第13話 ウェルグァンダルの塔
馬車の窓の外の風景は
馬車は暗い森の中をしばらく進み、やがてとまった。
暗い御者の声が響いた。
「イーア。ついた」
イーアは馬車を降りた。
イーアが降りるとすぐに、黒い馬車は走り去り霧の中に消えてしまった。
目の前には、さび付いた大きな鉄の門があった。
暗い雲で覆われた空は、今にも嵐になりそうだ。
グランドールのある帝都郊外は晴れ渡っていたのに。
イーアはこの門を開けるべきか、ためらった。
なにしろ……。
(ここ、どこ……?)
ここがどこだか、まったくわからない。
イーアを迎えに来た馬車が着いた場所だから、たぶん、ウェルグァンダル……というより、ウェルグァンダルであってほしい。
ここがウェルグァンダルじゃなかったら、イーアはただ怪しい人に誘拐されてしまったということだ。
だったら、すぐに逃げ帰らないといけない。だけど、帰り道はわからない。
(迷ってても、しかたがないよね……)
ここは冷たい風が吹きつける霧深い森の中。いつまでも立ち尽くしているわけにはいかなかった。
イーアは中に入ることに決めた。
「こんにちはー。入りますよー」
イーアはそう言って、大きな重たそうな門を押した。
軽く押しただけで、門はぎぃっと不気味な音をたてて開いていった。
門の先には草原と林が続いている。
草原には、ところどころに黒い羊のような生き物と、巨大な角を持つ鹿のような生き物がいた。
そして、少し進むと、その先に真っ暗な空にそびえたつ高い高い塔が見えた。
(あれがウェルグァンダル?)
でも、濃い霧が辺りにたちこめているから、塔の姿ははっきりとは見えない。ただ黒い影が天に向かってそびえたっているように見えるだけだ。
イーアは暗い林の中の道を歩いて行った。
ところどころ倒木が道をふさいでいる。
時折不気味な声の鳥が鳴き、巨大なトカゲや蛇のような生き物が木の幹や地面をさささと這って行く。
何の鳴き声なのか、どこからか奇妙な笑い声みたいな音も聞こえる。
(なんか怖いよ~)
霧の中を歩き続けてしばらくすると、塔のふもとに出た。
塔の入り口には竜の紋様が刻まれた大きな鉄扉があった。
「こんにちはー」
イーアはとりあえずあいさつをしてみたけれど、中までは聞こえそうにない。
イーアは門の横に呼び鈴らしきものがあるのに気が付いた。
上にガーゴイルの彫刻がついた呼び鈴で、ガーゴイルの口から細い鎖が垂れ下がっている。
イーアは鎖を引っ張った。
ガーゴイルが不気味な鳴き声をあげた。
「イーアー! イーアー!」
(入り口も不気味だぁ~!)
