第126話 青いチルランの正体

 その日の夕食の時には、ギルフレイ卿はもういなくなっていた。夜、イーアはベッドの上にねっころがって考えていた。


(ギルフレイ卿のこと、知りたくなかったよ……)


 ずっと憎い仇としか思っていなかったギルフレイ卿が、お母さんにとって仲の良かったお兄ちゃんだったなんて。怒りと憎しみに、今は異質な感情が混じってしまった。

 そして、お母さんの気持ちを想像せずにはいられない。

 お母さんがお兄ちゃんに殺されたと知った時、イーアは、それは自分がユウリに殺されるみたいな状態だと思ってしまった。

 もしも自分がユウリに殺されることになったら、ついそう考えていた。


 たぶん、殺されても、イーアはユウリを完全に憎むことなんてできない。

 恨むだろう。怒るだろう。自分の大切な家族を殺されたら。

 でも、今までユウリと一緒に過ごした年月は、愛情は消えない。たぶん、どれだけ憎んでも、愛は完全には消えない。

 だから、わかってしまった。


 お母さんが、イーアにすべてを忘れさせたのは、きっと、イーアの安全のためだけじゃなかったのだ。

 自分の子どもと兄が殺しあう未来を避けるためだったのだ。


 イーアは天井を睨みつけながら、心の中でつぶやいた。


(でも、だとしても、あの人はゆるせないよ……)


 ガネンの民を皆殺しにし、マーカスを死なせ、今はバララセでまたたくさんの人の命を奪っている。

 悪魔のような、悪魔よりもひどいかもしれない、ギルフレイ卿を放っておけはしない。



 天井をふよふよと青いチルランが飛んでいた。いつもとは違い、何かを言いたそうに。


『どうしたの、チルラン?』


 青いチルランはドアの方に飛んで行った。

 青いチルランはドアの下の隙間から勝手に部屋を出入りできるから、ただドアを開けてほしいわけではないはずだ。

 イーアに何か伝えたいのだろう。


 イーアがドアを開けると、青いチルランは廊下に出て行って、イーアを先導するように廊下を飛んでいった。

 イーアが後ろをついて歩いていくと、青いチルランは、あるドアの前で、ここだと言うようにくるくると飛び回った。


 イーアはドアを開けた。鍵はかかっていなかった。

 そこは、物置に使われている部屋のようだった。

 アラムが昔遊んでいた木のオモチャらしきものが、床においてあった。オモチャはすっかりほこりにおおわれている。

 そして、その手前に、ほとんどほこりをかぶっていない手鏡とローブが置いてあった。

 イーアは手にとって確認した。


(これって、わたしがバララセで見つけた魔道具と、マーカスがくれた透明になれるローブ……? なんでここに?)


 イーアはいそいで手鏡とローブを持ってアラムの部屋に戻った。誰にも見つからず、無事に部屋に戻ると、イーアは机の上に手鏡とローブを置いて、もう一度じっくりと手鏡を観察した。

 間違いなく、バララセの古代遺跡でククックーにゆずってもらった、あの手鏡、<昔日見の手鏡>だ。

 手鏡を見ているうちに、イーアは思いついた。


(そうだ。ガネンの森で過去を見よう)


 <昔日見の手鏡>で過去を見れば、何かわかるかもしれない。

 <昔日見の手鏡>の使い方は、バララセでカゲにちゃんと聞いて、まだ覚えている。

 『友契の書』に頼めば、イーアはティトがいるガネンの森に一瞬で行けるから、ガネンの森でこの魔道具を使うことができるはず。


(だけど、ギルフレイ卿の家で『友契の書』を使うのは危ないよね……)


 念のため、イーアはラグチェスター校に戻るまで待った。

 日曜日、一度学校に戻ってから外出し、人のいない帝都の路地でイーアは透明ローブを羽織った。

 そして、さらに移動してから『友契の書』に頼んだ。


『友契の書。わたしをガネンの森につれていって』


『逆召喚中に、精霊の召喚は行えません。また、本書自体は転移しません。よろしいですか?』


 『友契の書』がこの路地に置き去りになる、ということだから、ちょっと不安だけど。


『うん。お願い』


 イーアは頼み、ガネンの森に移動した。



 ガネンの森に着くと、すぐそばにティトが寝そべっていた。ティトはイーアが到着するとすぐに片目を開け、それからゆっくり起き上がって伸びをした。


『ティト、カゲについて何かわかった?』


『いや。見つからない』


『じゃ、これを使ってみようよ』


 イーアはそう言って<昔日見の手鏡>をティトに見せた。ティトは大きな目をぱちぱちさせて手鏡を見た。


『そういえば、そんなものがあったな。わざわざオーロガロンのいる密林まで取りに行ったんだ。あの変な奴の道具だからあてにならないかもしれないけど、使わなきゃ損だ。使ってみよう』


