第10話 『友契の書』

 イーアは部屋の中をよーく観察した。

 なんか変な部屋だ。

 天井や床に、変な紋様が書かれている。

 ユウリ達の部屋は普通の部屋だったのに。


 それに、机の上には見覚えのないものが置いてあった。

 分厚い大きな本だ。

 本の表紙には、ひし形の金属がはめこまれていた。


(これは<契約の書>かな?)


 <契約の書>は、本の形をした召喚道具だ。

 よくある<契約の書>は表紙が召喚ゲートを開けるための魔道具になっていて、表紙と裏表紙の間に召喚の契約書を入れて使う。

 でも、この本はなんだか様子が違う。

 イーアは本を開いてみた。

 分厚い本の中はひたすら白紙だ。


(白紙ってことは、ノート?)

 

 イーアはそこで本の横に手紙が置いてあるのに気が付いた。

 手紙にはこう書いてあった。


―――

 表紙の裏に血を注げ。

 この『友契の書』は常に携帯し、他人には決して中を見せるな。

 用がある時はウェルグァンダルに手紙を送れ。

―――


 この本の名前は『友契の書』というらしい。精霊語の名前だ。

 ウェルグァンダル、つまりイーアの授業料を出してくれたところからのプレゼントみたいだ。

 机の上には切手が置いてあった。

 切手には<ウェルグァンダル>と宛先が書いてある。

 この切手で手紙を送れということのようだ。


 イーアは、さっそく『友契の書』の表紙を開き、自分のカバンの中から小さなナイフを取り出した。

 イーアはそっとナイフで指を切った。

 血が一滴、ゆっくりと表紙の裏の白い紙に染み込んでいき、そして、跡形もなく消えた。

 でも、他には何も起こらなかった。


 イーアは分厚い本をペラペラとめくった。


「あ……!」


 さっきまでは全てのページがただの黄ばんだ白い紙だったのに、今はあちらこちらに召喚獣の絵と文字が浮かび上がっていた。

 文字は魔導書で使われる魔導語ではなく、召喚術で使われる精霊語だ。ページの上に文字が浮かび上がってゆらゆらとゆれている。

 中には奨学生試験の時に呼んだドプープクとプープクの絵がのっているページもあった。

 でも、ほとんどの召喚獣は見たことも聞いたこともない。

 なのに、召喚獣の絵を見ていると、イーアはなぜかとてもなつかしく感じた。


 ペラペラとページをめくっていたイーアは、いったん本を閉じてから何気なく表紙の次の最初のページを開いた。

 そこにあった精霊語の文字を見て、イーアは首をかしげた。


『召喚可能数 65』


 文字が精霊語だから自信がないけど、65種類の召喚獣を召喚できるということみたいにみえる。

 だけど、イーアが初等魔学校で召喚の契約をしたのは、3種類だけだ。

 学校では契約しなければ召喚はできないと習っている。ということは、イーアが呼べるのはプープクとドプープクを別の種類と数えても4種類だけのはずだ。

 さらにペラペラとめくってみている内に、イーアは見慣れた獣の絵を発見した。


「ティトだ!」


 ティトはイーアが小さな時から、イーアがひとりでいる時に、ふいっと現れて、誰かが来ると消えてしまう不思議な獣だ。

 ティトは黄金色の毛並みで、イーアよりもずっと大きな体で、耳の後ろやあごの下の毛がふわふわで、イーアはティトに抱き着くのが大好きだった。小さな頃イーアは、よくティトのお腹を枕にしてごろごろしたりもした。

 でも、イーアがティトの話をしても、みんなティトはイーアの想像だと思って信じてくれなかった。

 ティトは幻なんかじゃないと、イーアは信じていたけれど……。


「ティトって召喚獣だったの?」


 たしかにティトは異界の霊獣っぽかった。普通の動物にしては毛並みが輝きすぎていたし、普通の動物は一瞬でふいっとあらわれたり消えたりしない。

 でも、イーアはティトを召喚したおぼえはない。

 もちろん、召喚の契約なんてしたことはない。


 ティトっぽい獣の絵がのっているページには精霊語で『ラシュト』と書いてあった。


「ティトはラシュトっていう種族なのかな? ……そうだ!」


 イーアは『友契の書』に手を置くと、召喚ゲートを開けるための呪文を唱え始めた。

 そして、精霊語で呼びかける。


『聞け。我が声を。来たれ。ラシュト』


 数秒待った。室内は静かだった。


(やっぱ、むりか。契約もしてないのに召喚なんてできないよね) 


 そうイーアが思った時、ふいに後ろから低い声が聞こえた。


『おい。なんで呼んだんだ? 気をつけろ。近くからやたらと魔導士の臭いがする』


 イーアは慌てて振り返った。

 部屋の床にティトが伏せていた。周囲を警戒するように、ピンと耳をたてて。


「ティト!」


 イーアはティトに抱きついた。

 ティトはイーアの耳に大きな口を近づけて、低い声でささやくように言った。


『静かにしろ。魔導士どもに見つかる。こんな場所に呼ぶなんて』

 

 イーアは無邪気にたずねかえした。


「なんで? ティトって、いつも誰かが来ると消えちゃうよね」


『おれは見つかるわけにはいかないんだ。危険だ』


「別に危険なんてないよ。ここはグランドール魔術学校の中だもん」


 だけど、ティトは心配そうに周囲を見ながら言った。


『だから、危ないんだ。魔導士には気をつけろ』


 イーアは不思議そうに首をかしげて、意気揚々と言った。


「だけど、わたしは魔導士になるんだよ? ついにグランドールに入学できたんだよ。すごいでしょ!」


 ティトは心配そうな大きな目でイーアを見た。


『おれのことは誰にも言うな。ラシュトを呼べることは絶対に知られるな』


 そう言い残して、ティトは消えてしまった。


(変なの……)


 イーアはそう思ったけど、『友契の書』を閉じて机の上に置くと、ユウリに会おうと思って部屋を出た。

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