第11話 授業開始
翌日、教科書の配布や必要な魔道具の購入の手続きがあった後、さっそくグランドール魔術学校の授業が始まった。
グランドールの授業はイーア達が通っていた初等魔学校の授業よりずっと種類が多い。
「科目名おぼえるだけでも大変だよー」
時間割表を見てイーアはぼやいたけど、ユウリは涼しい顔をして笑っている。
ユウリはロッカーから教科書を取り出しながら言った。
「次は魔導語だね」
魔導語は魔術の呪文に使われる言葉だ。呪文を唱える時や呪符を書く時に使うのははもちろん、とても高度な魔術書は魔導語で書かれていることもあるから、魔導語は魔術学校の必修授業になっている。
でも、魔導語は日常生活に使う言語ではないから、外国語を勉強するみたいなものだ。
「魔導語、苦手ー」
イーアがロッカーで魔導語の教科書を探しながらそう言っていると、後ろからバカにしたような声が聞こえた。
「君は見るからに苦手そうだもんな」
「あ、マーカス」
いつでもいやみなマーカスだ。もう、いじわるな声だけでわかる。
でも、イーアはすでにマーカスに慣れてしまったので、不機嫌にならずにたずねた。
「マーカスは魔導語得意なの?」
マーカスは鼻高々に言った。
「得意科目だよ。俺は初等魔学校に入る頃にはもう魔導語を読めてたんだ」
「ふーん。すごいね」
「君にそう言われても、うれしくないけどね」
マーカスはちょっとうれしそうにそう言うと、そのまま歩き去って行った。
マーカスがいなくなると、ユウリはイーアに言った。
「イーア。あんな嫌なやつ、相手にしなくていいよ」
「でも、まだ嫌な人かどうかわかんないよ? いつも嫌味を言うイヤミ君なだけかもよ?」
「それ、十分、嫌なやつだよ」
ユウリはそう言って、ロッカーをバタンと閉めた。
魔導語の先生はヘゲルというしかめっ面の厳しそうな先生だった。
しかも、イーアは魔導語の教科書が、さっぱりわからなかった。
なんといっても、教科書はぜんぶ魔導語で書いてあるのだ。
初等魔学校の教科書では、説明はぜんぶ普段の言葉で書いてあったのに。
それに、奨学生試験が終わった後、イーアはやっと勉強から解放された! と思って、全然勉強していなかった。だから、今はもう受験のために勉強したこともほとんど忘れてしまっている。
イーアは周囲を観察した。
みんなわかっているような顔をしている。
オッペンだけは、むこうの方で教科書を頭にかぶって、「全然わかんねー」と嘆いていたけど。
ヘゲル先生は全員が教科書をもっているか確認を終えると、話し始めた。
「諸君の中には、魔導語がわからなくても呪文を暗記すれば魔術は使える、などと不届きなことを考えている者もいるかもしれない。だが、魔導語を理解せずに魔術を学ぶ資格などないのだ」
教室の中はシーンとしている。
ヘゲル先生は教室の中を見渡しながら言った。
「さて、諸君に魔術を学ぶ資格があるか、試してみよう。では……そこの黒いの。教科書1ページ目の序文、第1段落に書いてあることを説明しろ」
ヘゲル先生は手に持った細い棒でイーアのことを指している。
どうやら、「そこの黒いの」とは、イーアのことらしい。
失礼極まりない!
