第14話 食堂

 食堂はだだっぴろくて暗い雰囲気だった。

 テーブルがいくつも並んでいるけど、ほこりがたまっているテーブルもある。


「あ、クモの巣」


 イーアはつぶやいた。

 部屋の隅やテーブルの端に、蜘蛛の巣がかかっていた。

 とても、食事をする場所とは思えない不快さだ。

 リグナムはむすっと言った。


「クモの巣だらけだよ。誰も文句言わないから、もう僕は放置することにしたんだ」


「……掃除しましょうか?」


 食事をする場所として放置しちゃいけないレベルの汚さだと思ったので、イーアはそう申し出た。

 イーアはナミンの家でいつもみんなと一緒に掃除当番をしていたから、掃除には自信があるし、掃除は全然嫌いじゃない。

 でも、リグナムは言った。


「だいじょうぶ。そこの端にある召喚板でモプーヌっていう召喚獣を呼ぶと、勝手に掃除してくれるんだ。めんどくさいから、呼んでないだけ」


「え? 呼ぶだけで掃除終わるのに!?」


「うん。そだよ。3秒で呼べるけど、めんどくさくってさ」


 リグナムは本当にやる気がないらしい。イーアはちょっと気になるのでたずねてみた。


「呼ぶって、どうするんですか?」


「『モプーヌ、こい』って言えばいいんだよ」


 イーアは、部屋の隅にあった石板のところで『モプーヌ、こい』と呼んでみた。

 すると、まるでモップみたいにけむくじゃらで足が短い犬みたいな獣が、ポンポンと床やテーブルの上に10匹くらい出てきた。


 モプーヌはハァハァ言いながら床やテーブルをなめてきれいにしていく。

 さらにモプーヌは体の高さが低くて毛が長いので、歩くとモップみたいな毛が床を拭いていく。だからモプーヌが通ったあとはピカピカになった。

 はたきみたいに動くモプーヌのしっぽが蜘蛛の巣をはらっていくから、蜘蛛の巣もきれいになった。


 モプーヌたちがもそもそ動いて、いっしょうけんめい床やテーブルをなめまわしているのを見て、イーアは感激した。


「モプーヌ、かわいい!」


 リグナムも感激した様子で、イーアをほめた。


「君、掃除の天才だね! 一度に10匹もモプーヌを呼ぶなんて! これならあっという間にきれいになるよ」


 ほめられたけど、イーアは心の中でつぶやいた。


(呼ぶだけなんだから、ちゃんと掃除しようよ!)


 どんどんほこりを自分の体で拭きとっていくモプーヌを見ながらイーアは言った。


「でも、モプーヌが汚くなっちゃいますね」


「だいじょうぶ。モプーヌは水辺に住んでいて水浴び大好きだから、生息地に戻せばすぐきれいになるよ。それに、モプーヌの唾液って殺菌作用があるんだ。だから、なめているだけに見えて、本当にきれいになっているんだよ。あ、そうそう。モプーヌには、掃除が終わったらごほうびをあげる約束だから、キッチンに行ってとってきてくれる?」


「キッチン?」


「ほら、その奥だよ」


 食堂ホールの奥に、キッチンへの入り口のドアがあった。

 イーアはモプーヌのごほうびを取りにキッチンに向かった。


 ドアを開けると、キッチンには、変な鳥がいた。

 細長い白い鳥がキッチンの隅のイスにやさぐれた感じで座っている。

 赤いとさかがついた大きな鳥だ。

 細長い鳥はイーアをぎろりと見て言った。


『よう。おれはククックのクーちゃんだ。なにが食いたい?』


「あのー。モプーヌのごほうびをとりにきたんですけど……」


『人のことばはわからねぇ。精霊語をしゃべろ! なにが食いてぇーんだ?』


 白い鳥のクーちゃんがうむを言わせずビシッと翼を鳴らして言ったので、イーアは思わず反射的に答えた。


『甘くて大きにゃプリン!』


 数日前から、イーアはすごくプリンが食べたかった。

 クーちゃんはイーアを見ながら言った。


『プリンか。おまえの全身から甘くてでかいプリンが食いてぇって思いをガンガン感じるぜ。よし。まかせろ! 久しぶりのマジ注文だ! 気合いれて、最高のプリンをつくってやるぜ!』


