第5話 初めての町へ


「ん~、やっと森を出たなぁ」

「結構かかりましたねぇ」

「いやいや、十分早いよ! 人族だったら一か月かかるのに、一週間でここまで来たんだよ⁉」


家を出てから、町を目指して森の中を歩き、途中は野宿してここまで来た。


「テイムできそうな子がいたら、乗せてもらえたんだけどねぇ」

「リスやらウサギやらは見かけたが、大型のはおらんかったな」

「そのリスやらウサギやらも、本当ならAからSクラスの魔獣で‥‥他のは多分、逃げたんじゃないかなぁ」


ニャ助が遠い目をしているが、二人は不思議そうに首を傾げた。


「身体がエルフっちゅうのも、関係あるかもな」

「ああ、そうですねぇ。どんなに歩いても、膝も腰も痛くないのはありがたい。今なら、ニャ助も抱っこできそうですよ」

「儂は、ニャ助を抱いた婆さんを抱っこできるぞ!」

「それは、頼もしいですねぇ」


ニャ助は、縦にも横にも二人の倍以上ある。流石にそれは‥‥この二人ならやりそうだと思い、ニャ助が更に遠くを見た。


「ほ、ほら! あれが、クレイル兄さんがいる、ゴーヌの町ですよ!」


ゴーヌの町は、目の前に海がり、その横には巨大な壁の様な鉱山が面している。


「ゴーヌの町は良質な鉱石が採れる事からドワーフが多く、また森に挑む冒険者が最後に立ち寄る‥って、ちょっ!」


ニャ助が説明している間に、二人が歩き出してしまった。慌てて二人を追うニャ助。


「すぐそこに見えとるんだから、行けばわかるぞ!」

「折角ニャ助が調べてくれたんですから。あぁ、ニャ助、お世話になっている所にも連れてっておくれね。ご挨拶したいから」

「‥‥ふふ、二人が相変わらずで嬉しいよ。って、ちょっと待った! 二人とも、身分証が無いと町には入れな」

「「これじゃいかんのか?」」


二人が取り出したのは、日の光を反射して鈍く輝く銀色のブレスレット。


「そうか、二人は冒険者として登録してあるから」

「二百年後だと言っておったが、エルフならば二百年ぐらい生きておっても問題ないだろ」

「うん、大丈夫だと思うよ。エルフは長寿で、最高齢は千歳を超えているらしいし」

「千歳か! そりゃ凄い!」


ニャ助は二人のブレスレットを見て、少し安心したと同時に、誇らしくも感じた。

ブレスレットの色は冒険者としてのランクで決まる。ランクは、下はEの緑色から始まり、Dが青、Cが赤、Bが銀色でAが金色となる。Bランクともなれば、冒険者として一流であり、殆どの冒険者が生涯をかけてもたどり着くのはほんの一握り。Aランクとなるには、そこから更に「一つまみ」となる。

稀に盗難やランクの偽装をする者がいるが、所有者の魔力が登録されている為、偽装するより着実にランクを上げる努力をした方がマシだと言われている。ランク偽装の罰は冒険者ギルドからの除名のみとなっているが、大々的に公表されるため、その後の末路は悲惨なものとなる。


楽しそうに笑い合う二人を見て、昨夜のお爺さんとの話が過った。


「うちは、ひい爺さんのそのまた爺さんよりも前からあそこで暮らしておってなぁ。山ん中でなぁんもない。毎日毎日畑と山と家の行ったり来たり。婆さんには随分と苦労かけた」


ぼんやりと焚火を見つめているのは、まだ少し見慣れないエルフの姿。だがそこには、確かにお爺さんがいる。


「流行りの洋服も着せてやれん。気の利いた事も言ってやれん。そんな儂に文句の一つも言わんと、いつもニコニコしとった。婆さんが異世界に行ってしまったと聞いた時、儂も行くと即答した。だが、一瞬過った。また、儂の我儘に付き合わせるんかと」


ニャ助は、自分が猫として二人の傍にいた頃の事を思い出す。優しく撫でてくれた手のぬくもりと、柔らかな笑顔。


「お前なんぞいらんと、言われる覚悟はあった。だが、婆さんが笑った。儂はそれだけで十分だ。折角もらった新しい命。前世でなぁんもしてやれんかった分、婆さんには幸せになってもらいたい。いらんと言われたら、また口説くだけだ」