でも、今、イーアには怒っている余裕がなかった。
「え、えーと……」
イーアは教科書を読もうとしたけど、無理だった。さっぱりわからなかった。
教室の中がシーンとしている。
ユウリがイーアの隣で顔をあげて、先生を見て言った。
「かわりにぼくが」
だけど、ヘゲル先生は別のことに気をとられていて、ユウリに気が付かなかった。
ヘゲル先生は、いきなり棒で教卓をぴしゃりと叩いて怒鳴った。
「そこで教科書を帽子に居眠りを始めた大バカ者!」
ヘゲル先生の棒が指し示す先には、オッペンがいた。
オッペンはさっそく机につっぷして居眠りをはじめていたのだ。
「うわっ!? なんだ!?」
オッペンが飛び起き、教室中のみんなが笑った。
ヘゲル先生はいらいらした様子で咳払いをして、しゃべりだした。
「あのような愚か者には、魔術を学ぶ資格などない。この教室にいる資格すらない。次回からは居眠りをした時点で教室を出てもらう。わかったな? さて、話を戻そう。呪文を丸暗記すれば、愚か者でも魔法は使えるだろう。だが、それでは魔術を理解したことにはならないのだ。魔術の本質を理解できるのは魔導語を理解するものだけだ。その教科書の1ページ目の第1段落に書いてある通りに」
どうやら、イーアはもう説明しなくてよさそうだ。
こうして、魔導語の授業が始まった。
授業終了後、イーアはすっかりうなだれていた。
あの後もずっと教科書に書いてあることがわからなかったのだ。
イーアがあてられることはもうなかったけれど。
イーアの後にあてられた人達は、ちょっとだけまちがったりしながらも、ちゃんと教科書の内容を説明できていた。
「うー……これは大変だよ……」
教室の出口でいっしょになったキャシーとアイシャがイーアをなぐさめるように声をかけていった。
「しょうがないって。イーア。あの教科書、かなり難しいもん」
「ヘゲル先生こわすぎだよねぇー」
「うん……」
それから、魔法陣の授業、薬学の授業の授業が続いた。
魔法陣と薬学の先生はやさしかったけれど、授業の内容は難しかった。
さすが名門魔術学校だ。グランドールの授業は、オームの初等魔学校とはレベルが全然違った。
しかも、みんなはそんな授業がちゃんとわかっているような顔をしている。
オッペン以外。
オッペンは毎時間「わかんねー」と嘆いていた。
どうやら、このままじゃイーアとオッペンは二人で落ちこぼれになりそうだった。
さっぱりわからない薬学の授業の終わり頃。先生の言うことも耳に入らず、イーアはぼーっと考えていた。
(あーあ。これじゃ、奨学生試験なんて落ちて当たり前だったよ。たまたまウェルなんとかの人が来ててよかった……。あれ? そういえば、奨学生試験の時、オッペンはいなかったよね。オッペンってお金なさそうなのに、どうやって入学したんだろ)
そんなこんなで午前中の授業が終わって、昼休みになった。
食堂でオッペンと一緒になったので、イーアは食べながらオッペンにたずねてみた。
「オッペンって、奨学生試験の時はいなかったよね?」
「ああ。おれは受けてねーもん」
「オッペンって、じつはお金持ちなの?」
「んなわけねーじゃん」
「だよねー」
「だよねって、そりゃねーだろ。たしかに、うちは貧乏なほうだけどさ」
「じゃあ、授業料はどうしてるの?」
オッペンは胸を張って答えた。
「父ちゃんが軍隊でがんばって、すんげー勲功をあげて、名誉の戦死を遂げたんだ。そのおかげで、息子のおれが学費を支給してもらえたんだ。そうじゃなきゃ、グランドールの授業料なんて払えねーよ」
オッペンはいつもの元気で明るい調子で話していた。だけど、イーアは、はっとした。
「お父さん、死んじゃったの?」
オッペンは胸を張って答えた。
「おう。おれの自慢の父ちゃんだ。2階級特進で、少尉になったんだぜ。おまえの父ちゃんは?」
「わたしは、おぼえてない。わたしとユウリは孤児院で育ったんだよ」
オッペンは気まずそうに頭をかいた。
「そうだったのかよ。悪かったな。変なこと聞いちまってさ」
それはこっちのセリフだよ、とイーアは思った。
お父さんが戦死したおかげでオッペンが入学できたなんて、知っていたらたずねなかった。
だけど、オッペンはそのことを誇りに思っているみたいだった。
だから、たずねたことを謝るのは違う気がして、イーアは何も言わなかった。
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