第125話 呪いの炎
バルゴの小屋を出た時には、雨が降っていた。だから、イーアは館に戻るまでに全身びっしょり濡れてしまった。
一度アラムの部屋に戻ったけれど、イーアはすぐにお風呂に入ることにした。
お風呂に入る準備をしながらも、頭の中はバルゴから聞いた話でいっぱいだった。
(まさか、お母さんとギルフレイ卿が兄妹だったなんて。お兄ちゃんに殺されていたなんて……)
全部バルゴの作った作り話じゃないかと思いたくてたまらない。
だけど、嘘だとは思えなかった。
同じミリアという名前の別人……とも思えなかった。
お母さんがイーアをアグラシアに送ったこと、イーアがナミンの家に着いた初めの頃から帝国の言葉を理解していたこと、そして、お母さんがガネンの森の出身ではないこと。
それらすべてが指し示すのは、お母さんがアグラシア出身だったということだ。
しかも、異界であるガネンの森にやってきたり、あの短時間でイーアを守るために高度な魔術をかけることができるすごい魔導士。さらに、外見はガネンの民やバララセ人と同じ。
そんな条件を満たすミリアという人が、他にいたとは思えない。
廊下を歩きながら、イーアはふと気が付いた。
あまりにショックでずっとそこまで頭がまわらなかったけれど。
(そっか。アラムって、わたしの
あまりに似ているところがなさすぎて、アラムと自分が血縁だとは想像もしなかった。
(だから、カゲはわたしをアラムの体に? でも……)
イーアは考えながら、お風呂場に続くドアを開けて中に入った。
そこに、上半身裸の男がいた。
その男の腕全体と肩から背中にかけてを、這いまわる蛇のような不気味な黒いあざが覆っていた。
イーアは驚きで、そこにいるのがいつの間にか帰宅していたギルフレイ卿だと数秒の間認識できず、まるで皮膚が焼け焦げて真っ黒になったようなその
ギルフレイ卿は、振り返り、「アラムか」とつぶやいた。
イーアの全身に緊張が走った。アラムだと思われている間は大丈夫なはずだ。だけど、イーアがアラムとして目覚めてから、一度もギルフレイ卿と二人きりになったことはなかった。
ガリは一目でアラムの中にいるのがイーアだと見抜いてしまった。ギルフレイ卿に正体を見抜かれてもおかしくはない。
ギルフレイ卿は服を羽織ながら、イーアの方は見ずに言った。
「この痣は暗黒神の呪炎の呪い。暗黒神の呪炎を浴びたものは確実に死ぬ。同時に、呪炎を使うたびにこの痣が術者の体を
イーアはとまどいながら、思わずつぶやいていた。
「術者の自分が死ぬ……? そんな術をなんで……」
「使う気はなくとも、術者の身に危険が及べば、呪炎は勝手に攻撃した者を襲う。俺の意志ではとまらない」
つまり、ギルフレイ卿が攻撃を受ければ、ギルフレイ卿が反撃しようとしなくても、それどころか相手の攻撃に気づいていなくても、勝手に呪いの炎が反撃するということだ。
イーアはハッとした。
実はウェルグァンダルの塔から戻ってきて以降、イーアは考えていた。『友契の書』がある今、
だけど、今の話が本当なら、隙をついて攻撃なんてしたら、イーアは確実に呪炎で殺される。
ギルフレイ卿はイーアの横をぬけ、外に向かった。
去っていくギルフレイ卿に、イーアはつぶやいた。
「そのあざ、痛くないの?」
ただの痣には見えなかった。まるで常に黒い炎がくすぶり燃え続けているように見えた。
「当然の報いだ」
一言そう言い、ギルフレイ卿は去っていった。
・・・
<白光の魔導士団>の神殿の中。うすぐらい廊下で、ベグランとユウリの立ち話は続いていた。
「あの方は平然としているが、呪炎を使うたびに術者の体に広がる暗黒神の呪いは気が狂いそうなほどの苦痛を与えるって話だ。しかも、暗黒神の呪炎は自動的に反撃するんで、危険な場所に身を置く限り、使わないで生きていくこともできない。四六時中
ユウリは鋭い声でベグランにたずねた。
「つまり、ギルフレイ卿は決して殺せないと?」
「そうは言わないさ。うまくいけば、相討ちならありえる。でも、俺が暗殺者なら自分で攻撃はしないね。暗黒神の加護を受けたあの方を殺すなんて到底無茶な話だ。呪炎を防げる装備や魔道具はないんだから。だが、ひょっとしたら、代わりに呪炎をあびる人間の盾をたくさん用意すればいけるかもなぁ。……おいおい、そんな
そう言ってニヤニヤしているベグランに、ユウリは冷たく言った。
「ぼくにこんな話をしておいて?」
ベグランは、ユウリがギルフレイ卿を殺そうとしていることを初めから知っている。そうとしか思えなかった。
ベグランは笑った。
「おもしろそうなんでね」
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