相棒宣言

 救助隊の最終試験はひとまず終了した。

 なぜ岩石蟲の縄張りに踏み込んだのかは謎のままだが、事件は若い猟兵の失敗として当事者死亡のまま片付けられた。


 地上であればもっと詳細な調査も行われようが、所詮は迷宮の中での出来事である。救助隊も特に追及はせず、地上に戻って二日、ようやっと全ての後処理を完了させた。


 あとは合格者の発表とささやかな歓迎会を開くだけのはずだが、カウフマンは隊長室でディアンと

対峙していた。


「気は変わらねぇかよ、ディアン」


 相も変わらず人気のない隊長室に、カウフマンの難儀そうな声は思ったよりも響く。


 再生薬で傷のほとんどが治癒しているが、ディアンはまだ少しぎこちない動きだ。それでも、カウフマンの問いにはっきりと答えた。


「ああ。伝えていたままだ。あいつが合格だってんなら、俺は隊を抜けるぜ」

「勘のおかげで助かったんだろ。認めちゃやれねぇのかよ?」


 カウフマンの言葉に、ディアンは痛烈に舌打ちして視線をそらした。


 否定はない。

 助かったことは事実で、ディアン自身がウィルの勘に基づいて脱出作戦を立案したのだ。ディアンもウィルの勘が正しいということは理解している。


「あいつの勘は、確かに異能じゃねえかと思う」

「それじゃあ、認めればいいじゃねぇか」


 だが、ディアンは首を縦には振らなかった。


「悪いが、あいつとは組めない。あいつの行動は行き当たりばったりだし……何より、人を巻き込むことに躊躇がない。いつ勘が外れるかと心配しながら博打を打ち続けるような救助はごめんだぜ」


 答えは変わらない。

 カウフマンもディアンとは長い付き合いで、彼の目がすでに決意の色に染まっていることに気づかざるをえなかった。


 ぼりぼりと頭を掻き、溜息を一つ。


「そうかよ。だが、俺はあいつの合格を取り下げる気はねぇぜ」

「俺よりあいつを取るのか?」

「ああ、そうだ」


 それが答えだった。

 ディアンは十八番隊所属を表す腕章を袖から引き剥がし、机に置いて部屋を後にする。その後ろ姿には後悔も何もない。だからこそ、カウフマンも決別を選ぶことができたのだ。


「ま……新たな門出に乾杯ってとこか」


 カウフマンとて隊長であり、独自の情報網くらいは持っている。

 ディアンは当てもなく飛び出したわけではない。ここ最近、中堅どころの救助隊に勧誘されているのだ。恐らくはそこへ行き、。


 目標に向かって頑張っている男を、自身の目的のために付き合わせるわけにもいくまい。付き合わせていいのは、それでいいと納得できる人間だけだ。


 カウフマンは若人二人の顔を思い出し、前途多難さに一抹の不安を覚えて苦笑するしかなかった。


 ◇◆


 隊長室前の談話室では、結果発表をいまかいまかと待つ十八番隊の面々が揃っていた。


 隊長室にはカウフマンと、発表前に話がしたいというディアンだけがいる。何の話をするつもりなのか、少なくともウィルにとって都合のいい話ではないだろう。


 それでも、やるべきことはやった。

 あとは野と成れ山と成れだ。


 しばらくして隊長室から出て来たのはディアン一人だった。一斉に視線を向けてくる十八番隊の面々に一瞬ぎょっとした表情を見せるが、すぐに平静を取り戻して歩き出す。


 そのまま談話室には入らず廊下を歩いて行こうとしたが、ちょうどお花摘みに出ていたアリシアと行き会い、一言何かを告げていた。


 アリシアは怪訝な表情を浮かべたあと、神妙に頷く。小声なのか、声は聞こえなかった。


 戻ったアリシアに何事か問おうか迷ったが、その時間は得られなかった。


 にんまりと笑みを浮かべたカウフマンが隊長室から現れ、結果発表を行ったのだ。


「どきどきわくわく、結果発表っ! 気になる? 気になるかな?」


 なぜそんなふざけた調子なのか、ラーミアルフィとアルツトからさっさとしろと罵声が飛ぶ。しかしカウフマンはその罵声すら楽しそうに受け流し、人差し指を立てた右手を大きく上にあげた。


 そう、天井に。

 合格者がそこにいるのなら、たぶんそれで正解だが、当然そこには誰もいない。


「いまからこの右手が! 合格者を! 指し示す! 覚悟はいいな!」

「いいからさっさとしろ!」

「ではご期待に応えて! いくぞいくぞ、合格者は……こいつだぁっ!」


 振り下ろされた指が示す先は、ウィルだった。


「おお、ウィルかい。あんたやったね、おめでとう!」

「ふむ、順当であるな。やけに引っ張るからどんでん返しがあるかと思ったが、意外と普通な結果だ」


 納得の様子の二人に、ウィルも小さく拳を作り喜び――そこで、はたと動きを止めた。


 合格者が出れば、当然不合格者がいる。

 分かり切ったことだが、喜びのあまり一瞬それを忘れてしまっていた。合格するにしろ、不合格になるにしろ、アリシアとは正々堂々と戦った。だから結果も粛々と受け止めようと思っていたのだが、思ったよりも嬉しかったらしい。


