第3話 第1、第2の試験

 受験生たちは最初の試験の部屋に通された。

 その部屋には机が等間隔で並んでいた。

 机の上には魔インクのツボと羽ペンと定規がいくつか置いてある。

 魔インクは呪符や魔法陣を書く時に使うものだ。

 受験生は前の方から番号順に決められた席に座るようにいわれた。

 1番から8番までが、一番前の列だったから、ユウリは一番前の列だ。


(やっぱり前のほうはみんな頭がよさそうだなぁ……)


 教室の後ろの方の席でイーアはそう思った。

 あのイヤミな少年は、イーアの前の席だった。

 たぶん、41番だ。偉そうなことを言っていたけど、番号が成績順なら、イヤミな少年は入学試験の成績はあまりよくなかったようだ。


(でも、試験はこれから! がんばるぞ! おー!)


 イーアが心の中で気合をいれていると、試験官の先生が教室に入ってきた。

 そして、全員に一枚の紙が配られた。

 配られた用紙には、不完全な魔法陣が書かれていた。

 試験官の男の先生は穏やかな声で言った。


「この魔法陣を完成させてください。成功すれば、円陣の真ん中が光りだしますよ」


 イーアは魔法陣の一部が書かれた紙を見ながら、あわてた。


(どうしよう。こんな魔法陣見たことないよ……)


 魔法陣を完成させるのに、魔力は一切必要ない。

 知識と知能がすべてだ。

 魔法陣は色々な記号で出来ていて、一定のルールが決まっている。

 記号の意味とルールが分かっていれば、はじめて見る魔法陣でも、どんな機能で、どこをどう書けばいいのかわかる……はずだった。


 テスト用紙には、魔法陣のヒントも書いてあった。


 [この魔法陣は光を放ち音楽を奏でます]


 だけど、それを見てもイーアにはさっぱりだった。


(いいや。適当に書いちゃおう)


 イーアは羽ペンを魔インクの壺にぼちゃんといれてから、空白部分に適当に線を書き入れた。

 でも、魔法陣はちっとも、光らなかった。


(うーん。ここになんか記号を書き入れるっぽいんだけど……)


 イーアが魔法陣を睨みつけて考えていると。


「できました」


 早速、一番前の席から、そんな声があがった。

 ユウリの左隣に座っている、受験番号1番の少年がまっすぐに手をあげていた。

 1番の少年はイーアと同じように色が黒くて、他の子たちとはちょっと雰囲気が違った。

 その少年の机からは、かすかに音楽が聞こえていて、机から天井に向かって音楽に合わせて色の変わる光が立ち上っていた。


「すばらしい」


 試験官の先生が名簿に結果を記入しながらほめていた。

 イーアはいっしょうけんめい机の上の魔法陣を見た。


(う~ん。ぜんっぜん、わからない。こんなの無理だよ~。習ってないもん)


 イーアは羽ペンを指の上で回したり、突きだした唇と鼻で挟んで動かしたりしはじめた。

 教室のあちこちから音楽が聞こえだし、何人かの生徒が手をあげていた。

 そして、前の方でユウリの声が聞こえた。


「できました」


 ユウリの机からは光が立ちのぼっている。

 先生のほめる声も聞こえた。


「よくできました」


(えー!? ユウリはわかったの!?)


 同じ孤児院で育ったユウリとイーアは、同じ学校に通って同じ教科書でいつもいっしょに勉強してきた。

 だから、ユウリが知っていることは、イーアも知っているはずだ。


(じゃあ、きっと、わたしにもできるよね。そうだ! たしか……) 


 イーアはぐにゃぐにゃと、うろおぼえの記号を書き入れた。

 とたんに……


ボンッ


 イーアの机の上で爆発が起こった。 

 イーアの隣の席の生徒がぎょっとしたように振り返り、前の席のイヤミな少年はおどろいてとびあがった。

 そして、イーアの机の上にあった紙は、爆発して黒い煙を残して消えてしまった。

 イーアは頭を抱えた。


(あれは爆発の記号だったよ~……)


 答案用紙がなくなってしまったので、イーアにはもうどうしようもなかった。

 しばらくはイヤミな少年が頭をかきむしって考えこんでいるのを眺めていたけど、すぐ飽きたので、イーアは試験時間が終了するまで机の上につっぷして寝ていた。



 魔法陣の試験が終わると、試験官の先生が交代した。

 新しい試験官は、まだ若いきれいな女の先生だった。


「次の試験は自然魔法です。みなさんは初等魔術学校で水火風ひととおりの初級魔法を習っているでしょう。今日のテストでは、まず、コップの中に水を生じさせ、次に、ろうそくに火をつけ、最後に一人ずつ教卓の前で風を起こしてもらいます。杖などの補助魔導具はつかってはいけません。では、まずコップを配ります」