しばらくして、大きな扉の左下にあった小さな扉が開いた。
扉の向こうには、黒いローブを来た20代くらいの金髪の男の人が立っていた。
「こんにちは」
イーアがあいさつをすると、黒いローブを着た人は、辺りの不気味な雰囲気とは不似合いな、軽い明るい口調で早口にしゃべりだした。
「はいはい。いらっしゃい。君が新しい雑用係? 僕はリグナム。さぁさ、早く入って。たすかったよ。雑用係がきてくれて。僕ひとりで大変なんだ」
リグナムはうれしそうだ。
(雑用係……?)と思いながら、イーアはリグナムの後ろについて塔の中に入った。
リグナムはしゃべり続けていた。
「ガリは、今はいないよ。「イーアという名の貧相な子どもが来るから案内しておけ」とだけ言って、今日も塔主はご不在です。まったく全然塔主としての仕事をやらないんだから。困ったもんだよ、ガリは」
ガリという名前がリグナムの口から出るのを聞いて、イーアはほっとした。
ここはウェルグァンダルで間違いなさそうだ。
だけど、塔主のガリは不在で、リグナムはイーアのことをほとんど聞いていなくて、雑用係が来ると思いこんでいたみたいだ。
これじゃ、正式に入門なんてできそうにない。
(ま、いーや。ウェルグァンダルの見学をして、かーえろ)
そう思いながらイーアはリグナムにたずねた。
「リグナムさんは、ガリさんの弟子ですか?」
リグナムは首を横にふり、早口に言った。
「違うよ。ガリに弟子なんていないよ。ガリは一人も弟子をとりゃしないんだから。「見こみのある奴がいない」とか言っちゃってさ。見こみがある奴に育てるのがお前の仕事だろ! って僕は思うんだけど。僕は先代に<見習い>として入塔を許されたんだよ」
「<見習い>?」
イーアが聞き返すと、リグナムはくわしく説明してくれた。
「ウェルグァンダルでは、普通はまずは<見習い>として勉強と修行をして、その後で正式に入門するんだ。召喚術って特殊な知識が必要でしょ? 精霊語とか。学校じゃほとんど習わないから、まずは<見習い>としてここで勉強するわけ。まぁ、すでに名のある召喚士は<見習い>省略だったり、ガリみたいに1週間で<見習い>卒業するやつもいるけど。僕みたいに子どもの頃に入塔したら、普通は十年くらい<見習い>をやった後で正式な入門をして<召喚士>に昇格するんだよ」
「へぇー」
思ってたより入門への道のりが長そうだ。
でも、イーアは別に入門したいわけじゃないから、気にしないで聞き流した。
リグナムは嘆いた。
「でも、僕が正式な入門を認めてもらう前に先代が亡くなっちゃってさ。ガリに代替わりしちゃったせいで、僕は<見習い>のままウェルグァンダルの図書室司書兼雑用係さ。やってらんないよ。ガリは入門を認めてくれないし。といっても、僕はガリに弟子入りなんてしたくないけどね。ガリの弟子になるなんて、こっちから願い下げだよ。だから僕はこのままでいいんだけど。だけど、このままじゃ、ウェルグァンダルは終わりだよ」
イーアはちょっと心配になってきた。ウェルグァンダルが終わってしまったら、グランドールの学費を払ってもらえなくなってしまうかもしれない。
「ウェルグァンダルは召喚術の名門って聞いたんですけど……」
リグナムは廊下を歩きながら早口に言った。
「先代の時代までは名門だったよ。でも、今は先代の門弟もほとんどこなくなっちゃったし。ガリも、ほとんどここにいないしさ。まったく、ガリは塔主失格もいいところだよ。そりゃ、召喚バトルじゃ敵なしだけどさ。それに戦闘だったら今生きている魔導士の中で最強クラスって噂だよ。でも、塔主に必要なのは強さじゃないの! 塔主は弟子を取って育成しなきゃダメなんだよ! あーあ。なんで、ガリなんかが塔主に選ばれちゃったんだよ。まったくさ」
リグナムは文句を言いながら廊下をどんどん進んで行った。
そして、開け放たれた大きな扉の前にやって来た。
リグナムは言った。
「ここが第一図書室だよ」
イーアは図書室の中をのぞきこんだ。
そこは半円形の巨大な空間で、1階から4階まで、びっしりと本棚が並んでいた。
「すごい!」
イーアが思わず叫ぶと、部屋の真ん中に並ぶ机のところで本を読んでいた人達が、ちらっとイーアの方を見た。
リグナムはえっへんといった雰囲気で言った。
「すごいでしょ。召喚術に関する書物でここにないものはないよ」
(ウェルグァンダル、やっぱりすごい!)
感心しながらイーアはリグナムにたずねた。
「ここにいる人達はウェルグァンダルの人達なんですか?」
「全員ではないよ。この図書室は入塔許可をもらえば誰でも利用できるんだ」
「へー」
「昔はここもウェルグァンダルの<召喚士>と<見習い>でいっぱいだったんだけどね。さ、次はすぐそこにある食堂を紹介するよ」
そう言って、リグナムはイーアを食堂につれていった。
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