『うん。ガネンの森が<白光>に襲われた日、何が起こったか見てみよう』


 ガネンの民が殺される光景は見たくないけれど、あの日の出来事に手がかりがあるかもしれない。


『ああ。でも、ここらへんで使っても意味はないな。ここでは何も起こってないはずだ』


 <昔日見の手鏡>は、指定した日数さかのぼった過去の時点の、同じ場所の光景を見ることができる魔道具だ。つまり、自分が今いる場所で起こったことしか見ることはできない。


『カゲがいるとしたら、祭壇の近くだよね。祭壇のとこに行こう』


 イーア達は祭壇のある洞窟の前に移動した。

 イーアは洞窟に向けて<昔日見の手鏡>を手に持ち、カゲから教わった呪文を唱えた。

 でも、<白光>が攻めてきたのが何日前のことなのか正確にはわからないので、何度も試さなければならなかった。


 最初に映ったのは、まだ洞窟が壊されていない時、つまり、<白光>がガネンの森に攻めてくる前の時点だった。

 洞窟が壊される前、壊された後、何回試したかわからないくらいいろいろな日数を試して、(やっぱ無理かも)と思った時、手鏡の中に、突然、白装束の男の後ろ姿が映った。

 手鏡に映っているのはひとりだけだ。白いフードは頭から外れており、見間違いようのない銀髪が映っていた。


『ギルフレイ卿……』


『当たったな』


 ギルフレイ卿は魔法で洞窟の入り口を封じていた巨大な岩を破壊し、中に入っていった。イーアは手鏡を持ったまま、後を追いかけるように洞窟の中へと入った。

 手鏡に映る洞窟の中の様子は、今とそれほど変わっていないように見えた。

 やがて、ギルフレイ卿が祭壇の前に着いた。

 祭壇のラシュトの石像の前で、ギルフレイ卿は何か呪文を唱えていた。


『何をしてるんだろう』


 イーアがそうつぶやいた時、女の人の声が聞こえた。


「アンドル! やめて、アンドル。この祭壇は、メラフィスの大魔術師フーシャヘカが作ったもの。祭壇にかけられた死の呪いは、あなたの力では解けない!」


 この声は、たぶんお母さんだ。アグラシアの言葉を話している。

 おそらく、イーアをナミン先生のところへ転移させた後で、お母さんはここにきたのだろう。

 イーアは手鏡を動かしお母さんの姿を探した。

 苦しそうに洞窟の壁に手をつきながら、祭壇にむかって歩いてくるお母さんの姿が手鏡の中に映った。


『お母さん!』


 イーアは思わず呼びかけたけれど、もちろん、お母さんにイーアの声は聞こえない。手鏡の中に映っているのは、過去の映像にすぎないから。

 ギルフレイ卿の声が洞窟内に響いた。


「フーシャヘカ? メラフィスの古代王国を滅亡させた裏切者の大魔術師か。おもしろい。後期メラフィス随一といわれた大魔術師フーシャヘカの呪い、俺に解けぬかどうか、やってみせよう」


 呪文を唱え終えたギルフレイ卿は、祭壇のラシュトの石像の口に手を伸ばし、石を取り出した。

 ギルフレイ卿には何も起こらない。

 ギルフレイ卿は支配者の石板の欠片を手に、満足そうな笑い声をあげた。


「ほら、みろ。ミリア。死の呪いは回避した。帝国の魔術は今やメラフィス王国の魔術に追いつき、超えようとしている」


「いいえ。呪いは多重にかけられてる。自らの死を回避すれば、最も近しい者を失うと、ガネンの伝承がつたえている」


 そう、お母さんが苦し気な声で言った時に、イーアは気が付いた。

 祭壇の傍に出現した小さな青い光に。イーアは思わず、自分の傍を確認した。

 イーアの横にも、いつもの青いチルランがいて、いっしょに手鏡の中を見ている。

 だけど、手鏡に映っている青い光は、このチルランの光の反射ではない。

 イーアはその青い光、祭壇の傍に出現した青いチルランを見ながら考えた。


(ギルフレイ卿が石板の欠片を取り出した瞬間にチルランが出現した? グランドールの地下でも、マーカスが死んだ後にチルランが出現したって、ヤゴンリルが言ってた……)


『ひょっとして、チルランは祭壇の呪いで死んだ人の魂? グランドールの地下でマーカスは紫のチルランに? ここではギルフレイ卿の代わりに誰かが青いチルランに……』


 それが誰なのか、イーアは気が付いた。

 ちょうどこの頃から、魂を失ったようになってしまった者。ギルフレイ卿に最も近しい者。

 イーアはかたわらの青いチルランを見た。


『アラム? 青いチルランは、アラムなの?』

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