第7話 おばちゃん、パワハラ モラハラと戦う


 支店長が来た。

 事務所内に一気に緊張が走る。


 一斉にみんな立ち上がり、「おはようございます!」と大きな声で起立礼する。


 え?軍隊??


 と、驚いていたので、1テンポ遅れて立ち上がり、「おはようございます」と、にこりと笑うが支店長は鬼の形相だ。


 あああ~~~また地雷を踏んでしまったらしい。

 

「おばさん!こっちにこい!」


 支店長は頑なに私の苗字を呼ぶ気はないらしい。


 支店長室に行くと、ドアを開け放したまま、延々と私がいかに非礼で無礼でバカであるかを滔々と大きな声で説教してくる。

 

 その理由の根源は私が短大出で、社会経験が短く、しかもおばさんで、元銀行員だからだ。

 

 訳が分からない。


 大体こんなことをして意味があるのだろうか?

 叱るのなら端的にピンポイントで注意しないと意味がない。

 これではただの見せしめで、鬱憤晴らしでしかない。 


 それともこの恫喝まがいの叱責で、私が怯んで泣いて会社を辞めるのを期待しているのだろうか?

 

 いや…もしかして私を叱責しながら、他の社員へも威嚇しているのだろう。


 1時間程怒鳴り続けた支店長は喉が渇いたらしく、


「気が利かないババアだな!お茶!!」


 と、湯飲みをダン!と、机に置いた。


 簡易給湯室になっているコーナーに行き、電気ポットから煎茶に適温の温度にさまして、お茶を入れて持っていく。


「なんだこのお茶は!ぬるいじゃないか!!お茶も満足に入れられないのか!本当に役に立たないおばさんだな!」


 ぬるい?


 ああ…そうか。

 恐らくポットからの熱湯そのままのお茶を飲んでいたので、ぬるいと感じたのね。  

 仕方ない。

 

「申し訳ございません。淹れなおして参ります」


 と、湯冷まししない熱湯を注いだお茶を持って行ったら満足されたので一安心。


 前にいたベテランさんも熱湯煎茶を入れていたのかしら?

 好みだからどうでもいいけど、折角のいいお茶が勿体ないなと思いながら席に着く。


「〇さん…大丈夫ですか?」


 支店長が出社する度に、延々言葉のサンドバックになっている私を心配して、△さんが囁くように聞いてきた。


「大丈夫ですよ。ああいう物言いには慣れていますので」

「え?」


 おっといけない。余計な詮索をさせてしまう。


「それにしても、支店長は〇さんに対して当たりが酷いですよね?なんでなんでしょう?」

「前のベテランさんにもああいう感じだったんですか?確か、私と同い年くらいとお聞きしましたが」


「ああ…◇さんは、同じ元メーカー勤務の旦那さんなので、なんだそうですよ」


 成程。


「支店長は銀行がお嫌いのようですけど、何かこの事務所でトラブルがあったのですか?」


「いいえ。ただ、支店長は株をしているらしいのですが、何かで暴落して…その時委託していた銀行の担当者があの部屋に呼ばれて、〇さんみたいに散々罵倒していましたから…それかなあ?」


 それはとんだとばっちりだという事かしら?

 株をしているから自分がお客で立場が上だから、銀行勤務の者は全員が自分より下で何をしてもいいと言う、アレかな?


 いずれにしても支店長の考えをどうこうなどは、自分にはできないので、なるべく触る神に祟りなしでいかないといけないだろう。

 やれやれ。


 だけど、彼は日々の何かの鬱憤を、私を罵倒することで溜飲を下げようと決めたらしい。


 ある日、支店長のお友達という70代の人達がぞろぞろ偉そうにやってきた。


 全員リタイアして長いが、全員が様々なメーカーや企業の支店長や工場長をしてきた人達なんだそうで、延々と会議室でその昔の自慢話をしていた。


「おばさん!お茶!!」


 叫ぶ支店長に、ふと悩む。 


 支店長には熱湯お茶でいいが、他のお客様には熱湯お茶は失礼だろう。


 少し考え、支店長の熱湯お茶は紅茶用のティーポットで淹れ、他のお客様には急須で湯冷まししたお湯で煎茶を淹れて持って行った。


「このおばさん、新しく入ったんだけど全然できないババアでね。元銀行員で旦那も銀行員という人間の屑なんだよ」


 支店長の罵倒言葉ににやにやと追随するクソジジイもいれば、困惑した顔で


「そんな失礼な事をいうものではないよ、×さん。そういういい方はパワハラやセクハラになるんだよ?」


 と、諫める方もいる。


「それにお茶も美味しいじゃないか。最近はなかなか適温で出されるお茶が少ないけど、やはり銀行系は初期の教育がしっかりしているからちゃんとされていますね」


 と、クソジジイ支店長の友人の割には驚きの言葉を掛けてもらい、びっくりした。


 にこりと微笑んで

「ありがとうございます」

 と、会釈してドアを閉じた。


 今度はあの方が支店長の暴言の犠牲者になっていなければいいけどと思いながら。


 だが、どうもその方の方が支店長の言うところの「格」が上の方だったらしい。あの後、色々諫められたらしく、翌日珍しく連日出勤した時に、


「〇さん!お茶!ちゃんと適温でいれろよ!」


 と、叫ぶ。


 △さんと顔を見合わせ首を傾げる。


「適温?いつもの熱湯?それとも本当の適温?」


 わからないので、本当の適温で淹れていくと、満足そうに飲みながら、これこれと言う。


「あんたみたいな教養のないおばさんにはわかんないだろうがな、煎茶と言うのは繊細な飲み物で熱湯なんかで飲んだらその風味が…」


 恐らく昨日のきちんとされたお客様の受け売りなんだろう。

 支店長は延々と煎茶の淹れ方を得意げに披露してくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る