2章 新世界の希求者達
第129話 黄色の魔導士
それからイーアは毎日のようにガネンの森に行ってお母さんとお話した。
時にはお母さんとフーシャヘカから魔術を教えてもらうこともあったけれど、たいていはただおしゃべりをしていた。
イーアは、これまでにあったたくさんのこと、ナミンの家でいっしょに育った子どもたちのこと、グランドールで会った友達のこと、それから他の色んなことをお母さんに話した。
今までいっしょにいられなかった時間を取り戻すように。
ガネンの森にいられる時間は限られていたけれど、楽しくて夢みたいに幸せだった。
イーアはガネンの森にいく時は毎回、透明ローブを着て学校を出ることにしていた。
『友契の書』に頼めばすぐにガネンの森に行くことはできるけれど、その場を他の人に見られるわけにはいかない。
『友契の書』の「逆召喚」がどういう仕組みなのかイーアはよくわからないけれど、学校でやって疑われるのは避けたかった。
ラグチェスター校は郊外にあるグランドールと違って帝都のはずれにあったので、隠れることができる林は周囲になかった。
ガネンの森に行っている間に『友契の書』を奪われてしまっては困るから、人のいないところを探してたくさん歩いているうちに、イーアは帝都のはずれの貧しい地区にさまよいこむことがあった。
そんなに遠くないところに帝都の豪華な建物やデパートがあるのに、貧しい地区の人々は着るもの、食べるものにも困る生活をしていた。
美しい帝都の街並みと違って、貧困地区の路地はとても汚く、不潔な場所に出現する病をもたらす精霊が何体もうろうろしていた。
イーアが育ったオームでも、庶民の暮らしは貧しかった。貴族の暮らしとはとんでもなく違った。それでも、みんな、貧しいなりにそこそこ幸せに暮らしていた。
だけど、帝都のスラム街では、人々の顔にはっきりと不幸と怒りが見えた。幼い子どもですら、しかめっ面だ。
ある日、そんな貧困地区をさまよい歩いていた時、イーアは人だかりに出くわした。
誰かが演説をしている。
人だかりの前で、粗末な木箱の上に、たぶんまだ20歳前後のひげを生やした若者が立っていた。
演説の内容を聞いてイーアはすぐにこの集会がなにか理解した。
革命運動家の集会だ。
革命主義者は王制や貴族制の廃止を主張している人たちで、集会は非合法だから、バレれば警察に逮捕される。
「すべての人に平等な権利を! 貧しさのために死ぬ者がいない国に!」
演説の最後にそう叫んだ若者は、木箱から降り、かわりに小さな子どもをつれた女性を前に立たせた。
女性はぼそりぼそりと話し出した。
「わたしの弟は、食べるものがなくて、やせほそって、3才で死んでしまった。わたしの兄は、わたしたちのためにパンを盗んで警察につかまって、監獄の強制労働で死んでしまった。今、わたしの夫は毎日働いているけれど、食べるのに十分なお金がない。わたしの子どもたちはやせほそって、このままじゃ、この子たちまで死んでしまう」
母親にすがりつく子どもは、やせこけていた。
「そうだ! みんなそうなんだ!」「このままじゃいけない!」という声が群衆の中から聞こえてきた。
最初に演説をしていた若者が大声で「必死に働いても貧しい生活をしなければいけない。これは正しい状態か? 否!」と叫ぶと、群衆から賛成する声がとどろいた。
次に、片腕のない男が木箱の上に立った。
「俺は6歳から、工場で毎日殴られながら働いた。ほんの少しの給金で丸一日働いていた。いっしょに働いていた俺の友達は7つか8つで機械に挟まれて死んだ。14の時、俺も機械に挟まれ腕を失った。働けなくなった俺はゴミのように追い出された。失った腕には、一銭も払われなかった」
同情の声が聴衆からあがった。
最初に演説をしていた若者が叫んだ。
「この貧困をつくったのは誰だ? 働いても働いても貧しいのはなぜだ? 職場で死者がでるのはなぜだ? 仕事で病気になってもケガを負っても俺達には一銭も払われない。それは、俺達を
聴衆からの声が轟いた。若者はさらに興奮した調子で叫んだ。
「安い賃金で俺達を使い捨ての奴隷のように働かせて儲けている奴ら! 俺達が会ったこともない工場のオーナーは一体誰だ? 鉱山や大農園の持ち主は誰だ? 大金持ちの上級市民や貴族だ! 奴らは俺達を奴隷のように働かせて、俺達が作った物でもうけて、俺達から奪った
人々の怒りの声がとどろいた。
若者にうながされ、女性がひとり、木箱の上に立った。
女性は震える声で話しだした。
