第2話 グランドール魔術学校
ガタガタゆれる乗合馬車の中。イーアは窓の外を見ていた。
イーアのすぐ目の前で、窓から吹き込む風で、ユウリの金色の髪がたなびいていた。
突然、ユウリがイーアの方に振り返った。
ユウリの顔はまるで芸術品のように整っていて、誰もが美少年だという。でも、兄弟のように育ったイーアは、小さな頃から見慣れているから特に気にしたことはない。
窓の外を見ていたユウリは言った。
「グランドールが見えてきたよ」
「どこどこ?」
イーアが探していると、ユウリが外を指さした。
「ほら、お城みたいな建物が見える」
イーアは窓から頭をだしてユウリの指の先の風景を見た。
遠くにお城のような建物が見えた。
「ほんとだ! グランドールだ! やっぱり地方受験会場の学校とはちがうね。かっこいい!」
うれしさと緊張でイーアの胸が高鳴った。
今日はグランドール魔術学校の奨学生試験の日だ。イーアはこれからあの学校で試験を受ける。
といっても、イーアとユウリは入学試験にはすでに合格している。でも、孤児院育ちの二人には授業料を払うお金がない。
だから、今日の奨学生試験に合格しないと入学できない。
馬車から降りるとすぐそばに「グランドール魔術学校 奨学生試験会場」という看板を持った案内係の魔動人形が立っていて、入り口の門の位置を教えてくれた。
その人型のネコみたいな魔動人形を見て、イーアは興奮してユウリに言った。
「魔動人形、初めてみたよ。すごいね!」
看板をもったネコ人形はお辞儀をした。
「ありがとうございます」
「すごい!」
「うん。すごいけど、早く行こうよ。イーア。もうあまり時間がないんだ。遅刻したら大変だ」
ユウリは冷静にそう言って、イーアを引っ張っていった。
試験会場は三階建てくらいの円柱形の古い建物だった。イーアとユウリは建物の入り口で受付をすませ、受験生の待機室に入った。
椅子がたくさん並べられていて、部屋の中にはすでに何十人も受験生が集まっていた。
イーアは椅子に座り、キョロキョロしながら隣のユウリに言った。
「受験生、いっぱいいるんだね」
「そうだね」
「もっと少ないと思ってたよ」
奨学生試験はお金持ちの子は受けないとイーアは思いこんでいた。
だけど、会場には裕福そうな服装の人達もたくさんいた。
特に女の子たちは、ローブは魔学生らしい黒い地味なデザインでも、かわいい髪飾りやきれいなブローチをつけていた。
「そんなわけないだろ? 君は何も知らないんだな」
そう言って、突然、イーアの隣に座っていた少年が話に割り込んできた。
突然話しかけてきた隣の席の少年は、黒い髪の毛に青い瞳で色白な少年だ。髪の毛をきちっとセットして、ローブをきっちり着ている。
「この試験は毎年高名な魔導師たちが見に来るのさ。優秀な弟子を探しにね。だから、魔導師に見てもらうために受験している人が多いんだよ。えらい師匠なしじゃ、グランドールをでたところで、その辺で就職するか、庶民相手の店でも開く三流魔導士で終わっちゃうからな」
イーアは少年の物知りっぷりに素直に感心した。
「へー。そうなんだ。よく知ってるね」
隣の席の少年は言った。
「当然さ。俺の親父もここの出だからね」
「お父さん魔導士なの? すごいね」
イーアは心からすごいと思ったけれど、隣の少年は苦々しく吐き捨てるように言った。
「すごくなんてない。しがない三流魔導士さ。庶民相手の店を開いて小銭をかせいでるだけの。あんなの、底辺魔導士だ。俺は、あいつみたいにはならない。俺は一流の偉大な魔導士になるんだ」
それから、イーアの隣の少年はいやみな感じに言った。
「ま、魔導士の間じゃ常識だよ。君みたいな南の野蛮人は知らないだろうけど」
南の野蛮人。
帝国の南にはバララセ大陸があり、そこの原住民は帝国で奴隷人種と呼ばれている。
イーアはその奴隷人種みたいに色が黒く、髪の毛がクルクルしていた。
イーアが何か言う前に、ユウリが怒ったように言った。
「イーアはオーム育ちだ」
オームは帝国西部の小さな町だ。
そこにあるナミンの家という小さな孤児院でユウリとイーアは育った。
隣のいやみな少年はせせら笑うように言った。
「オーム? なんだ。西部の野蛮人じゃないか。オームに学校なんてあるのかい? それに、君ら、ずいぶん貧相な格好だもんな。そのつぎはぎだらけのローブ、何十年前の古着だよ」
ユウリはさらにむっとした様子になった。
ユウリとイーアが着ているローブは、たしかにオームの初等魔学校に入るときにもらった古着だ。
破れたところを何度も補修しながら使ってきたから、たしかにぼろぼろだけど、その分愛情がこもっている。
「ユウリ。もういいよ」
試験前にケンカなんかしたくない。
一方、いやみな少年はケンカを売っているとは思っていないのか、さらに言った。
「ちなみに、君、受験番号、何番だい?」
イーアの受験番号は49番だった。
イーアは答えなかったけれど、隣の少年は、かってにイーアの番号をのぞき見て言った。
「ふーん。それ、受験者の成績順だってよ。その成績じゃ、君は奨学生は難しいだろうな。奨学生は10人しか選ばれないんだから」
イーアはハンマーでなぐられたような気持ちになった。奨学生になれないということは、グランドール魔術学校に入学できないということだ。そして、イーアとユウリの夢、魔導士になれないということだ。
イーアが何か言う前に、ユウリが怒ったような調子で少年に言った。
「そんなの、わからないだろ」
それからユウリはイーアにむかって言った。
「気にする必要ないよ、イーア。受験番号なんて関係ないよ」
イーアはユウリの受験票の番号をのぞき見した。
そこには2番と書かれてあった。イーアとユウリはいっしょに申しこんだから、入学試験の時の受験番号は1つ違いだった。
(うわぁ、これ、ぜったい成績順だよ!)
ユウリは初等魔学校でいつも先生に「100年に1人の才能」とか「奇跡」とかほめられていた天才だ。
受験生たちの雑談の声でいっぱいだった室内が、突然、静かになった。
部屋の中にグランドールの先生が入ってきた。
「みなさん、お静かに。これから奨学生試験の説明をします。まず、みなさんには、試験の前に魔力適性検査を受けてもらいます。その次に、実技試験が3つあります。実技試験の後には、特別審査員の魔導師の先生がたが参加してくださる面接があります。みなさんにとってはまたとない機会ですので、積極的にアピールをしてください。それでは、まずは試験の前に、この先の部屋で魔力の適性検査を受けてください」
ユウリは立ち上がりながらイーアに言った。
「行こう、イーア」
イーアは力強くうなずいた。
「うん。がんばろう!」
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