な事態に陥った。
グループリーダーのマド・デンチューはこの内部格差を是正すべく、人材の均等化に着手。社員間の争いに心を痛めたひとりであった。
取締役のヒトミ・ゴクウは敏腕の女流技術者で、銀河上の特許の約八分の一を個人的所有する科学者の強者として異名を持つ人物だった。
「マドさん。この社内の人材知識の二層構造の一元化の計画にめどは立ちましたか?」
ヒトミはマドとすれ違った廊下で、プロジェクトの進捗状況を聴き取る。
「それが企画部のジョン・ヨコヤマのプロファイリングが遅くてまだなのです。だめなんですよねえ、彼も頑張っているんですけど」と正直に自分の感想と仕事の進捗状況を報告する。あくまで彼独自の視点での報告ではある。
「分かりました」とヒトミ。
それから数時間後、ジョン・ヨコヤマの降格人事が発せられた。関連会社の配送部門だった。新しい仕事はGPSで自動的に行き先を決める配達方法の開発だった。
彼は銀河王立大学を主席で卒業した超一流のアナリストであったにもかかわらず無情な人事に、皆が悔し涙で壮行会を行った。
翌日昼食の時間、社内食堂で、ヒトミは再びマドと会った。
「お疲れ様です。昼食はゆっくりお召し上がりください」とヒトミ。
「いやあ、このランチは最高デス」とマド。
「ところでマドさん。例の件、プロファイリングの上がってきた状況で、問題点は分かりましたか?」
「だめなんですよねえ。人事課のマイケル・タカハシも頑張っているんですけどねえ。いやあ、彼がなかなか社員経歴書の分別作業を終わらせてくれなくて、まだそこまでは」
マドは、頭をかきながら、普通の会話で、彼の視点による進捗状況を伝えた。
「分かりました」とヒトミ。
それから数時間後、マイケル・タカハシのシューター製造の下請け会社への降格出向人事が発表された。皆は身に覚えのないタカハシの失態に動揺を隠せない。だが、組織の一員たるもの社内の辞令に逆らうことは出来ない。彼は現場作業の仕事へと去って行った。
司法書士の資格を持った彼の一流の書類作成技術を失うことは、人事課にも痛手だった。
社員経歴書の選別が終わり、この会社で初めてのキャリアとノンキャリアの属性が暫定的に決められた。
ヒトミは帰宅前の会社の玄関で、マドを見かける。
「キャリアとノンキャリアの仕事の割り当ての目安は付きましたか?」
「いやあ、それが総務課のマーガレット・サワグチの業務一覧表の提出待ちでして、それが届いてからでないと。だめなんですよねえ。要領の問題かな。悪い子じゃないんですけどねえ」
マドのいつもの主観的な意見、報告に、「そうですか」とヒトミは頷いて、退社する彼を見送った。
翌朝、マーガレット・サワグチの降格人事が掲示板に貼り出されていた。庶務課備品係への降格人事だった。超一流のお嬢様学校の卒業生にして、会社創業者一族の孫娘であるマーガレットへの貼り紙の人事には皆が目を疑った。
しばらくしたある晩に、会社創設百周年の記念パーティーが行われた。宇宙に繰り出しての船上パーティーであった。同時にこのパーティーは新製品の試乗会も兼ねていた。関連会社の人間も含めた盛大なものだった。
社長のボス・サワグチが大広間の壇上に立つ。
「是非とも皆で、祝い、我が社の発展を喜んでくれ。そして試乗会にも是非参加してほしい。乾杯!」
マドの横にはマーガレットの姿があった。
「マドさん。ぜひ、試乗しましょうよ」と彼を誘う。
試乗ブースは、脱出用のエアシェルター乗り場だった。
「こんなカプセルのような乗り物で航行できるんですか?」とマド。
「とりあえず、百聞は一見にしかずです。座って乗り心地を試してみましょうよ」とウインクのマーガレットの言葉に、鼻の下を伸ばしたマドはコクピットシートに足を入れる。
「シートの弾力はいいね」とマド。
「ええ、シューター自体はマイケルの設計とプロジェクトですから。危険防止や回避のセーフティ・システムは万全です。安心して旅が出来ます」と説明する。そして彼女は、エアシェルターのフロント・シェードガラスを閉じる。
「おいおい。閉めちゃうのかい」とマド。
「閉めないとコクピットの電子コントローラーの可動を見れないので」とマーガレット。
彼女は船外操作のリモコンで、シェードのロックを行い、座標軸を外銀河のローカル星ニュープレアデスの第四惑星に合わせた。
「このナビゲーションは、配送部門でジョンが開発したものなので、間違うことなく誘導してくれる優れものです。試しに外銀河のローカル星ニュープレアデスの第四惑星に設定してみました」
コクピットには銀河のスクリーンと座標が細かく示されている。ほぼ狂いのない正確な位置が算出されていた。
「ちなみに、後ろのトランクルームには、事業用の銀河電話とファックス、小型PC三台が積載されています。簡易支店や営業所の備品ならこれで最低限業務が行える基本業務セットです。庶務課備品係の私が選んだ試乗会のためのデコレーションです」
そこでコクピットにいるマドを囲んで、ジョン、マイケル、マーガレットの三人が勢揃いして笑顔を向ける。
「私たちの新しい仕事、共同プロジェクトの最初の体験者はマドさんにしました。ありがとうございました。仕事頑張れました」と新入社員たち。
「支店格上げ出来るかはマドさんの手腕次第です。ひとりで人に責任をなすりつけず、言い訳もせず、上辺だけのいい人ぶった保身をせず、まことしやかな上から目線でいい加減な報告など出来ない環境で、ズルをしないで、がんばってみてくださいね」
再び、マドにマーガレットはウインクをした。
「おい、何のことだい?」と片手にワイングラスを持ったままのマドは、事態のおかしいことに漸く悟った。しかし時既に遅し。電子制御推進エンジンはフル可動回転数に達しており、すぐにでも発射可能でアイドリングしている。
その頃、船上パーティーのメイン会場では、マドの人事が貼り出されていた。その前は人だかりであった。
「要領の良さだけではだめだよな」
「言葉だけで努力しないのは自業自得だよ」
「最後はみんなポイなのかな?」
「おれも転職考えようかな?」と皆が口々に言う。
『太陽系冥王星支店外銀河ニュープレアデス第四惑星出張所所長マド・デンチュー 右の者本日付で赴任を命ず』
ヒトミ・ゴクウがその掲示紙を貼ると同時に、船上パーティーの母船から、一つの宇宙カプセルの光の帯が流れ星のように飛び出した。ニュープレアデス第四惑星に向けて。皮肉なことだが、これで困った無能な上司に抑制されて、自由な研究開発が出来ないという危機的な事態は、回避されることとなった。
了
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