第12話 週末の予定

 数日後。金曜日の朝。

 食堂で朝食を食べながら、イーアは元気よくユウリにたずねた。


「やっと金曜日だー! ユウリ、明日はどうする? やっとお休みだよ? どこ行く? どこで遊ぶ?」


 ユウリは朝食の目玉焼きをナイフとフォークで上品にカットしながら落ち着いた声で言った。

 

「ぼくは、週末は師匠のところへ行くよ」


 すっかりユウリといっしょにどこかへ遊びに行くつもりだったから、イーアはおどろいて聞き返した。


「え? 師匠? なんで?」


「入門するためだよ。ぼくはホーヘンハインに行って正式に弟子入りするんだ。教わりたいこともあるから、そうじゃなくても行くつもりだったけど」


「へー。ホーヘーハヒン……。週末は全力で遊ぼーっと思ってたのに。ユウリはいないのかー」


 イーアが嘆いていると、ユウリが逆に不思議そうにイーアにたずねた。


「遊ぶって、イーアは行かなくていいの?」


「え? どこに?」


「どこにって。ウェルグァンダルに。入門するんでしょ?」


 イーアは首をかしげた。


「そうなの? ……そっか。そうだよね。入門する約束で授業料払ってもらったもんね。わたし、入門するんだった。でも、なにも知らないよ?」


 学費は全部払ってもらったけど、イーアはウェルグァンダルについては何も知らない。

 奨学生試験の日以来、ウェルグァンダルの人には会っていない。

 部屋の中に手紙はあったけれど、本の説明しか書いてなかった。

 ユウリはちょっと困った顔でイーアに提案した。


「ウェルグァンダルに連絡してみたら?」


「連絡かー。そうだね。お礼もしてないもんね。とりあえず、手紙を送ってみよっかな」


 その日の放課後。イーアは部屋に戻ると手紙を書いた。


「わたしの名前はイーアです。グランドールの授業料を払ってくれてありがとうございました。授業は大変だけど毎日楽しいです。入門するためにウェルグァンダルに行っていいですか?」


 イーアは書いた手紙を封筒にいれて封をして、そして、最初に部屋に入った時から机の上に置いてあった<ウェルグァンダル>と書いてある切手を貼った。

 すると、封筒が宙に浮かび、端の方からスーッと透明になって消えていった。


「え!? 手紙、消えちゃったよ!?」


 イーアは見まちがいかと思って、机の上や下をよく探したけど、やっぱり手紙はどこにもなかった。


「消えちゃった……!」


 イーアはこの驚きを誰かに話したかった。

 いつもはたいてい横にユウリがいるからユウリに話すけど、今は誰もいない。

 だからイーアは部屋の外に出て、誰かを探した。廊下には誰もいなかったけど、近くにケイニスの部屋があるのを思い出して、イーアはケイニスの部屋のドアをドンドンと叩いた。


「どうぞ」


 中から声が聞こえたので、イーアはドアを開けて勢いよく言った。


「ケイニス君! 切手をはったら、手紙が消えちゃった!」


 勉強中のケイニスは、迷惑そうな表情で振り返って落ち着いた声で言った。


「魔切手。それを貼れば瞬時に切手の宛先あてさきに届く。金持ちや貴族はみんな使っている」


「へー。そういう切手なんだー。知らなかったよ」


 ケイニスはイーアを無視して勉強を再開した。

 イーアも納得したので、自分の部屋に帰った。

 自分の部屋のドアをしめながら、イーアはつぶやいた。


「ふぅー。なんだか、一人部屋って落ち着かないなぁ。なんで一人部屋になっちゃったんだろ」


 キャシー達は個室ではなかった。女子も普通は2人部屋らしい。


「一人部屋だと、ひとりごとが多い人になっちゃうよー」


 イーアが一人でつぶやいていると、突然、机の上においてあった箱のベルが鳴った。最初から部屋に置いてあった小さなベルがついた赤い箱だ。

 

