第3話 おばちゃん履歴書を破かれる
父に紹介の就職先はとんとん拍子に話が進んだ。
どうやら相当切迫しているらしい。
その日のうちに履歴書を書いて、メールで送ってほしいと言う。送ると即、支店への面談日が送られてきた。
1週間後の午後2時。
私はリクルートスーツに近いお受験用のジャケットに、黒のパンツを履いて指定された事務所に向かった。
個人経営の中小企業の支店の一つと聞いていたので、こじんまりとした雑居ビルの小さな事務所を想像していたが、意外に大きなオフイスビルだった。
指定階に行き、指定の部屋の看板を確認し、インターホンを押すと、20代後半くらいの人当たりのいい女性がにこにこしながら出て来た。
中は事務机が6台ほど余裕で並ぶ事務室。横に会議室。奥に支店長室があると説明され、事務机から20代から30代の男女が、にこにこしながら立ち上がり会釈する。
感じとしてはよさそうで安堵して、案内された会議室で支店長を待っていると、60代以降の頭の薄い中肉中背で少し猫背の男性が入ってきた。
物凄く不機嫌。
嫌な予感。
瞬間、あーこれはダメだなと直感した。
そう思えたら気が楽になり、いろいろ観察することができた。
それにしても、着込んだ感じのある某有名メーカーのウインドブレーカーを着ているが、何か意味があるのかしら?
彼の手には私が先日、父の友人である社長に送った履歴書のコピーが握られていた。
「あんたが、〇さんか」
「はい、〇 〇子と申します、本日はお忙しい中、お時間を…」
「ああ、そんな社交辞令はいい。こんなの必要ないから、さっさと帰りなさい!」
そう言うと、支店長はいきなり、私の目の前で私の履歴書をビリビリに引き裂いて、私の顔に叩きつけて来た。
ぽかんとした。
面接どころか挨拶の途中で、まさか履歴書を破かれ叩きつけられて門前払いで帰れ!と、言われる展開は予測していなかったからだ。
男尊女卑時代や、女性は社会ではお茶くみかコピー取りか雑用しかできないとされていた時代から、今は男女平等時代で、パワハラやモラハラなどもってのほか。
自分が働いていた時代より、さぞかし女性が働きやすいリスペクトされている社会になっているのだろうと思ったが…・
驚いた。
自分が働いていた銀行ですら、こんな無礼な事をする人などいなかった。
これが中小企業というか、1支店長独裁会社の構図なんだろうなと、怒りよりも唖然というか呆れたというかバカバカしくなった。
滅茶苦茶に引き裂かれたコピーされた履歴書の残骸を見ながら、私は苦笑した。
「何か行き違いがあったようですね。私は本日、支店長さんと面談するようと〇社長から指示を受けて参りましたが…」
「図々しい奴だな!こんな紙切れ1枚メールで今日いきなり寄こしてきて!無礼な奴だ!!恥を知れ!あんたの旦那も同じ銀行務めらしいが、これだから金融マンと言うやつは…」
そこからは延々銀行員と銀行に対しての罵詈雑言の連続だ。
なんなんだろう?この人は何か銀行とトラブルがあり、その鬱憤をかつての銀行員だった私と現銀行員の夫に対して晴らそうとしているのか?
バカバカしい。
こんなバカの相手など時間の無駄だ。
ここで働けないというのなら、こんなバカの相手など時間の無駄。即、ここを出て父に連絡して事の成り行きを話して、次の就職に向けて動かねばならない。
こんなクソジジイの相手などしてられない!!
銀行員に対しての凄まじい罵詈雑言を初対面の者に対して吐き出す男を見据えて、にこりと微笑んで立ち上がる。
「わかりました。それではこれで失礼いたします」
ばらばらの履歴書を残しておいてもいいけど、何かされても不愉快なので、さっさとかき集めてティッシュに包んでバックにいれてドアに向かった。
「おい!まだ話は終わっていない!!これだから銀行員と言うやつは!」
あほか?このクソジジイは。
今まで人生で色んな人に会ったが、それでも皆礼節だけはきちんと守る人達だった。夫や義両親達ですら、他人にやっていい事と行けない事は弁えている。
身内には何してもいいとは思いこんでいる節はあるけどね。
あいつらより最低な奴がいるとは思わなかった。
世の中まだまだ勉強すべき事、知らない事が多いんだなあと、嘆息してドアに向かうと、ドアがいきなりバーン!と開いて、先ほどの女性が真っ青になって立っていた。
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