掟破りと守りたいもの

 リデニア洞窟は迷宮上層から中層へ向かう順路の途中にあった。


 上層でも屈指の人気採掘現場とあって、洞窟付近に用意された野営用の広場は相当の広さがある。実際、その収容人数に遜色ない猟兵たちが仮設拠点としているようだった。


 迷宮入り口の広場にいた人間の大半が目的地にしているのだから当然とはいえ、不用意に歩けば人にぶつかる程度には込み合っている。


 ウィルたちもその一角を野営地と定め、拠点を作り終えるとようやく小休止となった。


「すごい人数……百人って言わないくらいいそう」

「まあねぇ。ここから先は命の危険が増す難所続きだから、安全に金を稼ぐだけならここが一番いい場所だからねぇ」


 ラーミアルフィは仕方ないことさと両の手の平を上に向ける。


 確かに、上層で稼ぐ猟兵はここより先に行く意味があまりない。


 上層で採掘可能な晶石はどこで採掘しても品質にそれほどの差はなく、買い取り価格の上昇も微々たるものでしかない。


 だというのに、採取難度は激増するのだ。

 まず、地形の問題。これより先、迷宮下層に向かう道のほとんどは一本道だ。しかし、その道は砂に没していて見分けがつきづらく、道の両脇は地底へと流れる砂の海になっている。


 踏み外せば砂に呑まれ、どことも分からぬ暗闇の中へと流されるのだ。安全な順路が確定している上層であったとしても、一歩道を外れれば前人未到の秘境が普通に存在し得る。砂が向かう先がまさしくそれで、その先に何が待っているのかは流された者にしか分からない謎だ。