 クーちゃんは翼をバサバサいわせて、とび起きた。

 クーちゃんは箱から大きな卵を取り出してクチバシで割りいってボールにいれて、そこにミルクと何かの蜜をいれて混ぜると、こしながら土鍋にうつしてオーブンにいれた。

 オーブンの横のつまみを回しながらクーちゃんは言った。


『こいつは魔法のオーブン。調理時間を50分の1にできるんだ。ここのやつら、便利なもんをもってるよな。忙しい時にはこいつをフル稼働してたんだけどよ。最近はほとんど使う必要もねぇ」


『へー』


 少しするとオーブンのタイマーが鳴って、クーちゃんは土鍋を取り出した。

 クーちゃんはキッチンの反対側にある巨大な箱のドアを開けた。

 ドアを開けると冷気が漂った。いれたものを冷却する箱のようだ。

 クーちゃんがドアを開けた瞬間、一瞬、中に丸くて白い生き物の顔が見えた気がしたけど、イーアが何か言う前に、クーちゃんは土鍋をいれてドアを閉めた。


『さてと、何か飲み物がほしいよな? ハーブティーでいいか? ジュースがいいか?』


 どっちもおいしそうだったけれど、イーアはハーブティーを頼んだ。


『じゃ、クーちゃんオリジナルティー、プリンの目覚め、を作ってやる』


 クーちゃんはオリジナルハーブティーの調合を始めた。

 ハーブティーの準備が終わると、クーちゃんはプリンを取り出して、上に砂糖をふりかけた。

 そして、クーちゃんがプリンに向かって口から火を噴き、表面の砂糖を溶かしてカラメルにした。


『さ、クーちゃんプリンのできあがりだ!』


『す、すごい!』


 イーアが拍手していると、そこへ、リグナムがやってきた。


「ねー。君、何やってんの? モプーヌがごほうびよこせってうるさいんだけど」


 リグナムはモプーヌたちに両足をパクパクかまれてる。


「あ! モプーヌのごほうびをとりにきたんだった!」


 イーアは思い出して、クーちゃんにたずねた。


『モプーヌのごほうびは?』


 クーちゃんは部屋のすみのバケツを翼でさして言った。


『そこにあるから、もっていきな』


 イーアはバケツを食堂に持って行って、モプーヌにあげた。

 モプーヌ達はごほうびを食べると、大きなしっぽをふって消えていった。


 モプーヌたちのおかげで食堂はすっかりきれいになっていた。

 そして、イーアが食堂のランプをつけると、あの暗くて陰気な空間が、すっかり雰囲気の良い居心地のよさそうな食堂になった。


「これでバッチリ! おしゃれなレストランっぽい!」


 イーアはきれいになった食堂で、鍋サイズのクーちゃんプリンとハーブティーをいただいた。

 プリンはあまりに多すぎたので、大きなスプーンでとりわけて、リグナムにもあげた。


「おいしい! クーちゃんプリン、おいしすぎて、とろけちゃいそう!」


 イーアは叫んでおいしさに震えた。

 プリンを食べて、プリンにぴったりのお茶を飲みながら、イーアはもういちど心からプリンを賞賛した。


「最高だねー。ウェルグァンダルのプリン、最高ー!」


 イーアはすっかりここに来た目的を忘れて、幸せにプリンを食べていた。というより、むしろ、もうすっかり、プリンの名門にプリンを食べにきた気分だった。

 リグナムもプリンを食べながら言った。


「久しぶりにプリン食べたなー。君、よくクーちゃんに注文できたね。クーちゃんは人語しゃべらないから何言ってるかわからなくて、なかなか食べたいものが伝えられないのに……って、そういえば、君、なんでプリン注文して食べてるの!?」


「あれ? そういえば、なんでおやつ食べてるんだっけ?」 


 イーアはリグナムにウェルグァンダルの案内をしてもらっている途中だったことを思い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る