「なに!? こんどはなに!?」


 イーアは急いでベルのついた箱のふたを開けた。

 箱の中に、メモ用紙みたいな小さな紙きれが一枚入っていた。さっきまではからっぽだったはずなのに。

 箱の中の紙には魔切手が貼ってある。

 魔切手には、W1027と書いてあった。この数字はどこかで見たことがある。

 イーアはふと気がついて、赤い箱の側面を見た。そこには、白い文字でW1027と書かれていた。


(この箱は郵便用の箱なんだね)


 魔切手が貼られた郵便物が届く箱だったらしい。

 イーアは箱の中に入っていたメモ用紙を取り出して読んだ。


「明日、ウェルグァンダルに来い」


 メモにはそれだけ書いてあった。

 イーアの手紙への返事のようだ。

 イーアはそのメモを見ながらつぶやいた。


「じゃ、明日、ウェルグァンダルに行こう。……どうやって?」


 イーアはウェルグァンダルがどこにあるのか知らない。

 イーアはメモ用紙をひっくり返したり透かしたり、よく見てみたけれど、ウェルグァンダルの住所やどうやって行くのかは、どこにも書いてなかった。



 土曜日の朝。

 イーアは朝早くに起きちゃったので、とりあえず食堂に行ったけれど、食堂はまだ閉まっていた。

 しかたがないので、イーアは小鳥のさえずりが響くグランドールの敷地内を散歩することにした。


 帝都の近くに家がある生徒の中には、すでに金曜日の夕方にグランドールを離れた人も多かった。だから、今朝はグランドールの中はとても静かだ。

 グランドールの敷地はとても広い。古いお城みたいな校舎の他に、いくつか建物が点在していて、敷地の中には薬草園もあれば小さな森もある。


 ふらふら歩いているうちに、イーアは貴族生徒の寮の近くにあるきれいなバラ園についた。イーアはバラ園の中を散歩した。

 早朝のバラ園には朝露をまとったバラがちらほらと咲いていて、イーアが歩いていると、小鳥の声の合間にその香りが漂ってきた。


「きれいでいい匂い……」


 幸せな気分でバラ園の中を歩いていると、イーアは不意に呼び止められた。


「そこのあなた」


 イーアが振り返ると、ブロンドのいかにも貴族のお嬢様な少女が、バラ園の中の噴水のそばに立っていた。

 貴族クラスの少女はイーアの方に近づいてきた。


「ごきげんよう。あなた、平民クラスのかたよね?」


「うん、そうだよ」


 (この人どこかで見たことがあるなー)と思いながらイーアが答えると、貴族令嬢風の少女はたずねた。


「ちょっとお聞きしたいのだけど。あなたのクラスに、ケ、ケ、ケイニスという男子生徒はいるかしら?」


「うん、いるよ」


 そう答えながら、イーアは思い出した。


(この人は、たしか、ケイニス君の知り合いのローレインお嬢様だ!)


 ローレインはなぜか挙動不審で、そっぽを向きながらイーアにたずねた。


「そ、その、ケ、ケ、ケイニスは、ど、どうしているかしら?」


「ケイニス君は超優等生だよ。いつ見ても勉強しているよ」


「そ、そう。同じ学校ですけれど、平民クラスの方々とは会う機会がないから、どうしているのかしらと、ちょっと気になっただけですの。お気になさらずに。では、ごきげんよう」


 ローレインは早口にそう言って、足早に去って行った。

 イーアはその後ろ姿を見送りながら思った。


(ローレインさんって、ケイニス君と仲良くなりたいのかな)