 空のコップが配られた。


(自然魔法かぁ。ユウリの得意科目だなぁ……)


 コップを見ながら、ひとごとのように、イーアは思った。

 イーアは、自然魔法はあまり得意じゃない。


「まずは、水魔法です。<湧水ル・ウィラ>の呪文を唱えて、コップに水をためてください。外でノドが渇いた時に便利な呪文ですよね」


 試験官の先生はそう言ってほほえんだ。

 たしかに、便利な魔法だった。

 水筒が空になった時、イーアはよくユウリに<湧水ル・ウィラ>で水を出してもらった。


 部屋のあちこちで、呪文を唱える声があがった。

 イーアも<湧水ル・ウィラ>の呪文を唱えた。

 イーアが手にもつコップの内側に、水滴が何粒かついた。

 流れ落ちる水滴を見ながらイーアは思った。


(失敗じゃないけど……。こんなちょっとじゃ、ますますノドが渇いちゃうよ……)


 試験官の先生が言った。


「ハイ、終了です。呪文の詠唱はやめてください。まわっていくのでコップを見せてください」


 試験官の先生は机の間を順番に歩いてきて、イーアのコップを見て、無表情に名簿に何かを書き付けていた。


(あ~あ。ユウリなんて、きっと水でコップいっぱいにしてるんだろうなぁ)


 ユウリは前の方の席だから、コップは見えないけど、まちがいない。ユウリは本気を出せば水遊びできるくらいの量の水を出せるのだから。

 教室の前に戻った試験官の先生は言った。


「では、次は炎です。マッチなんてかくしもっている人はいないでしょうね?」


 先生が冗談を言って、何人かの受験生が笑った。


「では、ろうそくを配ります。合図をしたら、<着火レ・ナド>の呪文を唱えてください」


 受験生たちはろうそくを持ち、<着火レ・ナド>の魔法を唱えた。


(これを失敗したら、もう終わりだよ)


 イーアは片手でろうそくを持ち、もう一方の手をろうそくの前に置いて、祈るような気持ちで呪文を唱えた。

 ろうそくに、火がついた。


「やった!」


 でも、<着火>の魔法は、室内のほぼ全員の生徒が成功していた。

 試験官の先生はチェックを終えると、全員にろうそくの火を消すように言った。


「では、最後に風を起こしてもらいます。今度は一人ずつ試験を行います。呼ばれたら前に出て<起風エル・ファー>を唱えてください。できるだけ大きな風を起こしてください」


 <起風エル・ファー>はちょっとしたそよ風を起こす魔法だ。

 <湧水>や<着火>と違って日常生活でもあまり使い道はない。

 夏の暑い日に使いたくなる時があるくらいだ。

 でも、<起風エル・ファー>をちょっと変化させると、風呂上りに髪の毛を乾かすのに使える魔法<起温風エル・ヌファー>になる。


 大教室の前の教卓の上に、試験官の先生は風速計を置いた。


「では、受験番号1番の方。前に出てください。そこの線が引いてあるところに立って、呪文を詠唱してください。足が線から出なければ手は前に出しても構いません」


 受験番号1番の少年が前に出て、教卓から数メートル離れたところで<起風エル・ファー>の呪文を唱えた。

 風速計がくるくると高速に回った。


「よくできました。では、次、2番の方」


 ユウリの番だ。

 ユウリは前に出ると、少しとまどったように試験官の先生に言った。


「あの、全力で風を起こしていいんですか?」


「いいですよ。もちろん。全力を出してください」


 イーアは息をのんだ。

 ユウリは風速計の前に手をかざした。


「<起風>」


 その直後、部屋の中に突風がまき起こった。

 そして、激しい衝突音がした。

 風速計が前の黒板に激突し、バラバラになって床に落ちていった。

 試験官の先生は驚きで口をあけたままだ。


「すみません……」


 ユウリは謝った。イーアはこうなると思っていた。同じ魔法を使ってもユウリの自然魔法はイーアの100倍くらい強力になる。

 すっかり壊れてしまった風速計を見ながら、試験官の先生は言った。


「す、すばらしいです……。次の方は、ちょっと待っててくださいね」


 試験官の先生は、教室の隅に用意されていた新しい風速計をもってきた。

 そして、何事もなかったように試験が再開された。


 ずーっと待って、やがて49番目のイーアの出番がやってきた。

 イーアの結果は……。風速計がゆっくり動く、そよそよのそよ風だった。

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