第127話 ミリアの行方
支配者の石板の欠片を片手に握りしめ、ギルフレイ卿はイーアのお母さんの方に手をのばして言った。
「来い、ミリア。<光の神殿>に戻れば、呪炎の
イーアのお母さんはギルフレイ卿を見つめてしっかりとした声で言った。
「いいえ。呪いは解けない。ラムノスが言った通り。私は今日死ぬ。アンドル……かわいそうな人」
まるで同情するような哀れむような瞳で数秒、兄を見つめた後、イーアのお母さんは「さようなら」という声を残して姿を消した。たぶん、転移魔法でどこかに移動したのだろう。
「ミリア!」
舌打ちし、地面をけり、しばらく
『お母さんは、どこへ行ったのかな? 何かわからない?』
『わからない。でも、そういえば、森の花たちが、あの日、イーアの母さんが死にそうな様子でひとりで歩いていたのを見たって言ってたな』
『この洞窟にくる時? それとも、この後?』
『わからん。でも、場所は、イーランが来る場所の近くだ』
『行ってみよう』
お母さんが死ぬ瞬間は、見たくなかった。だけど、お母さんがどこへ行ったのか見届けなくてはいけない気がした。
イーア達は、ガネンの森の霊草霊樹の間を走っていった。
手を振ったり話しかけてくる精霊もいたけれど、今は時間がないのでおしゃべりするわけにはいかない。
『友契の書』の逆召喚の制限時間が来てしまう前に、イーアはすべてを見届けたかった。
ガネンの森の一角に、特に霊素が濃い場所がある。
そこには、普通のレントンの木の何倍もの大きさのレントンの大霊樹が沢山たっていて、
ここにいる精霊たちは、ガネンの森のほかの場所にいる精霊たちと同じ種族であっても、どこか異なる外見で、ずっと強そうな霊力を放っていた。たぶん、ここの精霊たちは召喚術では上位種と呼ばれている存在なのだろう。
その
たくさんの巨大なホムホムが薄い光を放ちながら漂っていて、そこにいるだけで周囲を囲むレントンの木から霊力が流れこんでくるような感じがした。
世界を旅している霊獣達の王あるいは神のような存在であるイーランは、たまにこの場所にやってくる。
本当はこの場所はガネンの民は立ち入り禁止だったのだけれど、イーアは幼いころ一度ティトといっしょにここでイーランに会ったことがあった。
イーアは手鏡を動かして周囲を探した。やがて手鏡にお母さんの姿が映った。
呪いの炎に蝕まれ黒いアザがすでに首にまで広がっていたけれど、お母さんは力をふりしぼり『イーランの来訪所』のどこかを目指して必死に歩いていた。
『お母さん……やっぱり、ここにきたんだ』
『でも、ここには何もないぞ?』
ティトが首をかしげながらつぶやいている間に、お母さんは『イーランの来訪所』の奥にある岩へと歩みを進み、その岩に手を置いた。
岩が動き、地下へと続く下り坂が現れた。
『あんな仕掛けがあったのか!? おれも知らなったぞ!』
『グランドールの地下と同じで、石板の欠片が奪われると開くようになるのかも』
イーアは、近くにいたラプラプにお願いして、地下への道を照らしてもらい、過去のお母さんの後を追って狭い地下の坂道を下りて行った。
じきに狭い地下室に着いた。そこにはグランドールの地下にあったのと同じような石の棺がひとつだけあった。
『あれは、カゲの棺。やっぱり、ガネンの民にも、石が奪われたらあの棺を開けるように言い伝えがあったんだ……』
ティトはイーアの横から頭だけ出して棺を見ながら言った。
『あの棺をあければ、あの怪しい影が出てくるってことか。よかったな。これで、イーアを元の体に戻せるやつがみつかるぞ』
『うん。でも、今、お母さんが棺をあけそう……』
お母さんは石棺の蓋を開けた。
棺の中から、見覚えのある人型のカゲが出てきた。
<おやおや、こんにちは。でも、残念ながら、あなたには、すぐにさよならを言わねばならなさそうですね>
イーアには半分くらいしか聞き取れなかったその言葉は、魔導語のように聞こえた。お母さんは、魔導語らしき言葉でカゲに話しかけた。
<あなたは、もしかして、メラフィスの大魔術師フーシャヘカですか?>
<えぇ、まぁ、似たようなものですが、本物ではありません。私はフーシャヘカの記憶と魔力の
<フーシャヘカ。教えてください。ガネンの民は皆、殺され、石板の欠片が奪われました。どうすればよいですか?>
カゲは考えこむような仕草をして言った。
<ここにあなたしかいないとなれば、
<そうですか……>
<でも、そうだ。せっかくだから、あなたもいっしょにどうですか? あなたに残された魔力を全部つかえば、記憶と意識くらいなら残せると思いますよ>
『え?』
イーアは耳を疑った。
魔導語はちゃんと聞き取れないから、ただの聞き間違いかもしれない。だけど、まちがいでなければ、今、カゲは手をひらひらさせながら気軽な調子で……。
<お願いします>
お母さんの返事が聞こえた直後、カゲが長い呪文を唱えはじめた。
お母さんの体はいまや全身が暗黒神の呪炎に包まれようとしていた。
だけど、カゲの呪文が終わったその時、お母さんの体から目に見えない何かが抜け出し石の棺の中へと流れ込んでいったのをイーアは感じた。
残された肉体が燃え尽きて灰になって消えた瞬間、カゲは、<うまくいきましたね。それでは、また誰かが来るまで待ちましょう>とつぶやいて、手をのばして石の棺の蓋を自ら閉めた。
イーアは急いで石棺に駆け寄った。
『イーア、突然どうしたんだ?』
魔導語を理解できないティトがびっくりしていたけれど、イーアはティトの言うことなんて聞いていなかった。
イーアが全力で棺の蓋を開けると、棺の中から人型の影が起き上がるように出てきた。
「お母さん!」
イーアが叫ぶと、数秒後、人の形の影から声が返ってきた。
「……イーア?」
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