第5話 おばちゃん初出社の仕事はコイン・ランドリー指導
家族には会社の事は説明してある。
子供達は大学、高校、勉強時間やバイト時間等を計算して、上手く家事手伝いのスケジュールを組んでくれた。
夫は完全無視。
出社初日はいつもより早く朝4時に起きて朝ごはんもお弁当も完璧に作り、身支度を整えて夫より先に出た。
朝の満員電車はTVやネットで知り覚悟はしていたが、滅茶苦茶に押しまくられ潰されそうになりながら、ひーはーしながら出社した。
夫が毎日こんな思いをしながら出勤していたのかと思うと、少しは大変だったねと思いやりが持てた。
でも朝の「おかずはこれだけか」と吐き捨てるように言う言葉を思い出したら、そんな思いやりも霧散した。
事前に渡されていたセキュリーカードをドキドキしながらタッチしてビルに入る。面接に来たときは大違いの気分だ。
オフイスには既に彼女、△さんが来ていて、大喜びで私を迎えてくれた。なんだか嬉しい。
席は彼女の真向かいの席。各デスクは間仕切りがされていて、仕事中には視線が合わない設計になっている。
彼女は27歳の昨年結婚したばかり。勤務して4年。
私の仕事は彼女の仕事とバッティングしているそうで、まずは彼女のサポートからスタートだそうだ。
事務所内、ビル内の案内を受けて事務所に戻ると、他の社員が来ていた。
他には30代男性が3人、女性が1人、愛想よく挨拶して来た。
彼等は殆ど営業的な仕事なので、事務所にいるのはフレキシブルらしい。
他に1人、20代前半の大卒の女性がいるらしいが、毎日遅刻をしてくるので、今日もお昼ごろかもしれないと言う。
支店長はいない。
「支店長は…その…社長の確認がない時は…毎日その…お友達とゴルフに行っています」
ああ、重役扱いなのね。
「でもそれは社長には内緒です。バレるとまずいらしいです」
わかりました。聞かなかったことにしておきます。
お昼過ぎにもう一人の女性の▲さんが来た。
寝起きの顔にぼさぼさの頭。サンダルをぺたぺたしながら入ってきて、思わず私は寝起きの娘がリビングに入ってきたのかと錯覚してしまった。
「▲さん!今日から〇さんが来るから、ちゃんと定時に来てといいましたよね!それに恰好!それはオフィスカジュアルじゃないですよ!」
△さんが目を吊り上げて怒るが、▲さんは馬耳東風だ。なかなか凄いメンタルの子らしい。
▲さんがロッカーのあるコーナーの方に行くと、何かどしゃっ!!という音がした。何事かと立ち上がる私に、仕事を説明していた△さんが首をふる。
「見ない方がいいです」
「?」
でも何分経っても▲さんはこちらに来ない。心配になり見に行こうとするとみんなが止めるが、大丈夫といいロッカールームの方を覗くと…
大惨事が広がっていた。
▲さんのロッカーらしきところから、大量の汚れた?服が床に雪崩のように広がっているのだった!
窓が開いているが、すさまじい匂いがする!!臭い!!
「どうしたのこれ!?」
「毎日ここで着替えていたら…溜まっちゃった」
「はあ!?」
とにかく今はそんな戯言聞いているわけにはいかない!
マスクとビニール手袋を出してもらい、▲さんを叱責しながら分類してビニール袋に仕分けていく。
凄まじい量だ!
使用済みの下着まである!
既にカビているタオルやシャツもある!
だから凄い悪臭がしているのだ!!
「自宅はお近くなの?」
「家は…地下鉄で池袋まで行って、そこから西武線で‥駅から徒歩5分だけど」
「とにかくすぐ近くではないのね?」
「ハイ」
私はさっき開通してもらったPCで近隣のコインランドリーを検索した。少し先だが徒歩圏内で銭湯と併設のコインランドリーがある。
そこまでの地図を手早くプリントアウトする。
「ここにコインランドリーがありますから、昼休みにでも洗ってきなさい。こちらは洗うの大変だから、捨てた方がいいので…ここのビルで捨てていいかわかりませんが捨ててきなさいな」
「ハイ」
のろのろと▲さんは来た時の服装で行こうとしたので、比較的綺麗なシャツとスカートを選別して、他の男性社員が貸してくれた〇ブリーズを掛けて着替えさせた。
大体、この男女共有ロッカースペースは着替えるためではなく、コートなどを掛けたりカバンを置いたり程度のロッカーなのだと思うけど。
衝立の向こうには年齢の近い男性達がいるというのに、▲さんは平気な顔で下着丸出して着替えていく。
唖然とした。
「彼女、K大出身なんですけど、そんな優秀な大学生がここを受けて入ってきたのでみんな期待していたんですけど…。なんていうかずぼらと言うかルーズというか。何度も支店長に怒られていますが馬耳東風で」
でしょうねえ。
「学生時代から一人暮らしで、掃除が苦手でお汚部屋になっているらしいです」
想像つきます。
そんな話しを仕事をしながら聞いていると、電話が鳴った。
でも誰も出ない。
仕方ないので私が出た。
何故かみんなが立ち上がり、私の応対をじっと見ている。
何?もしかして力量を見ているのかしら??
「はい、〇〇商事でございます」
―〇さん?ですか?
「はい??はい、〇でございますが?」
―〇さん、▲です。機械の使い方が分からないので教えてください。
「え?▲さんですか?機械?もしかしてコインランドリーですか?」
―はい。
眉間に手を当てると、目の端に△さんが、行ってもいいよ!と、ジェスチャーするのが見えた。
「▲さん、暫くそこで待っていていただけますか?皆さんの了承を得ましたら、そちらに向かいますので」
―わかりました。
電話は唐突に切れた。
そういう事で、初日の仕事は社内案内と簡単な事務仕事と電話応対。
そして▲さんへのコインランドリー指導と、会議室で洗濯物のたたみ方講座で終わった。
何故か、その洗濯物たたみ講座に、△さんも混じっていたのには首を傾げたが。
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