第130話 クローの血

 <白光の魔導士団>の神殿を白いローブに身を包んだ魔導士が優雅に歩いていた。

 すれ違う他の<白光>の魔導士は、廊下の脇に避けて頭を下げ、その魔導士が通り過ぎるのを待っていた。


 銀色の仮面で顔を隠しているものの、実はその仮面に違いがあり、<白光>のメンバーは互いに相手が誰かを見分けることができる。

 独特な形の十字光のマークが刻まれた白いローブにもまた、位階によって多少の違いがあった。

 優雅な足取りで歩いていく魔導士のローブは、幹部の一員である<熟達者>の位階にあることを示していたが、団員の礼と畏怖は、それ以上に彼の血筋に向けられていた。

 優雅な足取りの魔導士はふと足をとめ、ひとりの魔導士に声をかけた。


「やぁ、ベグラン。ちょっといいかい」


「なんですかい。ホスルッドさん」


 銀仮面をつけていないベグランは迷惑そうな表情をかくさなかったが、おとなしくホスルッドに従った。


「歩きながら話そうか。なんてことはないのだけどね。君がうちのエルツになにかを吹きこんでいると、風がささやいていたんだよ。よからぬことじゃないといいのだが」


 ベグランはおどけた調子で答えた。


「俺はただお坊ちゃんにごあいさつしただけですよ。もちろん、悪いことを吹きこんだりなんてしやしませんよ。なんてったって、俺はここのお偉方えらがたの中で、あんたが一番怖いんですから。理屈でも損得勘定そんとくかんじょうでもなく、感情で動く<情念のクロー>のホスルッドさんが」


 ホスルッドはほがらかに笑った。


「私だって、もう子どもじゃないんだ。そんなに感情的に動いたりしないよ。それに、ご先祖様たちと比べれば、私はずっとおとなしい性格さ」


 ベグランは肩をすくめた。


「ええ、ええ、平気で王族殺しだの大量虐殺だのやっちゃう方々ですからね。クローの一族は。それと比べれば、あなたは……だけど、そういや、ホーヘンハインの前城主だって行方不明と聞きますが?」


 ホスルッドはにこやかな表情と穏やかな声で言った。


「人聞きの悪い。私は何もしていないよ。我が恩師はホーヘンハインを捨てて勝手に雲隠れしたんだ。まったく残念だよ。じっくり恩返ししたかったのに。もし見つけたら、すぐに教えてくれないかい? ぜひもう一度会いたくてたまらないんだ」


 ベグランは大きく何度もうなずいた。


「はい、はい。そういうことですか。先代城主はあんたからの報復を恐れてとんずら、ずっと命からがら逃げてるんですね。不憫ふびんな方だ。クロー家の先代当主に頼まれて仕方なく幽閉しただけだろうに。まぁ、ホスルッドさんに頼まれちゃったからには、俺は、見つけたら教えますけどね。でも、俺もそういう目にはあいたくないから、クローの恨みだけはかいたくないんですよ。激情家げきじょうかかつ粘着質なのがクローですからね。恨まれるとこれ以上厄介な方々はない」


「まったく我が一族への偏見がはなはだしいね。君は。我が家は皆少々愛に忠実すぎるだけさ。でも、そう思って遠慮してくれるなら、それでよしとしようか」


 ホスルッドにむかってヘコヘコ頭を下げながら、ベグランは上目遣いに言った。


「ほんと、勘弁してください。そうだ。ご心配かけたおびに、ひとつ気になったこと、言っておきますよ。ホスルッドさん。俺のザルみたいな目によると、あんたの子は、昔のアンドルさんみたいな目をしてますよ。親殺しのアンドルさんと同じ目だ」


「あの子が私を殺すと?」


 ちらりとベグランを見たホスルッドの眼光は鋭かった。ベグランは愛想笑いを浮かべた。


「そうは言いやしませんが」


 ホスルッドは笑いながら銀仮面をはずした。仮面の下から美しい笑顔があらわれた。それはホスルッドがいつも浮かべている仮面のような作り笑いではなく、心の底からの笑顔に見えた。


「ベグラン。私はあの子を心から愛しているんだ。あの子に殺されるなら本望だよ。どうせ人の命は有限なんだ。あの子に殺されるなんて他のどんな死因よりすばらしいじゃないか。もっとも、私はまだまだあの子に殺される気はしないがね。早くそれだけの力をつけてほしいものだ。では」


 優雅に歩き去るホスルッドの背を見送りながら、ベグランは頭をかいてつぶやいた。


「さすが、クローのホスルッドさん。やっぱり俺はあんたが一番こわい。今のところは。……あの坊やはどうなるもんかね。色々と親を超えそうな気がしてならないんだが」

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