第9話 寮
入学式が終わると、イーアはユウリを見つけていっしょに寮に向かった。
グランドールでは1年生は全員寮に入る。
寮は貴族用と平民用で建物が違った。
貴族用の寮は白い華麗な館で、平民用の寮は壁をツタが走る古い塔のような建物だ。
しかも2つの寮の間には庭園があって、けっこう離れた場所にある。
「寮まで違うんだね。でも、平民用のほうが魔導士の寮っぽくてかっこいいかも」
イーアがそういうと、ユウリもうなずいた。
「うん。この寮の方が歴史のある建物らしいよ」
イーアとユウリが寮にむかって歩いて行くと、二つの建物の間で、なんだか騒いでいる生徒がいるのに気が付いた。
さっき会った金髪巻き髪の貴族の少女ローレインだ。
「わたくしはあちらの寮がいいのです!」
「ローレインお嬢様。あちらは粗末な平民用ですので」
お付きのおばあさんが困りきった様子でローレインにそう言っていた。
「成績優秀な生徒はあちらの上階に入るというではありませんか。ならば、わたくしも、あちらの寮に入ります!」
「そんなことをおっしゃられても……」
イーアは歩きながらユウリにたずねた。
「成績優秀だと部屋が違うの?」
ユウリは首をかしげた。
「成績と部屋割りは関係ないって聞いたよ。でも、ケイニスみたいに特別奨学生になると違うのかも。それと、申請が認められてお金を払えば個室になるらしいよ。さっき、師匠が個室にしたいかどうか、ぼくに聞いてくれたんだ。ぼくは大部屋になれてるから、ことわったけど」
寮の入り口には上級生がいて、名前を言うと部屋番号の紙を渡してくれた。
ユウリの部屋はN4-6だった。イーアの部屋はN8-9だ。
「最初の記号が区画、次の数字が階数だよ」
上級生はそう教えてくれた。
「ユウリの部屋は4階だね。じゃ、まずはユウリの部屋に行こう」
建物の中に入ってまっすぐ進むと、丸い部屋があった。
床には人が10人くらい乗れそうな、魔法陣が描かれた大きな石のタイルが4つ並んでいた。
ユウリはそれを見て言った。
「魔動昇降機だ」
イーアは聞いたことがなかったので、ユウリにたずねた。
「それなに?」
「エレベーターともよばれるらしいよ。魔法の力で動かす昇降機だよ」
そんなもの、オームにはなかった。オームには4階建て以上の建物がないから階段だけで十分だ。
ユウリはNと書いてある柱の前の、魔法陣が描かれたタイルに乗った。
イーアもすぐにユウリの隣に立った。
すると、床石の周囲に光が立ち上り、イーアたちの目の前の空中に数字の列が浮かんだ。
ユウリは4の数字を指でふれた。
すると、二人を乗せた床はゆっくりと上昇を始めた。
「うわ! 浮いてるよ! これがエレベーター!?」
イーアは床石の縁に手を置いて、下をのぞきこもうとした。
でも、頭が光の壁にぶつかって、外に頭を出すことはできなかった。
壁はないように見えるけど、見えない壁があるようだ。
「ちゃんと、落ちないようになってるんだね」
「うん。危ないからね」
そんなことを話していると、すぐに4階についた。
ユウリとイーアは4階の廊下に立って、周囲を見渡した。
たくさん部屋が並んでいる。
廊下に他に人はいない。
入学式の後、ほとんどの新入生は保護者と合流してお祝いの食事へ行ったり、おしゃべりしたりしていた。だから、まだみんな寮に来ていないのだ。
「4-6……あった」
部屋のドアは開いていた。
イーアはユウリより先に中に入った。
「へー。こんな部屋なんだ」
ユウリの部屋には2段ベッドが1つ、ロッカーが2つ、机が2つあった。
2人部屋のようだ。
今朝、入学式の前に預けた荷物がすでに部屋に運び込まれていて、1人分ずつまとめて置いてあった。
といっても、ユウリの荷物は小さなバッグ1つだけだ。
ユウリはその横に新しいバッグを置いた。
革製の高そうなバッグだ。入学式が終わった時には、ユウリはそのバッグを持っていた。
イーアは不思議に思ってユウリにたずねた。
「そういえば、それ、どうしたの?」
「さっき師匠がくれたんだ。中には読んでおくべき本とか、魔道具が入ってるって。入学祝いにカバンごとくれたんだよ」
「へー。重たいの?」
「それが、まったく重さを感じないんだ。魔法のカバンなのかも」
その時、イーアは後ろから突然背中を叩かれた。
「よう! イーアも同じ部屋か?」
部屋にとびこんできたのは、さっき入学式で会ったオッペンだった。
「オッペン! びっくりしたー。ちがうよ。ここはユウリの部屋……オッペンとユウリは同じ部屋なんだね」
オッペンはユウリにむかって元気よくあいさつした。
「よろしくな! おれはオッペン」
「うん、よろしく。ぼくはユウリ」
オッペンはキョロキョロしながらたずねた。
「イーアはどの部屋だ? 1年はみんなこの辺の部屋らしいぜ」
「女子は別の区画だと思うよ」
ユウリがそう言うと、オッペンは数秒の間沈黙して、イーアの顔をまじまじと見て首をかしげた。
「イーアって、女子だったのか?」
「そうだよ! 気づいてなかったの?」
入学式で散々話をしていたのに。ずっと、オッペンは勘違いしたままだったらしい。
でも、実は昔からこういうことはよくあった。
イーアは女の子にしては短めの髪形で、いつも跳びまわっているから、小さな頃からよく男の子とまちがわれた。
一方、ユウリはかわいらしくて優しくておとなしいから、よく女の子とまちがわれた。
最近はさすがに間違われなくなっていたけど。
オッペンは頭をかきながら、言い訳にならない言い訳をした。
「だって、おまえ、おれより色黒いしさ。でも、言われてみりゃ、よく見れば女子か!」
「色の黒さは生まれつきなの! バリバリ女子だよ。もー」
それからしばらくして、4階には男子生徒がぞくぞくと到着しはじめたので、イーアは自分の部屋を探しに行くことにした。
(えーっと。わたしの部屋はN8-9 。8階に行かなきゃだね)
イーアは魔力で動くエレベーターに乗って8階に向かった。
8階は、雰囲気が少しちがった。
4階は生徒がたくさんいてガヤガヤしていたのに、8階の廊下は暗くて静かだった。
廊下には誰もいない。
イーアが部屋を探して歩いていると、ちょうどドアが開いて、生徒が一人出てきた。
ケイニスだった。
「あ、ケイニス君。ケイニス君はこの階なんだね」
ケイニスはうなずいた。
「ああ。君は?」
「わたしの部屋はN8-9って書いてあるんだけど」
「そこが9番だ」
ケイニス君は、2つ向こうの部屋を指さした。
「ありがとう」
イーアはお礼を言って、部屋に向かった。
(女子は少ないから、キャシーかアイシャといっしょになるかも)
そう思いながら、イーアはドアを開けた。
だけど、部屋の中には誰もいなかった。
ベッドも一つしかない。
(あれ? 部屋、まちがえた?)
でも、部屋の床に、ぽつんとイーアのカバンが置いてある。
まちがいではなさそうだ。
「なんでだろ? ここ、個室だよね? 女子は一人部屋なの?」
イーアは思わずひとりなのにつぶやいて、首をかしげた。
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