第6話 次男クレイルの苦悩


「確か、この辺りだったはずだよ」

「随分と‥‥」

「う~ん」


ニャ助の案内で、クレイルの店らしい場所までやって来た。なんと言うか、あまり良くない地域に見える。路地は薄汚れ、少し臭う。歩いている者は少ない。


「ごめんください」


ニャ助が木製の扉をノックするが、返事がない。

上を見上げると、鉄で作られた看板が目に入った。


「爺さん」


爺さんの服の裾を引っ張り、上を指した。


「ドワーフと言えば、鍛冶師か」

「そうみたいですね」


看板には、槌が彫られている。


「何度か来てみたけど、いつも留守なんだよね」

「いや、人の気配はある。ニャ助、儂に任せとけ」

「え?」


爺さんが右手を振り上げ、私が「あ」と思った時には手遅れだった。

ドゴン! という音とともに、扉が店の内側へと倒れた。





「はぁ‥‥」


薄暗い部屋で灯りも無く、火の消えた炉を前にため息を吐く。


「オヤジ‥‥おふくろ‥‥」


思わずつぶやいた。いい年した大人がと自分でも思うが、大人だって追い詰められたら弱音くらい出る。まぁ、こんな呟きをオヤジが聞いたら、拳が飛んで来そうだ。

自傷気味に笑うと、ドゴン! ととんでもない音が聞こえて来た。

振り返ると、外の光を背に背負い、二つの小さな姿がそこにあった。


「おう」

「なんだい」


突然聞こえて来た声に、身体が震えた。





「すまん、そんなに強く叩いたつもりはなかったんだがなぁ」

「気を付けてくださいよ、身体が若くなったんですから」


爺さんが扉を壊してしまった。山の人だで、元々力は強いが扉を壊した事はない、はずだ。壊しても、自分で直しているかもしれんが。


「オヤジ、おふくろ⁉ それに‥‥ニャスケか⁉」

「おやおや、随分と大きくなって」

「本当だな!」


部屋の奥に丸まっていた人影が立ち上がったと思ったら、部屋の天井に頭が天井に届きそうな程の大きさだった。ニャ助よりも大きいか! ゲームの中では確か、私らと変わらないくらいだったと思うが、随分と大きくなった。


「ど‥な‥本当に、オヤジとおふくろなのか?」

「あらあら、随分と埃が。掃除はちゃんとしてるのかい? ご飯は? ちゃんと食べてるかい?」


扉を壊したせいか、部屋に埃が舞いあがってしまった。


「二人とも、てっきり二百年前に‥」

「あ~、その‥‥」


この人は昔っから嘘と隠し事が下手くそだ。まぁ、私も他人の事は言えんが。そう言えば、二百年もいなかった言い訳を考えていなかった!


「あ、あ~‥‥二人は、異世界に行っていたんだよ、クレイル兄さん!」

「「ん?」」

「異世界?」


訝しげにニャ助を見つめるクレイル。

そりゃあ、突然異世界とか言われても困るだろうねぇ。どうしようかと思っていると、ニャ助がこそっと耳打ちしてきた。


「間違ってはいないでしょう?」

「まぁ、確かに?」

「嘘ではないはなぁ」

「二百年前の当時、異世界への扉が開いたとかって仮説も出たらしい。本当の事を言っても混乱するだけだろうし」

「「賢い!」」


うちの子は可愛い上に賢いねぇ! 爺さんと二人で頭を撫でてやると、ニャ助は嬉しそうに目を細めた。


「そうそう! 異世界な! その‥気が付いたら? な、婆さん!」

「そうそう! 私らにも理由は分からんが、いつの間にか、ね!」

「そうか‥‥苦労したんだなぁ。二人が無事に帰って来てくれて、良かった」


なんとか誤魔化せた、か? ふぅ、やれやれ。


「儂らの事より、随分と暗い顔をしとったみたいだが、何かあったんか?」

「あ、あ~‥‥いや、いいんだ! 折角二人が戻ってきたんだ! ニャスケとも随分と久しぶりだしな! お祝いでもしよう!」


爺さん程でもないが、クレイルも嘘が下手らしい。血の繋がりがどうなっとるのかは分からんが、親子っちゅうもんはやっぱりどっか似るもんだねぇ。


「ほんじゃあ、爺さんとクレイルでお酒でも買って来とくれ。掃除と料理は私がやっとくで。ニャ助、手伝ってくれるかい?」

「うん!」

「で、でも」

「おう! ついでに少しこっちの食べ物も買って来る」


爺さんはそう言うと、少し戸惑っているクレイルを押して家から出て行った。


「ま、あっちは爺さんが何とかするで大丈夫だ。さて、先ずは掃除からだね」


台所周りは、指で触るまでもなく埃まみれ。これは久しぶりに腕がなりそうだ。





「さて、先ずは何から買うかなぁ。婆さんが美味そうだと言っとった串焼きは絶対だな」


爺さんが物珍しそうにあたりを見渡し、どの店に行こうかと迷っていると、クレイルが大きな身体を小さくしていた。


「クレイルは何が好きだ? あ、金の心配なら大丈夫だぞ! どんと任せとけ!」


クレイルとは対照的に、その小さな身体の胸を張り大通りを歩く爺さん。

二百年ぶりに会ったと言うのに、懐かしさというよりも「今週も会いに来たぞ」といった感じだ。クレイルは突然いなくなった二人を心配していなかったわけではない。あの二人なら、きっと何処かで元気にしている。そんな気持ちもあったのだ。だが不思議と、二百年前以前の事は朧げにしか思い出せない。それだけ自分も年を取ったと言う事かと、クレイルはぼんやりと考えていた。そして、ふと町の横にそびえ立つ壁を見上げる。今、自分を悩ませている最大の原因である。


「おい」


爺様の声に、吐きかけたため息を飲み込んだ。

そんなクレイルを見た爺様が、腕を組んで仁王立ちになった。


「儂は、遠回しは好かん! 何かあるなら、言え」

「え?」

「儂らはこの世界をゲームだと思っとった。だが、この世界は本当にあって、お前さん達もちゃんと生きとる」

「げーむ?」


クレイルにとっては、爺さんが何を言っているのか理解ができず、困惑していた。


「げーむって、どういう‥」

「分からん!」


堂々と、ハッキリと言い切る爺さんに、更に困惑するクレイル。


「難しい事は分からん! だが、お前さんは儂の息子だ! 息子が何か困っているならば、助ける! その‥‥二百年? ほったらかしにした分もな!」


爺さんは、難しい事は考え過ぎない性格である。

この世に人知の及ばぬ事は数知れず、自分の小さな頭で考えた所で、分からない物は分からない。ならば自分は、その時その時で自分のやれる事を全うするのみ。


「‥‥わかった」


根負けしたのは、クレイルだった。そして、彼の話を聞いた後、両手一杯の食材や屋台で売っていた物を抱え、二人はクレイルの家へと元っていった。

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夫婦二世の、異世界スローライフ こまちゃも @komame2023

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