自主訓練

 俺の毎日の流れはおおむね同じだ。

 丸一日救助隊として詰所に詰め、要請があれば救助に迷宮へ行く。何もなければ勤務終了、二日休む。


 同じ任地に最低でも三部隊が配属され、交代で救助要請にあたるため、一日働き二日休む交代制だ。


 これが一度行ったらなかなか戻って来れない上層奥地以降になればまた違う。救助隊の任地として最も深い下層では二ヶ月潜り、二ヶ月休むという長い期間での交代制になる。


 いまの俺たちには縁がない話だが、それでも同じ点もあった。


 休みが休みとは限らないということだ。


 完全な休みもあるが、大半は休みという名の訓練日で、朝から夜まで徹底的に体を動かし、技術を学ぶ。


 練習でできないことは実戦でもできない。

 考えずとも体が動く、その域に達して初めて身になったと言える。


 これは救助隊に限らずともそうだとは思うが、救助隊では俺達の一挙手一投足が要救助者の生死に直結する。失敗して自分だけが死ぬなら自業自得で済むが、要救助者を巻き込んでとなれば冗談ではすまない。


 カウフマン隊で言えば、二日の休みのうち一日は完全休業だが、残り一日は訓練日に当てられている。


 まあ、今日は訓練日ではなく休業日なんけど。

 それでも訓練するんだけど。


 自主練といえば意識が高く思えるが、単に部隊の足手まといは人よりも努力しなければならないというだけのことだったりする。


 ラーミアルフィからはそんなに悪くないと言われるが、やっぱりそんなに、、、、なんだな。


 少しはマシになってきた気がする?

 おごることなかれ、気を引き締めるべきだ。


 まずは軽く隊舎の周りを走る。

 四つの救助部隊が同居する隊舎は、敷地内にいくつもの訓練施設があり、広さも相応にある。ゆっくり走って体が目覚めてくる頃に一周が終わる。


 次は速度を上げてもう一周。

 軽く汗ばんできて、次の一周は本格的に走ろうかと思っていたが、思わぬ人物に出くわして足を止めた。


「なに驚いた顔してるの?」


 隊舎入り口で腕組みして待っていたのは、アリシアだ。


「そりゃ驚くよ。まだみんな寝てる時間だしね」


「そうだね、私達以外はね?」


 悪戯っぽい顔でそう言ったアリシアは、ふふっと笑うと走り出した。


「なにしてるの。置いて行っちゃうよ!」


 速度を上げて距離を広げていく後ろ姿に、慌てて俺も走り出す。

 気配を感じたのか速度を緩めてくれたおかげで、すんなりと追いつくことができた。横に並ぶと、アリシアはなぜだか楽しそうに弾んだステップを踏んだ。


「自主練のこと、昨日ラーミアルフィさんから聞いたんだよね。だからこっそり参加して驚かせてやろうと思って……作戦成功だね!」


「ああ、成功だな」


 悔しいが、確かに驚いた。

 だが自主練に参加するというのはちょっと看過できない。普段の訓練日は彼女に合わせて訓練の強度を落としているが、自主練まで強度を落としたくない。


 どうしたものかと思案しているのがばれたのか、アリシアは再びくすりと笑った。


「遠慮せずにいつも通りの訓練でいいよ。教えてもらわないとわからないところはあるかもしれないけど、頑張って着いていくよ」


「……わかった。なら、無理だと思ったら適度に休憩してくれよ?」


「うん、もちろん!」


 明るく頷くアリシアと訓練をすることになったが、本当に俺は訓練強度を落とさないまま進行した。


 準備運動の外周二周、全力疾走とジョグを繰り返しながらさらに二周、呼吸を整えることなくそのまま筋力トレーニングだ。腕立て、懸垂、重量上げと各種筋肉に負荷をかけ、再び外周を走る。


