2章 学園祭 ~白装束の襲撃者~

第20話 ガネンの森の仲間たち

 数日後。イーアはグランドールの寮の自分の部屋でティトといっしょに『友契の書』をのぞきこんでいた。


 あの日、ウェルグァンダルに正式に入門した後、イーアはウェルグァンダルの塔主の部屋で、ガリからいくつか説明を聞いた。

 ガリはまず『友契の書』について語った。


『友契の書は、ウェルグァンダルの召喚士に渡されるものだ。友契の書があれば召喚ゲートを開くための呪文を唱えずとも召喚を行うことができる。契約も友契の書が行う。召喚契約書を使った契約は不要だ。ただし、友契の書の召喚契約は、魔導士がよく使う魔術の力でねじ伏せる強制契約ではない。ウェルグァンダルの契約は、召喚される精霊の側がいつでも破棄可能な契約。つまり、精霊に見限られれば、召喚契約は消える。向こうが拒否すれば、召喚獣は呼んでも出てこない』


 ガリは精霊語をしゃべっていた。難しい言葉づかいで。

 ガリは人の言葉をしゃべる時は、ありえないほど無口だけど、精霊語だと一応ちゃんとしゃべる。

 ただし、ガリの精霊語はドラゴン風なのと、言葉づかいが難しすぎるせいで、イーアは聞き取るのが大変だ。


『えーっと、つまり、呪文がにゃくても召喚できて、契約がにゃくても召喚ができる?』


 イーアは確認のために質問をした。精霊語で。人の言葉で聞いたら、ガリは答えそうにないから。

 ガリは無表情にうなずいた。


『そうだ。召喚獣の名を呼びかけるだけで召喚でき、呼ぶことのできる召喚獣は自動的に登録されていく』


 学校で習う召喚術では、まずは召喚獣ごとに契約をするための<召喚契約書>を入手して契約の儀式をしないといけない。

 だけど、『友契の書』があれば、精霊と仲良くなるだけで召喚が可能らしい。

 それから、ガリは言った。


『友契の書はグランドールの教師をふくめ、他門の者には一瞬たりとも渡してはならない。書の中を見せることも禁止だ。友契の書に使われている技術と召喚獣の情報は門外不出だからだ。授業には別の召喚道具を使え。それから、友契の書は常に携帯しろ。対角を押せば小さくなる』


『え? 小さくにゃるの?』


 イーアはためしにさっそく『友契の書』の角と角を押した。

 すると、分厚い大きな本はすーっと小さくなった。


『すごっ! ちっさくにゃった!』


 これならポケットに簡単に入る。逆に、角をつまんでひっぱると、『友契の書』は元の大きさにまで大きくなった。

 イーアがよろこんで『友契の書』を大きくしたり小さくしたりしていると。

 ガリはイーアをじーっとにらみ、言った。


『それはそうと、おまえは精霊語を上達させろ。一体なんだ? その頭の悪そうな、ニャーニャーした精霊語は?』


『にゃって、精霊語はにゃらってにゃいもん』


 学校では精霊語の会話なんて習わない。

 イーアはガネンの森で育ったから精霊語をしゃべれるのだ。

 ずっと帝国で暮らしてきたせいで精霊語は片言になっているけど、これでもたぶんリグナムよりは上手なはずだ。……だからリグナムは<見習い>のままなのかもしれないけど。


『ウェルグァンダルの召喚士になった以上、習っていないという言い訳はきかない。ウェルグァンダルの召喚は友情と信頼で成り立つ。意思疎通できない者の言うことを精霊が聞くはずないだろう?』


 たしかにガリは精霊語で流ちょうに話している。

 きっと、ガリみたいにすごい召喚士になるには、必要なんだろう。

 そう思って、イーアは元気よく返事をした。


『わかっにゃ! れんすーしにゃす!』


 ガリは何か言いたそうに数秒沈黙した後、言った。


『毎日ラシュトの小僧と会話をして上達させろ。下品な獣なまりはどうかと思うが、話せないよりはましだ』


 そこで、それまで静かに室内にたたずんでいたティトが口をはさんだ。


『おれの精霊語が下品だと? 聞き捨てならん。鼻持ちならないトカゲなまりなんかより、ずっと上等だね』


 ガリは舌打ちをした。


『やはり、耳障りだ。その獣なまりは。下品で仕方がない。だいたい、この娘の珍妙なニャニャニャ訛りはお前ゆずりだろう。大方、子猫の頃のお前がニャーニャー言ってるのを聞いておぼえてしまったのだろう?』