大半がお見合いで結婚が決まっていた時代、山の麓の村でお婆さんに一目ぼれしたお爺さん。初対面でプロポーズをした後は、毎日畑仕事の後、村まで歩いて通ったのだそうだ。他愛のない話をしては、山へ帰って行くお爺さん。そんなお爺さんに段々と惹かれていったのだと、お婆さんが話してくれた事があった。


だが本当は、耳まで真っ赤になってプロポーズしてきたお爺さんの姿に、お婆さんも一目惚れだった‥‥と言うのは、ニャ助も知らない、お婆さんの数少ない秘密の一つだ。


今、真っ直ぐに前を向いて進むお爺さんに、そっと寄り添って歩くお婆さんがいる。ニャ助は「十分すぎる程に、幸せだった」と、縁側で自分の頭を撫でながらほほ笑んだお婆さんを思い出した。


「「ニャ助~!」」

「は~い!」


慌てて後を追うニャ助の姿に、小さな猫の姿が重なった。





町を囲う塀に設けられた検問所にたどり着くと、暇そうにしていた兵士が顔を上げた。

森の中に入る者は滅多におらず、いても殆どが帰って来ない事から、こちらの検問は閑散としている。


「あ~! あんた、この前森に入っていった獣人だろう!」


兵士は余程驚いたのか、座っていた椅子から立ち上がった。


「はい」

「魔の森の深部に行きたいなんざ、余程の高ランク冒険者か死にたい馬鹿だが‥‥まぁ、途中で引き返したのは賢明な判断だと思うぜ」

「あ、いや、その‥‥」


ニャ助が言っていた通り、あの森は随分と危ないと思われてるみたいだ。そんなに強い魔物なんぞ、おらなんだが。


「ん? そっちのは‥‥エルフか?」

「僕の、とぉちゃとかぁちゃなんだ」


胸を張って私らを前に出すニャ助と、鳩が豆鉄砲食らったみたいにポカンとする兵士。


「儂らはあの森の中に住んどるんだが、ニャ助が会いに来てくれたんでなぁ」

「お世話になっとる挨拶と、他の子にも会いに来たんよ」

「へ? え?」

「通っても、ええかね?」


爺さんの言葉にハッとした兵士が、慌てて受付に案内してくれた。

こういった場所はゲームの中には無かったな。いや、あったが、素通りだったか。


「み、身分証は?」

「はいよ」


先ずは爺さんが腕輪を出した。机の上には何やら魔法陣が描かれた板が置いてあり、その上に腕輪を置くように言われる。腕輪を置くと、板が一瞬青白く光った。


「い、いやいやいや‥‥そんな馬鹿な‥‥」

「ん? もういいのか?」

「え、ええ。暫く使ってなかったし、後で‥‥」


兵士は、別の板を見ながら何やらブツブツと呟いた後、腕輪を爺さんに返した。そして、私の番。これもまた青白く光ったが、何故か兵士が「ひぃっ!」と小さな悲鳴を上げた。

震える手で私に腕輪を返す兵士。


「お前さん、大丈夫か?」

「だだだ大丈夫です!」

「ニャ助も腕輪かい?」

「うん。僕も一応、冒険者登録はしてあるから」


ニャ助が取り出したのは、浮き輪程もありそうな青い腕輪だった。


「そう言えば、子供達のレベル上げは、そんなにやってなかったですね」

「まぁ、儂らの本業は畑だったからなぁ。偶に肥料の材料や陶芸用の土を採りに行くくらいか」

「僕はゲームの頃の記憶はないけど、二百代はそんなにやってなかった‥‥ではないかなぁ」


などと話している間に、全員の受付が終わったようだ。

兵士にお礼を言って、町の中へと入っていく。


「ほぉ~! こりゃ凄い! テレビで見た、ほれ‥‥なんとかって言う、外国の港町みたいだな!」

「ええ、綺麗ですねぇ」


遠くに見える青い海に、立ち並ぶ家々の白い壁が映える。


「まるで、外国に来たみたいですねぇ」

「婆さん、国どころか世界が違うぞ」

「あらまぁ、そうでしたねぇ」


以前はパスポートさえ持っていなかったが、まさか国境を超えるより先に別世界に来る事になるとは思ってもみなかった。


「なんだか、目がチカチカしますねぇ」

「お、婆さん! 店があるぞ!」

「人も沢山ですねぇ」

「二人とも、逸れちゃうよ!」


年甲斐もなく、ワクワクしますね。いや、今は若返ったのだから、少しくらいはいいか。

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