 ケイニスは貴族を嫌っているけど。


 イーアはその後しばらく散歩を続けてから食堂に向かった。

 食堂の前で、イーアはちょうど食堂から出てくるアイシャと会った。


「おはよぉ。イーア」


「おはよー。アイシャは今日、なにするの?」


 イーアがたずねると、アイシャはのんびりした声で言った。


「今日はねぇー。お家に帰って、それから、キャシーといっしょにお買い物にいくんだぁー」


「楽しそう!」


「イーアも来るぅー?」


「行きたいけど……。今日は行かなきゃいけないとこがあるんだよね」


 イーアはウェルグァンダルに手紙を書いたことを後悔した。ウェルグァンダルに行くより、アイシャ達とお出かけした方が楽しそうだった。


「じゃあ、また今度ねぇー」


「うん」


 アイシャはのんびり手を振って去って行った。

 (アイシャ達とお買い物に行きたかったなー。お金はないけど)と思いながら、イーアは食堂に入った。


 朝食後。みんなは早速グランドールを出発していった。

 イーアはホーヘンハインに行くユウリを見送りに、いっしょに学校前の大通りに向かった。


 学校の前には馬車がとまる場所があって、そこに今日は朝から生徒達を迎えにきた馬車が次々にとまっていた。

 イーアがその停車場に近づくと、ちょうどアイシャとキャシーが馬車に乗りこむところだった。

 二人が乗りこむ馬車は豪華な装飾がほどこされた華麗な馬車だった。


「うわー。アイシャの馬車、立派! 貴族の馬車みたいだね!」


 イーアが大声でそう言うと、馬車の中からキャシーが顔を出して言った。


「貴族じゃないけど、アイシャの家は大金持ちなの。じゃあね、イーア。また月曜!」


 キャシーはイーアに手を振った。


「うん。またね!」


 イーアはキャシーとアイシャに手を振って見送った。

 アイシャ達を見送った後、イーアはユウリに言った。


「すごい馬車だったねー」


「商人の中には貴族よりお金のある人もいるらしいからね」


「へー」


「それより、イーア。ウェルグァンダルに行く方法は見つかった?」


「あ、忘れてた」


 イーアがそう答えると、ユウリは心配そうな表情になった。


「ぼくもいっしょに探そうか?」


「大丈夫だよ。また手紙で聞けばいいもん」


 今から手紙でたずねたら、今日行くのには間に合わないかもしれないけれど、イーアはそれほどウェルグァンダルに行きたいわけではなかったから、別にそれでかまわなかった。

 ユウリはうなずいた。


「そっか。それじゃ、ぼくはもう行くよ」


 ふと気が付くと、イーア達の隣に青い馬車が停まっていた。

 青空のような色の美しい車だ。

 でも、馬車のような形をしているけど、馬も御者もいない。


「これ、ユウリの乗る馬車?」


「うん。ホーヘンハインからのお迎えだ。じゃあね、イーア」


「うん。またね」


 ユウリが乗りこみ、青い車の扉が閉まった。

 すると、青い馬車は空中に上がり、そのまま青空に溶けこむように消えてしまった。


「えー!? なにあれ!」


 でも、もう誰もイーアのびっくりに反応してくれる人はいなかった。

 周囲にはもうイーアが知っている人は誰もいない。


(さーてと。部屋に戻ってウェルグァンダルへ手紙でも書こうかな)


 イーアがそう思って学校に戻ろうとした時。

 通りを黒い不気味な馬車が走ってきた。

 2頭の黒い亡霊のような馬が車をひき、黒い影のような御者が御者席にすわっている。


(こわっ!)


 イーアがあわてて逃げ帰ろうと思った時。

 黒い馬車は、イーアの隣で停まった。


(ええ……? なんで近くにとまるの……?)


 真っ黒な影のような御者がとぎとぎれの声で言った。


「イーア……むかえに、きた」


(どこから……?)


 まるで地獄から迎えに来たような雰囲気だ。乗ったら死者の国まで連れていかれそうだ。


「あのー。どこへ行く馬車ですか?」


 でも、黒い影のような御者は、「イーア。むかえに、きた」ともう一度言っただけだった。

 どうやら、この御者はこれ以外話せないようだ。


(えーい! 乗ってやれ!)


 イーアはやけになって黒い不気味な馬車に乗りこんだ。

 イーアが乗りこむと、馬車はすぐにスーッと走り出した。たぶん。

 音も振動もない。

 普通の馬車みたいにゴトゴト揺れたりしない。


(動いてるような気がするけど、気のせいかな?)


 イーアは、馬車の窓にかかっている黒い分厚いカーテンを開けて外を見た。

 すると、そこには、見たことのない暗い荒野がひろがっていた。

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