第8話 おばちゃんと痴漢
通勤の満員電車の中で気を付けるのは、スリと痴漢。
他にパーソナルスペース確保で周囲に喧嘩を売る人とか、訳わかんないいちゃもんをつけてくる人から距離を取る事かしら?
数か月も通勤すると段々と満員電車の中でも疲れないコツとか、ポジションとか、トラブル回避とか学んでくる。
おばちゃんでもね。
そんなおばちゃんにも痴漢をしてくる馬鹿者がいるので驚きだ。
ある朝、急行の満員電車がホームに停まっていたので急いで乗り込んだ。同時にドアが閉まる。
ドアに向いて立ちながら、走り出した車内で安堵していると、太ももに違和感を感じた。見ると、私のスカートを捲し上げて太ももを触っている手がある。
おばちゃんの太ももだよ?
なんだこの手は?!と、つねり上げてそのまま上の方に持ち上げた。周囲の目が一斉にそのつねり上げた手に集中し、その手から腕、その先の数人離れた先で苦悶の顔を浮かべている中年の痩せた男に目が向けられる。
静まり返る車内。
次いで、次の停車駅でドアが開くと同時に、男は周囲を蹴散らすように脱兎のごとく逃げたが、先には乗り込むホームいっぱいのお客がいてあっと言う間に取り押さえられた。
阿呆極まりない。
と、いうごたごたがあったと、家で子供達に話し、娘にも息子にも重々気を付けるように言い含める。
娘はおかしそうに笑い、
「お母さんからそんな話を聞くとは思わなかった。お母さんが電車で通勤しているんだなあとなんだか改めて実感した」
と、いう。
確かに主婦をしていたら、こんな話はでないわよね。
「でも逆切れする人もいるから気を付けてね」
「あなたもね。息子君も、最近は男性を痴漢する男女がいるらしいから気をつけなさいね」
ハイハイと息子は苦笑し笑った。実際、同じ高校で被害にあった子もいるらしいので、他人ごとではない。
全く、とんでもない世の中になったものだと、親子3人で苦笑する。
息子の高校とは方向が同じで、時々一緒に通勤、通学する時がある。
夫とも同じ方向だが、一度も一緒に通勤したことはない。物凄く嫌がるからだ。
娘は途中で路線を乗り換えるので、あまり一緒に通勤、通学はしない。残念。
ある日、息子と通勤、通学で満員電車に揺られていると、ふと、目の前の男子高校生に目が行った。
理由はその子が制服のズボンを腰パンで履いているのが見えたからだった。
みっともないなあ。でも今はそれがオシャレなのかしら?と思って無視したが、ガタン!と揺れててその子がこちらに倒れて来た時に、思わず言ってしまった。
「ズボンあげなさい!緩んでいるからパンツ見えているわよ!」
その子はぎょっとした顔したが、慌ててズボンを腰上まで上げる。次の駅で降りる子だったらしく、
「ハイ、気を付けて行ってらっしゃいね!」
と、手を振ると、気恥ずかしそうに手を振り返して会釈して人ごみに消えた。
あら、いい子じゃないのと苦笑していると、息子が肩を叩いて怖い顔で言った。
「お母さん、僕のつもりで言ったでしょ?あれ、一歩間違えると痴漢って言われるからね?気をつけなね」
満員電車の中で嫌な汗をかいた。
全く今の時代、とんでもない時代になったものだと思いながらも反省した。
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