 称して、砂海さかい

 一時も気の抜けない難所である。


 さらに、その近辺に住まう晶石中も問題がある。

 空を舞う蜘蛛蜂と呼ばれる巨大な蜂だ。縄張りがどこかもわからず、砂の海のいずこかから時折現れる。


 捕えるにも空を飛ぶ石晶獣相手で、さらに足場は砂に没した一本道。そこで採掘をしようなどと考える酔狂な人間が少ないのも当然というわけだ。


 結果、リデニア洞窟は非常に込み合うという算段である。


 そういった事情をアリシアに説明していると、ディアンがやってきた。


 よほどウィルが嫌いなのか、休憩中は別行動のディアンが近づいてくるのは珍しい。何事かと思っていると、彼の後ろに二人、見知らぬ者がいた。


「おう、お前ら。今日の訓練を手伝ってくれる要救助者役だ」

「カ、カミナです。本日はよろしくお願いします」


 礼儀正しく頭を下げたのは、白い髪の少女だ。

 性格はやや気弱な印象だ。しかし、挨拶一つとっても人の好さが滲み出ていた。

 一目で猟兵と分かる装備に身を包んでいるが、ウィルの目を引いたのはその装備が丁寧に手入れされていることだ。


 ウィルは装具技師の父親の教えのせいか、道具を大切にする者には無条件に好感を抱いてしまう。自分で整備するならなお良しである。


 ちらりと視線を走らせれば、太腿の収納具に整備用の道具がわずかに顔をのぞかせていた。ぱっと見ではあるが、使い込まれている。つまり、自分で整備しているのだ。


 そうしてもう一人を見て見れば、カミナと同じ装備で、同じく丁寧に整備されている。しかし、太腿の収納具から覗く整備道具は明らかに使われていなかった。


 それがどうしても気になるのは、装具技師の息子の性質だろうか。


 挨拶をするアリシアの後に続いて頭を下げる。


「ウィルです。よろしく……ところで、お仲間の装備はあなたが整備をしているんですか?」

「あっ、はい。そうですが……わかるんですか?」

「まぁ、少し」


 不躾な質問に答えてくれる辺り、やはり性格が良い。そして同時に、なんだその質問はと不機嫌そうな顔をしている男の評価を大幅に下降修正する。


 態度の悪さは人の事が言えないが、整備を人任せにしている時点で糞だ。いや、カミナに仲間と認められているという加点で糞よりややマシだろうか。


 大変失礼なことを考えているウィルの思考が読めるわけもないだろうが、男は苦々し気に顔を歪めてウィルを睨みつけてくる。


 知り合いではない。

 どこかで何かしただろうか。


 とはいえさほど興味がない辺り、ウィルの人間関係への意識の低さの証明だろう。嫌悪感をむき出しにされたところで、実害がなければどうでもよい。


 だがその態度に腹を立てたのがアリシアだ。


「ちょっと、なんでウィルを睨むの? それに、名前も名乗らないなんて失礼だよ」

「ジ、ジーク。今日は私の依頼なんだから、失礼なことしないでね?」


 アリシアだけではなく、カミナの援護射撃もあり、男は一瞬黙り込んだ。


 力関係はカミナのほうがやや下、しかし無下にもできないというところか。


「……ジークだ。猟兵団の団長をしている。今日は付き添いで、君達の訓練には参加しない」

「付き添いって、子供じゃあるまいし」


 思わず口を突いて出た言葉は、カミナを馬鹿にしたわけではない。どちらかと言えば、これだけ丁寧な整備ができる猟兵に付き添いなど必要ないのではという疑問だ。


 しかし、ここでも人間関係に不慣れなウィルの悪癖が現れてしまった。


 結果、罵倒や皮肉の類と捉えたジークが、露骨な苛立ちをウィルに向けた。


「そうだな。子供じゃない……だから付き添いってのはただの言い訳だ。本当は見張りだよ」

「……見張り?」

「ああ。掟破りの馬鹿がいるらしいからな。うちの団員を見捨てられたら困る」

「ああ、なるほど」


 そういうことならば敵意も納得できる。

 猟兵にとって掟破りは重罪だ。何かがあった時に仲間を見捨てる人間の証明とも言える。そんな人間に好感を抱くわけもなく、仲間がそんな人間の訓練に付き合わされるとなれば敵意を持っても不思議ではない。


 実にあっさりと納得でき、それならば仕方ないと割り切ることもできた。


 ラーミアルフィも肩をすくめるだけで特にそれに異論を唱える気はないようだ。しかし、アリシアは怒りを覚えているようで、いまにも食ってかかりそうだ。


 そんな彼女の肩をぽんと叩き、軽く後ろへ。

 これはウィルの問題であって、彼女が前へ出るべきことではない。


「ジークだったか」

「ああ」

「仲間を危険から救おうとするのは当然だな。ここにいるってことはディアンの許可も取れてるんだろう」


 にやにやと笑うディアンが頷くのを確認し、ならば良しと続ける。


「好きなだけ見張ってていいぞ。ただし、訓練は絶対安全ってわけじゃない。万が一の場合は自分の身は自分で守れよ……君もだ、カミナ」

「わ、私もですか?」

「そうだよ。要救助者役で雇われたって聞いたけど、絶対安全ではないからね。万が一の場合は見捨てる。それを理解してくれ」


 猟兵に絶対の掟があるのならば、救助隊にも当然ある。


 これは訓練期間中、口酸っぱくカウフマンやディアンから告げられた言葉だ。


 “生還せよ”


 実に単純明快で分かりやすいが、この言葉は単純さとは裏腹に非常に深く、残酷な言葉でもある。


 救助隊が怪我をすれば、救助が困難になる。

 救助隊が死ねば、助ける人間がいなくなる。

 救助隊さえ生き残れば、助ける可能性はあり続ける。


 要救助者を助けるために命を賭けることは良い。しかし、死ぬことは許されない。要救助者と自分の命を天秤にかける事態に陥れば、自分の命を取る。その時点で要救助者が死んでいなければ、再び救出の機会が訪れるかもしれない。仮に死んでも、他の要救助者を助ける人員が残る。


 あまりにも酷い話ではあるが、最悪の状況下で要救助者を切り捨てることは、救助隊にとって悪ではないのだ。


 だが、それを外部の人間が知るはずもない。

 アリシアは納得しているわけではないが、理屈としては理解できている。ディアンとラーミアルフィは当然と受け止めている。だが、二人は違う。


 カミナは息を呑み、ジークは激高した。


「貴様、また見捨てるのかっ!」


 そういう話ではないが、反論は許されなかった。

 飛び掛かって来るジークを避けきれず、二人で地面に転がる。経験ならば自分のほうが上だと思っていたが、存外ジークも強い。


 気づけばウィルの上に馬乗りになったジークが、勢いよく拳を振り下ろす。


 が、その拳がウィルを捉えることはなかった。

 太く毛むくじゃらの手が横からひょいと現れ、ジークの拳を包み込んだのだ。


 手の持ち主であるアルツトは、ジークを軽々と持ち上げて脇に置き、やれやれと言う。


「吾輩の仕事を増やすのは困るな。争いたいなら戦戯盤でも貸してあげようか。頭の柔軟性を鍛えることもできて一石二鳥だよ」

「……っ、結構だ!」

「ま、待って、ジーク!」


 怒りも露わにその場を後にするジークを追いかけたカミナが、一瞬振り返り、頭を下げる。


「ごめんなさい! でも、悪い人じゃなくて……あの、本当にごめんなさい!」


 彼女が悪いわけではないのだが、やはり性格が良い。走り去っていくカミナを見送り、アルツトの手を借りて立ち上がる。


 防護服のおかげで特に怪我無かった。

 訓練に支障がでなくて一安心していると、アルツトが自分の肌着を引っ張って見せてくる。


 そこには「働き蟻より怠け猫」という文字が縫い取られていた。

 

「新調したんだ。どう思うね?」

「……素敵だと思います」

「そうかね! ふっふ、吾輩も気に言っているんだ」


 なはは、と笑いながら去って行くアルツトを見ながらため息をつく。否定できないあの空気で他にどう言えばいいのか。


「博士、あれさえなければ頼れる医術士なんだけどなぁ」

「あの美的感覚はちょっと高度すぎますよね」


 どうせなら本人の前で言ってやれ、そう思うウィルであった。

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