第19話 召喚士の誕生

 イーアを裏切らないという竜の誓をたてろ、というティトの要求を、ガリはあっさり受けいれた。『もとより師弟の契とはそういうものだろう』と言って。

 ただし、イーアもガリを裏切らないと約束することと、『当然、悪いことをすれば罰を与え、破門になるようなことをすれば見捨てる』という条件付きだ。

 もちろん、イーアはOKした。そんな悪いことをするつもりはないから。

 ガリとイーアが互いに誓いをたて、それでティトは納得した。


 イーアの部屋に戻ると、ティトは言った。


『もういちど確認するぞ? 封印を解いて記憶を戻せば、敵に見つかるようになる。命を狙われるかもしれない。それに、思い出すのは、いい記憶だけじゃない。忘れたいような記憶だってある。それでも、封印を解くんだな?』


 イーアはうなずいた。


「うん。それでも、思い出したい」


 ティトはイーアに顔を近づけて言った。


『額をあわせろ』


 イーアはティトの大きなおでこにおでこをくっつけた。

 ティトの頭の毛はふわふわで、おでこは温かかった。


『記憶をかえすぞ』


 イーアの頭の中に風景と音と匂いが流れこんできた。

 

 最初に思い出したのは、緑の生い茂る森の中だった。

 その森にはしゃべる大樹や花々がいた。

 おいしい木の実があちこちになっていて、イーアはティトといっしょに草むらや木立の間で遊んでいた。


『ここはガネンの森。精霊とともに生きる人々、ガネンの民が住む森だ』

 

 そう説明するティトの声が脳内に響いた。


(ガネンの民が住む、ガネンの森……)


 それが、イーアの故郷だった。

 次にイーアが思い出したのは、村の様子だった。

 イーアが知っている帝国の建築物とは違う、木でできた家が並んでいた。

 村の中では、帝国では見たことがない色鮮やかな布の服をまとった、イーアと同じように肌の色が褐色な人達が歩き回っていた。

 村の中にはティトと同じような毛並みの、もう少し体の大きなラシュトもいた。


 ティトの声が響いた。


『ずっと昔から、ガネンの民とラシュトはともに生きてきた。ガネンのしきたりに従って、おれとイーアは互いに魂を分け合う兄弟の契りを交わしている。だから、おれはいつでもイーアのいるところに行ける。こうやって意識をつなげることや、記憶を預かることもできるんだ』


 そしてイーアは、住んでいた家のこと、大切な家族のことを思い出した。

 お父さんは精悍な顔をしていたけど、ちょっとドジで、よくおもしろいことを言っていた。

 お母さんはいつも優しく賢かった。

 イーアは、怒りっぽいおじいちゃんと、物知りなおばあちゃんと、昼寝が好きなひいおばあちゃんのことも思い出した。

 イーアはお父さんと遊んだり、おばあちゃんとお散歩に行ったりしたことを思い出した。

 そこにあったのは、今までイーアがうらやましいと思ってきた、家族と過ごす幸せな毎日だった。

 温かく絶対に忘れちゃいけない大切な記憶だった。


 だけど、そこで、ティトが暗い声で言った。


『ガネンの民は精霊とともに穏やかに暮らしていた。あの日、やつらが村を焼き払い、ガネンの民を皆殺しにするまで』


 イーアは燃え盛る炎と叫び声を思い出した。

 突然、すべてを奪われたあの日のことを思い出した。


 降り注ぐ矢に突き刺され、光の刃に切り裂かれ、死んでいくガネンの民の姿。

 お父さんは黒い炎を全身に受けながら、『早く逃げろ!』と叫んでいた。

 いっしょに逃げていくイーアの小さな手を強く握るおばあちゃんの手。森の中で倒れ、ほのかに光る妖精たちに囲まれながら、息をしなくなったおばあちゃんの最期の姿。

 イーアを抱きかかえ、走り続けるお母さんの胸の温かさと激しく鳴り響く心臓の音。そして、これからいう呪文の後で『はい』と言うようにとイーアを説得するお母さんの必死な表情。


『白装束の魔導士たちは、ガネンの民を殺しつくした。ひとりも逃さぬように殺しつくしたんだ』


 ティトの震える声を聞きながら、イーアはあの白装束たちの姿を思い出した。

 虐殺者の白いローブには奇妙な形の十字模様が浮かんでいた。彼らはフード付きの白いローブを着て白銀に光る仮面をつけた、魔導士たちだった。


『……生き残りは、イーアだけだ』

 

 ティトはおでこを離し、そう言った。

 イーアの目からは、いつの間にか涙が流れ落ちていた。

 悲しみも怒りも今は何も感じることができなかった。まるで心が麻痺したみたいだった。

 でも、目からあふれる涙は、ほおを流れ続けていた。


 イーアはティトにたずねた。


「あの人達は誰?」


 ティトは暗い声で言った。


『わからない。おれが知ってるのは、あいつらが魔術を使う魔導士だということと、あいつらがガネンの民が大事にしていた石を奪っていったってことだけだ』


「石?」


『大昔から、ガネンの民が大事に守ってきた石だ。だけど、おれはあの石のことはよく知らないんだ』


 イーアもそんな石のことは何も知らなかった。

 ティトはうなだれ、悲しそうな声で言った。


『たのむから、かたき討ちなんて考えるなよ。ガネンの民の精鋭と最強のラシュトだったおれの親父がいっしょに戦って、手も足もでなかったんだ。おれだって、できることなら親父のかたきを討ちたい。だけど、むりだ。おれたちにはどうしようもないんだ』


 イーアはティトをぎゅっと抱きしめた。

 悲しみを受けとめるように。

 約束は何もせずに。


 イーアの涙はもうとまっていた。


「ありがとう。ティト。ずっとひとりで記憶を守ってくれて。でも、これからはティトひとりじゃないよ。わたしもいっしょだよ」


 強くなろう。

 召喚士になって、誰にも大切なものを奪われない力を手にいれよう。


 イーアはその日、心の中で誓った。





 その日の夜、イーアはガリに正式に弟子入りをした。

 入塔の儀式を行う部屋には光が満ちていた。

 テーブルの上にイーアの『友契の書』が置かれた。

 ガリは精霊語でゆっくりと言った。


『我ウェルグァンダルの塔主ガリはガネンの森のイーアを弟子として迎えいれ、竜の誉にかけてこの弟子を庇護し導くことを誓う。ガネンの森のイーアよ。ウェルグァンダルのガリを師とし、忠実に教えに従うことを誓うか?』


『はい』


『その誓いの証として魂の名をウェルグァンダルに封じてよいか?』


『はい』


 ガリは何かを唱えた。

 『友契の書』に一瞬、イーアの『魂の名』が浮かび上がり、そして消えていった。

 ガリは最後に言った。


『ガネンのイーア。ウェルグァンダルの塔主として、汝の入塔を認める』


 それに続き、ウェルグァンダルの塔の不思議な声が部屋中に降りそそいだ。


『ガネンのイーア。ウェルグァンダルは汝の入塔を認めよう』


 こうして、イーアはウェルグァンダルの召喚士となった。

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