「あたしの娘は、12で、貴族の家のメイドになった。数年して、その家の主の子を妊娠した。あの子は、自分のじいさんみたいなとしの男に……!」
女性は泣いていた。泣きながら話していた。
「あたしは娘を家に戻そうとした。だけど、それから、ちょっとして……あの子が川に浮いているのが見つかった。おなかの子もろとも、殺されたんだ。だけど、あたしがいくら言っても、警察は自殺だといって、捜査しようともしない。両手足を縛られていたのに! 犯人は貴族だからだ!」
あまりに酷い話に、人々の貴族への怒りの声がとどろいた。泣き崩れる女性は、近くの人達にささえられながら、木箱の演壇から降りた。
最初に演説をしていた若者が再び箱の上に立った。
「このままでは、この生活は変わらない。なぜか? 王侯貴族と上級市民たちは自分たちのための政治をするからだ。警察は奴らのために動くからだ。誰がこんな国にした?」
「国王だ!」という声が群衆から上がった。
「もちろんそうだ。王には責任がある。だけど、王だけじゃない。選挙を知ってるか? 議会を知ってるか? 知らなくてもいっしょだ。選挙に参加できるのも議員になれるのも、貴族と税金をたくさん払った上級市民だけだからだ。この国を支配しているのは、奴らなんだ。この国のシステムを変えない限り、俺達は救われない」
革命主義者の若者は叫んだ。
「もううんざりだ! この国を変えよう! 王はいらない! 貴族はいらない! 上級市民も貧民もない、誰もが同じ権利をもつ平等な国、新しい我々の国を作ろう! 今こそ、闘争の時だ!」
人々の歓声が響いた。
群衆の後ろでイーアは思った。
(新しい国……そっか。国って変えられるんだね)
今までは、そんな発想が浮かばなかった。
おかしなことは、変えればいい。単純なことだ。国も法律も制度も人がつくっているものなのだから。
でも、イーアはこれまで、そんなことを自分たちができるとは思っていなかった。
だけど、ここにいる人たちはそれができると、そうするしかないと信じている。
イーアはラグチェスターで聞いた噂話を思い出した。
あの学校の生徒たちは貴族や魔導士の家の生まれの人達ばかりだから、こういう革命主義者を
同時に、恐れているようだった。
特に最近は貴族や金持ちを狙った爆弾テロが起こるという噂だから。
「奴ら、最近は呪符を使った高性能爆弾を使ったりするらしい」
「それに、最近は黄色の魔導士ってテロリストまででる」
「なんで革命主義者の底辺どもが魔術を使えるんだ?」
「基礎的な魔術なら今は簡単に学べるからな」
「だから、庶民を学校に行かせちゃいけないんだ。昔みたいに、文字を覚えることを禁止すべきだ」
貴族の生徒たちはそんな会話をしていた。あの人たちは、ここにいる人たちを同じ人間だとは思っていない。
ラグチェスターの生徒たちだって一人一人は別に悪い人たちじゃないけれど。
ここにいる人たちとラグチェスターにいる人たち。彼らが理解しあうことなんてできるのだろうか。
できなければ、この先にあるのは……戦い、なのだろうか。
魔術の圧倒的な力で繁栄を極めた帝国は盤石のように見えるけれど、実はすでに土台から揺らいでいるのかもしれない。
演説をする人が変わり、人々が歓声をあげた。
空き箱の上に立った人は、覆面で顔を隠し、薄汚れた黄色のローブを着ていた。「黄色の魔導士様!」と、群衆から声が聞こえた。
(あの人が黄色の魔導士?)
黄色の魔導士が粗末な演壇に立つと、人々の歓声が鳴りやまなかった。
「何もしなければ、奴らの支配が続き、搾取が続く。立ち上がろう。俺達の手で新しい国を作ろう。誰も
歓声の中に黄色の魔導士のむしろ落ち着いた静かな声を聴きながら、イーアは(この声、どこかで聞いたことがある)と思った。
声は若い。全身布で隠され、顔どころか皮膚さえまったく見えないから、誰だかわからない。
だけど、どこかでこの声を聞いたことがあるような気がした。
(ひょっとして、黄色の魔導士はグランドールの誰か?)
イーアがそう思った時、「警察が来たぞ!」という叫び声が聞こえ、人々はクモの子を散らすように逃げ去った。
透明ローブで身を隠したままイーアも路地を走った。
走りながら、あの声によく似た声の持ち主を、そして皮膚を隠す理由がある人物を、イーアは思い出した。
(あれは……ケイニス君?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます