結実した努力

 それから一週間、ウィルとアリシアは訓練時間終了後に居残り練習を行った。


 他の猟兵に文句を言われても困るから、きちんと申請して許可は取っている。訓練時間中は空射ちで感覚を養い、訓練終了後の自主訓練でウィルが用意した晶石を使って実射訓練を行った。


 ウィルの全財産をつぎ込んだとはいえ、実際のところ用意できた晶石はそれほど多いわけではない。数えたところ、三十四粒。さらに訓練用に配布された晶石の残りを足して、四十三粒だ。


 一射ごとにウィルとともに改善点を話し合い、アリシアは確実に指摘された点を修正しながら実射を続けた。


 アリシアの気合は凄まじく、それは日を追い、成果が出始めても衰えることなく、むしろ集中力は増していく一方だ。アリシアののめりこむような努力にはウィルも舌を巻いたが、彼女からすればそれは当然のことだった。


 なにせ用意された資源は有限で、一射も無駄にできない。さらにその資源のほとんどがウィルの用意したもので、一射ごとに彼の財産を消費しているのだ。


 そんなもの、無駄にできるはずがない。

 そんな想いもあってアリシアは鬼気迫る勢いで訓練に身をいれていたのだ。


 そうなれば当然結果はついてくるもので、ウィルから見てアリシアの実力は猟兵たちと比べて遜色がないところまできていた。


「いよいよ明日だな」

「そうだね。ねぇ、勝てるかな?」


 正直に言えばわからない。

 アリシアの実力はあがったが、猟兵たちとの経験の差をようやく埋めたところだ。もう少しウィルの財源に余裕があれば、もう十射くらい練習させられれば確実、というところだ。


 嘘をつくのが苦手なウィルは、仕方なく言葉を濁した。


「アリシア次第だな」

「そっか。うん……そうだね。ウィルにこれだけしてもらったんだもん。私が頑張らなきゃだよね」


 やれることはやったのだ。

 二人は頷き合い、装具の整備を終わらせてから宿舎へと引き上げた。


 もはや夕飯の時間は終わっているが、毎日のように居残り練習をしていることを知ってから、ラーミアルフィが二人分の夕飯を取り置いてくれている。


 それを食べて湯あみをしたら、明日に備えてたっぷりと睡眠を取るだけだ。


 そうして、試射場には誰もいなくなった。

 いや、普段であればそうだったろう。


 だが、今日ばかりは違った。

 誰もいないはずの壁の後ろから、人影が現れる。

 その人物は周囲の様子をしばらく探り、誰もいないことを確信してから装具倉庫へと近づいた。


 暗闇の中に、ぽつんと小さな灯りがともる。

 黒い覆面を被った男はその灯りを頼りに倉庫内を歩き回り、しばらくの間そこに留まり続けた。


 そうして灯りが消え、試験場はようやくいつも通りの静けさを取り戻した。


 ◇◆ 


「ふざけるなよ、こんなのインチキだろうが!」


 怒声が響き渡ったのは、射出器訓練用の試験場だった。

 天井と壁があるからか、男の怒声がよく響く。


 名前は何だったか、レオなんとか、といった気がするが、興味がないウィルはまったく覚えていない。どうせいなくなる人間で、覚える必要性もないのだ。


 ウィルたちが晶石屋に行ってから一週間。今日が試験本番であり、ちょうどアリシアが第一射を終わらせたところだ。


 試験では三射中もっとも点の高い一射が成績として採用される。的は五重の同心円であり、中心に近づくほど点が高い。すでに三射を終わらせた猟兵組はさすがの装具慣れと言うべきか、もっとも遠くとも第五円、上位二名は第二円に当て、的を外している者は誰一人いない。


 だが、それでレオなんとかが声を張り上げているのは、アリシアの放った一射が第二円に突き刺さっていたからだ。


「この前までまともに発射すらできてなかっただろうが! それが、なんだあれはよ!? インチキだろうが!!」


 レオなんとかは第二円に当てている二人のうちの一人だ。アリシアが第二円に当てたとなれば、必然的に最高点が三人となる。ましてアリシアはあと二射残っていて、これ以上の成績もあり得る。


 だからこその文句なのだろうが、ウィルにはまったく意味がわからない。どうやればインチキができるのか、むしろ教えて欲しいくらいだ。


「なぁ、あんた。ええと、レオなんとか」

「オレビスだ! 名前も覚えられねえのか!」


 レオなんとかではなかったらしい。

 ウィルは肩をすくめ、とりあえず今しがた覚えたばかりの名前で呼びかけた。すぐに忘れる自信があるが、短時間ならば恐らく大丈夫だ。


「じゃあ、オレビス。なんでインチキなんだ。そこまで言うんだ。アリシアのどこにインチキがあったのか、はっきり言えるんだろうな?」

「確かに。ただの言いがかりならば許せることじゃねぇな」


 珍しくディアンも同意し、オレビスを睨む。

 厳正な試験中の騒ぎであるだけに、彼も腹に据えかねたのだろう。


 ウィルだけではなくディアンからも詰められたオレビスは、言葉に詰まりながらもアリシアを指さした。


「お、俺は見たんだ。訓練が終わったあとに何度も実射してやがった。空射ちじゃねえぞ、実射だ! 勝手に試射場を使うだけじゃなく、晶石をちょろまかしてやがんだよ!」

「……なるほどな。勝手に試射場を使い、晶石をちょろまかしたと。救助隊の倉庫から、ってことか?」

「た、たぶんそうだ!」


 恐らくに、たぶん。なんとも馬鹿馬鹿しい指摘である。

 ディアンもため息を吐き、ぎろりとオレグスを睨みつけた。


「試射場の使用許可は取ってるんだよ。姉御……ラーミアルフィが書類を受理してる。まったく問題ねぇ。お前らも申請すれば自由に使っていいもんだ。それに、だ。晶石をちょろまかす? 救助隊がそんな杜撰な管理をしてるわけねぇだろうが! 特に晶石なんて高ぇ代物、毎日個数管理まできっちりやってんだよ!」

「じゃ、じゃあどこから用意したんだよ! どこからか盗んできたのか!?」

「知るか! どうなんだ、アリシア」


 水を向けられたアリシアは、憤慨した様子でオレグスを睨みつける。盗人呼ばわりされたのがよほど腹立たしかったのだろう。


「全部、自前です! といっても私のじゃなくて、ウィルが買ってくれたんですけどね!!」


 視線が集まったので、頷いておく。

 とはいえ今度はウィルが盗人呼ばわりされるのも困るので、購入した店舗を教えておいた。確認したければ後ほどご自由に、ということだ。


 ディアンはふん、と鼻息を荒く吐き出した。


「別に規則違反じゃねぇな」

「ま、まだだ! あいつは装具を分解して何か仕掛けをしてやがった。きっと不正な改造か何かしてんだよ!」


 なんとも往生際が悪いオレグスだが、ディアンも指摘があった以上は確認せざるを得ない。


「違います! ウィルに教えてもらって、整備してただけです!」

「……ま、調べてみりゃわかる」


 無造作にアリシアの装具を掴み、手早くばらしていく。

 慣れた手つきだが、ウィルの分解整備を見ているアリシアには微妙に雑に見える。思わず「あー」だの「うー」だのとなんとも言えない声を発していた。ウィルも似たような心境なので、気持ちはわかる。


 オレグスはそれを不正が見つかることへの恐れと見たようで、それまでの慌てぶりが嘘のようににやにやと厭らしい笑みを浮かべていたが、それは完全な勘違いだ。


 分解を終えたディアンは一つ一つ部品を確認し、ふむ、と頷いた。


「丁寧に清掃されてるな。手入れを教えてもらったってのも嘘じゃないんだろうが、お前が教えたって?」

「ええ。父親が装具技師なので」

「はぁん……大したもんだな。お前はいけすかねえが、これは認めるぜ。で、不正ってのはどれだよ」


 二人の会話についていけていなかったオレグスはきょとん、とした表情だ。


「どこって、そこにあるんじゃねえのか?」

「いや、ないな。きちんと整備されてる、それだけだ。となれば、証拠もなしにお前が騒ぎ立ててるだけってことになるわけだが。どう落とし前をつけるつもりだ?」


 オレグスはひぃ、と縮み上がった。

 それほどにディアンからは怒りの気配が発せられていたのだ。


「……まあいい、別にお前を罰したりはしねぇよ」

「ほ、本当に……?」


 にやり、とディアンは笑う。

 

「ああ。特に罰しなくても、お前は不合格だからな。ほら、見えるか。第二円には三本の鉄針が刺さってるが、アリシアの鉄針が一番内側だ。そんで、オレグス。お前のは一番外側……つまり、現時点での仮入隊候補はお前以外の二人ってことになる。もちろん、それより外側のお前らも不合格だな」


 猟兵組の面々を見回し、ディアンはさも面白そうに言う。それもそのはずで、ウィルのことが最も嫌いだっただけで、彼らのことを好きだったわけではない。


 訓練に対する向き合い方も、関係ないアリシアにまで悪感情をぶつける性根も、ディアンは気に食わなかったのだ。自意識過剰にアリシアを見下し、勝利を確信していた馬鹿どもが揃いもそろって負けたのを見れば、なんとも痛快ですらある。


 アリシアは現時点で仮入隊確定だ。

 いい根性、いい性根だ。ウィルと同様、ディアンもまたアリシアを認めていた。


 だが、唯一ディアンが気に食わないのは、この後にまだウィルの実射があるということだろう。理想的なのは、ウィルだけ不合格になることだが、果たしてどうなるのか。


「アリシアはもう合格だ。組み立てる時間ももったいないから、実射は省略でいいだろう。そら、次はお前の番だぞ、糞ガキ」


 精々恥を掻いて失敗しろ。

 ウィルはディアンの挑発に頷いて返し、そっと自分の装具を手に取った。

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