『子猫だとぉ? バカにするな。おれは今、ニャーニャー言ってないだろ。ちゃんと聞けよ。このトカゲかぶれめ。だいたい、おまえなんてドラゴンぶってえらそうにしゃべってるけど、霊的低次元生物、人間だろ?』


 ガリとティトはなんか早口で言い争っている。

 でも、イーアはふたりが口けんかできるほど精霊語が上手なことを、うらやましく思った。

 イーアの目にはなんかちょっと楽しそうにみえるのだ。

 やっぱり精霊語は上達させた方が精霊ともっと仲良くなれそうだ。


 それはそうと。イーアはティトとガリの口ゲンカに割って入ってたずねた。


『グランドールでティト呼んにゃら、まずいにゃにゃい?』 


 ラシュトはガネンの民以外の人間と仲良くしないから、ラシュトといっしょにいればイーアがガネンの民だとバレる。だから、ティトを見られるわけにはいかない。


 ガリもそのことは知っている。

 ガリには弟子入り前に、イーアがガネンの民の生き残りだということ、ガネンの森で起こった虐殺のこと、それからラシュトのことを伝えたうえで、全部秘密にするようにお願いしていた。


『問題ない。寮は個室だろう? 召喚練習のために特別許可を取って寮の個室をあてがわさせた。おまえが寮に入る前に部屋の内部は俺が確認し必要な加工をしてある。召喚の情報は外にはもれない』