「アリシア……ごめん」

「ううん。おめでとう、ウィル」


 少し寂しそうに笑うアリシアに、胸が締め付けられる。目的のためには仕方がなかったとはいえ、少なくとももう少しやりようはあったはずだ。


 きっともう彼女と会うことはない。

 後悔を払拭するならばいましかないと意を決し、アリシアに頭を下げるべく振り向いた。


 そこで。


「おおっとここで左手がまさかの大乱入っ! 一体何をするつもりか!? 華麗な旋回の果てに指し示す先は! なんと、アリシアだぁっ!」


 よくわからないテンションとよくわからない言葉が響き渡り、場が凍り付いた。


「は?」


 ラーミアルフィのひどく間の抜けた声が、皆の心を代弁していただろう。


 その後、にやにやしているカウフマンをラーミアルフィが締め、状況を詳しく聞き出した。


 本来の合格者はウィルだが、ディアンが隊を辞めたことで席が空き、繰り上げでアリシアも合格となったらしい。


 だからあんなに厭らしい笑みを浮かべていたのだ。端的に言って、いい性格をしている。


 ウィルとしてはカウフマンのおふざけのせいで感じなくてもいい罪悪感を感じ、それを払拭しようと少なくない決意をし、さらに全てが水に流され合格の喜びを再び思い出しと心の浮沈状況が凄まじい。


 情緒がおかしくなりそうである。

 そこへ肩を突つかれる感触がして、振り返るとアリシアも苦笑していた。


「なんだかよく分からないけど、一緒に頑張れるみたい。これからは競争相手じゃなくて相棒だね」

「あ、ああ。そうだな」

「不束者ですが、よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ?」


 この場合、使い方は合っているのか?

 疑問は置いておくとして、ようやっとウィルも困惑より喜びが上回ってきた。なにはともあれアリシアとともに合格できたのはうれしい。ディアンが隊を抜けたことには疑問があったが、カウフマンは一身上の都合としか説明しなかった。


 ならば、考えても仕方あるまい。

 そのまま歓迎会に突入し、用意されていたご馳走に舌鼓を打つ。質より量、野菜より肉という実に肉体労働者向けの献立だが、粗食が基本の迷宮帰りのウィルたちには何よりのご褒美だ。

   

 腹がいっぱいになったら、今度は風呂に連行された。


「十八番隊恒例の通過儀礼だ。一緒に裸で風呂に入れば絆も深まる。悪かないだろう?」

「はぁ……まぁ……」


 歯切れの悪いウィルだが、やらないと入隊できないと言われれば頷くしかない。考えてみれば、これまで風呂の時間は仮入隊の隊員と正隊員で分けられていた。もしかするとこのためだったのかもしれない。


 ただし、なぜか風呂の入り方に指導が入った。


「通過儀礼だからな、きちんと作法がある。入口から走ってきて、思い切り飛び込め。多少熱かろうがすぐ慣れる。救助隊としての粋ってやつを見せてみろ」

「……それ、絶対お湯が熱いやつじゃないですか」

「そんなこたねぇよ。俺は冗談は言うが嘘はつかねえ。安心しろ!」


 まったく安心できないが、熱いと分かっているなら覚悟もできる。言われるまま入口から走りだし、思い切り跳躍する。


 そこで異変に気付いた。

 風呂の水面から湯気が出ていない。それが意味するところを理解する前に、ウィルは風呂の冷水・・の中に思い切り飛び込んでいた。


「……ぅあぁぁっ!?」


 同じころ、ラーミアルフィとともに風呂に入ったアリシアもまた、似たような悲鳴を上げていた。


 なにはともあれ、ここに二人の救助士が誕生し、十八番隊への入隊を果たした。


 ◇◆


 その夜、アリシアは暖かな布団にくるまり、昼間の出来事を思い出していた。


 楽しい宴やびっくりする通過儀礼など、いままでの人生では体験できないような楽しい経験ばかりだ。


 だがそれと同じくらい印象的なのは、廊下ですれ違ったディアンの言葉だ。


「あいつは危険を察知する勘があるらしい。だが、実際のところはたぶん違う。何かは分からないが、危険だけじゃねぇ。巻き込まれないように気を付けろ」


 その時は意味がよくわからなかったが、いまならばわかる。ディアンは隊を辞め、アリシアとウィルの二人が合格するからこその助言だったのだ。


 しかし、やはりウィルには特別な力があったのだ。


 危険を察知する――ディアンから言わせると違うとのことだが、毒溜まりを事前に察知し、崩落も、脱出についても何かを確信している様子だった。


 アリシアもそれを信じたし、ディアンもそうだった。


 何もかも普通の自分とは比べるべくもない。

 それこそ実家で抑圧されて過ごしていた頃、アリシアが好んで読んでいた迷宮の冒険譚に出てくる英雄のようだ。


「相棒、か……」


 ウィルとの違いを誤魔化すように咄嗟に伝えた言葉だったが、果たして自分にそれだけの価値があるのか。


 技術も、身体能力も、経験も、何もかも負けている。そこへきてウィルにだけ備わる特別な力だ。笑ってしまうくらいに劣っている普通な自分に、嫌になる。


 こみ上げる劣等感に押しつぶされそうになり、アリシアは布団の中で丸まって不快な感情に耐えた。きつく閉じた瞼の隙間から、微かに涙がにじむ。



「普通じゃダメ……頑張れ、アリシア……」


 あるいは、それは呪いであったか。

 寝具の膨らみはそれ以降動くことなく、しかし規則的な寝息が聞こえ始めるにはかなりの時間を要した。

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