第128話 フーシャヘカの話
聞き間違いじゃなかった。
イーアのお母さんは棺の中のカゲになってそこに存在していた。
「イーア? その姿は?」
「殺されかけて、別の子の、アラムの体に入っちゃったの。まさか、お母さんが、ガネンの森のカゲの中に入ってたなんて」
イーアは信じられない気持ちで、まるで夢を見ているような気分で、人型のカゲに話しかけた。
もう一度お母さんと会えたら。お母さんと話せたら。
何度もそうなることを願ってきたし、想像したことはあったけれど、本当にそんなことが起こるとは思っていなかった。
ひとしきりイーアがお母さんと話をした後、本物のカゲ、つまり、メラフィスの大魔術師フーシャヘカの意識が精霊語で話に加わってきた。
同じ人型の影からお母さんの声もフーシャヘカの声も出てくるから最初は奇妙な感じがした。
フーシャヘカは、精霊語と魔導語……と今は呼ばれているメラフィスの言葉、を話す。イーアはアグラシア語と精霊語。だから、精霊語が3人の共通言語だった。
イーアはフーシャヘカに自分がおかれている状況を説明した。
『なるほど、なるほど。ギアラドにいた私が、イーアさんの魂をアラムさんの体の中にいれたと。それで、今イーアさんは元の体に戻ろうとしている、そういう状態なわけなんですね』
『そう。できる?』
『可能か不可能でいえば、可能です。もちろん、イーアさんのお師匠さんが言うように、最初にイーアさんの体を修復しておかないと無理ですが』
(よかった。元の体に戻れそう)と思いながらイーアはさらにたずねた。
『それと、アラムを元の体に戻すこともできる? たぶん、あの祭壇の呪いで肉体から魂が抜けて、チルランになっちゃったんだと思う。アラムはあの石をはずした人の一人息子だから。祭壇の呪いは、石を手にした人の魂を奪ってチルランにしちゃうけど、その人が呪いを避けたら代わりに別の人の魂を奪っちゃうんだよね?』
フーシャヘカは説明した。
『そうです。守護精霊以外が石をはずすと呪いが降りかかる仕組みです』
『守護精霊は石をはずせるの? 守護精霊って誰?』
『祭壇の石像が守護精霊を示しています。ガネンの森ですと、ラシュトさんですね。だから、ラシュトさんは呪いにかからず石をはずせますが、他の人には呪いがふりかかります』
『おれはそんな話知らないぞ』
ティトが驚いたように言った。ティトが教えてもらう前にガネンの森が襲われておとながみんな殺されてしまったのか、長い時が経つ間にみんな忘れていたのかはわからないけれど。
フーシャヘカは説明をつづけた。
『石を手に取った本人が呪いを回避したら、一番近い血縁者か、もっとも大事に思っている人の魂を奪う仕組みになっています。だからアラムさんが魂を奪われたのでしょう。でも、アラムさんをもとに戻すのは、簡単ですよ。イーアさんがその体からでていったあとに、石を祭壇に戻せばいいだけです』
『石を戻すだけ?』
イーアは驚いて聞き返した。
『そうです。祭壇に保管されていた石を戻せば、魂は元に戻ります。呪いといっても、ただのいやがらせみたいなものですから』
気軽にそう言ってフーシャヘカは手をひらひら動かした。
たしかに、最初から知っていれば、普通だったら、簡単な話だ。
『でも、あの祭壇の石板の欠片は<白光>に奪われたから……』
アラムを元の体に戻すには、<白光>から支配者の石板の欠片を奪い取らないといけない。
それは、今のイーアにはほとんど不可能に近い。
それを悟ったのか、宙を漂っていた青いチルラン、つまりアラムは、がっかりした様子でティトの背中の上に降りていった。
さらに、フーシャヘカは言った。
『石板の欠片を戻せば魂は元の体に戻りますが、今の状態で戻してもアラムさんの魂は戻る場所がないので、うまくいきません。最悪、魂が消えちゃいます。だから、まずはイーアさんを元の体に戻さないといけないんです。ところが、私は治癒魔法は苦手なので、イーアさんの体を治すお手伝いはできないのです』
『それは、だいじょうぶ。今、ガリがわたしの体を治せる治癒師を探しているから。きっとガリならできるよ。体が治ったら、わたしを自分の体に戻して、それから、祭壇に石板の欠片をもどして、アラムを元にもどせばいいんだね。<白光>から石を取り返さないといけないけど。どうにかできるよ、きっと』
青いチルランは少し元気になった様子でふらふら飛びはじめた。
でも、フーシャヘカはちょっとためらうような様子で言った。
『ただ……。魂を移す術は非常に多くの魔力を使うのです。だから、ギアラドでイーアさんとお会いした私は、あの術を使って消えてしまったんです』
『じゃあ、やっぱり、あの時のカゲは、わたしを助けるために死んじゃったんだ……』
そうじゃないかと想像してはいたものの、はっきりと知ると悲しい気持ちになった。
だけど、フーシャヘカは全然気にしてなさそうな声で言った。
『死んじゃったというか、魔力を使いつくして消えたんです。私は最初から死んでますから。私たちは後世に知識を伝えるために、生きていた頃の私が残した記憶と魔力の残滓にすぎないのです。それに、この棺の外にいるだけでいずれは魔力を使いつくして消えちゃうんです。だから、役割を終えたら、私は消えても一向に構わないのです。ですが、そのぉ、言いにくいことに、イーアさんの魂を戻すためにあの術を使えば、私とともに……』
イーアは、カゲが言わんとしていることを理解した。
『お母さんが? お母さんが消えちゃうの?』
お母さんの声がカゲから聞こえた。
「イーア。私はフーシャヘカ同様、すでに死んでいるの」
でも、イーアは小さな子どもに戻ったように叫んでいた。
『いやだ! お母さんが消えちゃうのはいやだ! お母さんが消えちゃうんなら、このままでいい!』
お母さんを消してまで、自分の体に戻りたくはなかった。自分とアラムを元に戻そうという、さっき決めた計画はもうすっかり頭から消し飛んでいた。
お母さんとせっかく会えたのに。また別れるなんて。
とても耐えられなかった。
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