 それを聞いて、イーアはなんで寮が一人部屋なのかをはじめて理解した。

 イーアに何も言わずに、ガリが勝手に申請していたのだ。

(そうならそう教えてよ!)と、イーアは思ったけれど、ティトを呼んでも大丈夫だということの方が大事だったから、イーアは叫んだ。


『にゃ、毎日ティトに会える!』




 というわけで、イーアはグランドール魔術学校に戻ってきてから毎日、夜は寮でティトといっしょにすごしている。

 そして、今日はふたりでイーアの『友契の書』にのっている召喚可能な妖精や霊獣をいっしょに見ていた。


 ガネンの森の仲間たちは、イーアの『友契の書』に最初から60種類くらい登録されていた。

 『友契の書』があれば精霊と仲良くなるだけで召喚契約が結べるから、イーアが昔ガネンの森で仲よくしていた精霊がみんな召喚可能になっていたらしい。


 それに今は召喚可能な数が68に増えている。

 ウェルグァンダルで会った精霊達、モプーヌ、ククック、マホーキがいつのまにか追加されていた。

 イーアは『友契の書』を眺めながら喜んだ。


『こんにゃにいるのってすごい! 呼びほうにゃいにゃ!』


 でも、ティトはイーアの横で『友契の書』をのぞきこみながら、ぼそりと言った。


『だけど、ガネンの森に強いやつはいないぞ。ガネンの森じゃ、ラシュトが一番強いんだ』


『そうにゃの?』


『ああ。平和な森だからな』


『でも、きっと、ひとりじゃ弱くても、みんにゃで力をあわせればだいじょうぶ。ティト、みんにゃのことを教えて』 


 ティトは考えこむように首をかしげながら、ガネンの森の精霊について説明をはじめた。


『ガネンの森で戦えそうなのといえば……オクスバーンのじぃさんは、でかいから、つかえるかもしれないな。でかすぎるから、ここでは呼べないけど』


 イーアは『友契の書』をペラペラとめくって、オクスバーンを探した。


『オクスバーン……あっにゃ!』


 『太古の霊樹オクスバーン』のページがあった。その絵を見て、イーアは昔、オクスバーンの大木のふもとで遊んでいたことをなんとなく思い出した。


『なつかしーにゃー』


 イーアが懐かしがっていると、ティトは言った。


『チルラン、ホムホムもいいかもしれない』


『チルラン? どんにゃ子にゃっけ』


『呼んでみればいい。その方がてっとり早いぞ。あいつらは小さいから』


 イーアは『チルラン、来て』と言ってみた。


 ぽわんと、オレンジ色の小さい光が空中に出現した。

 チルランの体は数センチくらいで半透明で、上部が丸い小さな顔になっている。胸のあたりに丸いオレンジ色に光る部分がある。チルランはそんな見た目の妖精だ。


 チルチル、チルチルという音をたてながら、チルランはふわふわゆらゆら揺れている。

 イーアは思い出した。


『あー。チルラン。森のにゃかによくうかんでにゃー』


 ガネンの森にはたくさんのチルランが浮いていた。

 ティトは説明した。


『チルランは、ちょっとだけ霊力を回復してくれるんだ。人間は魔力って言うらしいな』


 召喚は、召喚獣を呼ぶのにも呼んだ状態を維持するのにも魔力を使う。

 召喚士の魔力がなくなれば、召喚獣は元の世界に帰ってしまう。

 でも、チルランを呼んでおけば、その魔力をちょっとずつ回復できるらしい。


 イーアは今度はホムホムを呼んでみた。

 ホムホムは直径10センチくらいの、ふわふわとした丸い綿毛の塊みたいな妖精だ。よく見ると、毛の中にふたつ小さな細い腕がついている。

 ホムホムもガネンの森のあちこちに漂っていた。

 イーアが呼びだしたホムホムは、ちょうど食事中だったのか、小さな何かを食べていた。


『ホムホムが傍にいると体力や傷の回復が早くなるんだ。あと、幸せな気分になれるらしいぞ』


 イーアはさっそく幸せな気分になってきた。


『幸せな気分、にゃれるねー。ホムホム、にゃに食べてるんにゃろ?』


 イーアがそうつぶやくと、ホムホムは食べかけの小さなかけらを差し出した。


『いいよ、いいよ。ホムホムがたべて』


 イーアは遠慮しておいた。

 それを見て思い出したようにティトは言った。


『そういえば、色んな実がなるやつもいる。病気の時はヤモヤモの木、腹が減った時はグムグムかアロアロを呼べば、果実をくれるかもしれない。いつも実がなっているわけじゃないから、必ずくれるとは限らないけどな』


『グムグムの実、アロアロの実、おいしいにゃ!』


 イーアは昔、ガネンの森で果実を食べた時のことを思い出した。

 あの頃、イーアはただの木だと思っていたけれど、みんなただの木じゃなくて精霊の一種、霊樹や霊草だったらしい。

 よく考えれば、グムグムもアロアロも枝や長い葉を手のように動かしていたり、歩いていたりしていた。

 あの頃のイーアは、植物はしゃべったり歩いたりするものだと思っていたから、何もふしぎに思わなかったけれど。


 ティトは説明を続けた。


『レントンの木の実は霊力を回復してくれる。それから、ケガした時はカンパベルの花を呼べばいい。アロアロの草でこすってもいいけど、カンパベルの方が効果が高い。ただし、死にそうなやつがいる時は、カンパベルは呼んじゃだめだ。生気をとられて死んじゃうかもしれない』


 ガネンの森には、薬効のある霊樹や霊草がたくさんいた。


『とってもべんりにゃ!』


 イーアは『友契の書』を手に持って、ベッドにとびのると、グムグム、アロアロ、レントンをどんどん呼んでいった。

 あっというまにイーアの部屋には霊樹が茂り、妖精がただよい、すっかりガネンの森の中みたいになった。

 イーアはベッドの上で手足をのばした。


 グムグムの木はおいしそうな実を、腕のようによく動く枝で自らもぎとって、イーアにさしだしてくれた。

 地面に着くほどの長い葉をもつアロアロは、その長い葉で実をひと房つかんでイーアに渡してくれた。

 3種類の霊樹の中で一番背が高いレントンの木はてっぺんが天井にぶつかりそうになって、窮屈そうに身ぶるいした。すると、勝手にレントンの木の実がベッドの上に落ちてきた。

 木々に囲まれたベッドの上で、グムグムの実とアロアロの実とレントンの実を順番に食べながら、イーアは幸せな気分で言った。


『召喚って、いーにゃ!』

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