 筋肉疲労で多少ふらつくが、そんなことは関係ないと緩急をつけながら走り込む。一周、二周、そしてまた筋力トレーニングと繰り返していく。


「ちょ、ちょっと想像よりハードだね?」


「そうだね。休む?」


「休み……ません!」


 ぷるぷるしながら砂が詰められた麻袋を思い切り持ち上げながら、アリシアは休憩の誘惑を断固として拒否した。


 正直トレーニングとしてはオーバーワーク気味だ。疲労した体でも動けるようにするという訓練の性質上仕方ないのだが、女の子がいきなりやれるかと言われると難しい。


 俺だって最初ディアンに扱かれた時は潰れるかと思ったのだ。

 しかしアリシアは途中で休憩するか、もしかしたら切り上げていなくなるだろうなという俺の予測をいい意味で裏切っていた。


 なんというか、根性があるというのか。

 少し違う気がしなくもないが、諦めることを拒絶する、そんな意志を感じる。


 どんな意図があるのかはわからないが、努力できるということは伸びるということだ。


 やはり、案外と救助隊に向いているのかもしれないな。

 カウフマンの人を見る目が正しいと証明するようで非常にしゃくだが。


 基礎体力向上のための訓練が終わったら、次は技術訓練だ。

 本当はもう少し走り込むつもりだったのだが、技術訓練はできれば一人でやりたい。だから朝飯前にやり方だけ教えて一人でやってもらおう。


 そもそも、入隊二日目でいきなり高度なことはできないしな。


「それじゃあ、射出器の使用訓練と、ロープ登攀訓練のやり方を教えるよ」


「わかりました、教官どの!」


「よーく見て理解しろよ! 一回しかやらないからな、二等兵!」


「了解でありますっ!」


 ふざけて軍人の真似をするアリシアに乗ってみたが、以外と悪くない。

 調子に乗って、上官の演技をしたまま訓練施設場に入った。


 訓練場はかなり広いが、空間はかなり贅沢に使われていて、遮るようなものがほとんどない。


 天井と四方の壁はすべて岩で覆われていて、逆に地面は柔らかな素材でできていて、足が沈み込んで歩くのにも苦労する。あと目立つものといえば、等間隔でロープが垂れ下がっているくらいか。


「さて、ここからは真面目にやらないと危ないから普通に話すね。救助士にとって一番重要な技術が射出器の操作と、ロープワークなんだ。まずは射出器だけど、救助隊の中で救助士だけが扱う装具で……うん、一回やって見せようか」


「うん! ラーミアルフィさんから聞いてたけど、初めて見るよ」


 昨日の夜、寝る前にラーミアルフィから救助隊についての話を色々聞いたのだという。危険についてもだが、面白い体験談もたくさん聞けたのだと笑顔を見せた。


 興味津々を体全体で表現する素直さはなんとも微笑ましい。

 これなら教える側としても身が入るというものだ。


 俺は射出器を装着した腕をアリシアがよく見えるように持ち上げてみせた。


 射出器は手首より先のない小手のような形で、前腕部に装着されている。ちょうど気を付けの姿勢の時外側に来るように細長い円筒形の筒がついてい、そこに射出用の鉄針をセットするのだ。


「この取っ手を肘側に寄せれば安全装置が解除されて、あとは手の甲を内側に曲げると内部の機構が筋肉の動きに合わせて発射してくれる。注意すべきは三つ、発射口を覗き込まない、人に向けない、安全装置は発射の瞬間まで解除しないこと」


「安全装置ってなに?」


 疑問に合わせ、肘の少し前あたりにある突起を軽く上下に動かして見せる。


「これが安全装置。暴発を防ぐために、安全装置がかかってると鉄針は発射されないんだ。でも、何をおいても安全第一。だから、安全装置がかかっていたとしても発射口を覗き込んだり、人に向けるのも禁止だよ」


 アリシアは不思議そうに首を傾げる。


「発射されないのに?」


「普通はそうだね。でも人は失敗する生き物だろ。完璧な人間なんていないから、安全装置をかけ忘れている可能性がある。そうでなくとも、安全装置が壊れていたとしたら? 冗談半分で人に向けて、安全装置が作動しないとしたら……」


「怖いね。怖すぎる……うん、安全装置をかけていない時は人に向けない、覗き込まない、だね」


 素直な生徒で何よりだ。

 実際、十年くらい前に不発だった射出器を整備しようとしていた装具士が、誤って発射口を自分に向け、安全装置のかけ忘れにより発射された鉄針で太ももを貫通されるという事件も起きたらしい。


 絶対はない。

 扱いを間違えると危険が伴う装具は、まず安全を最優先に意識に叩き込むのが鉄則だ。


「じゃあ、安全に留意しつつ実際に発射してみるよ」


 鉄針と射出器の指定の位置に開けられた穴に、それぞれ小粒の迷宮石をはめ込む。


 射出器も鉄針も装具だ。

 射出器は鉄針を発射する推進力の発生源として、鉄針は先端に衝撃を感知すると同時に一定の振動波を発生させるための動力として迷宮石を必要とする。


 小粒とはいえかなりの値段で、これ一つで数日は昼めしのランクをあげることができるだろう。


 人命救助、そして国際機関である救助隊だからこそできる大盤振る舞いだ。とはいえ湯水のように使うことは厳に戒められている。現場で拾った迷宮石を使う分には構わないが、隊舎から備品として持ち出せるのは一回の救助で十個までと決まっている。


 鉄針と射出器に一つづつ使うから、計五回の発射で打ち止めという計算だ。


 太ももに鉄針が五本差し込まれたベルトを巻きつけ、一本を取り出すと射出器の発射口から押し込む。手ごたえを感じたところでもう一押しすれば、かちっと金属質な音がして、逆さにしても鉄針が落ちてこなくなった。


 最後にハーネスの金具に通したロープの先端を発射口の金具にセットする。

 これで準備完了だ。


 わくわくしている様子のアリシアに目配せし、発射口を天井に向けると、手の甲を内側に曲げた。


 ばしゅんっ、と軽い音がして、発射口から白煙が上がる。

 同時に射出器の内部で発生した小爆発が鉄針を押し出し、発射口から飛び出した。


 鉄針と同時にロープもひゅるひゅると伸びていく。

 鉄針の後端には衝撃で開く金具があるが、発射の小爆発で開いたそれが発射口を通る際にセットされたロープを引っ掛ける仕組みだ。


 ロープを引っ張る重みで金具の口は閉じ、鉄針はロープと一緒に天井の壁に突き立つ。


「わぁ、刺さった!」


「なぜかはわからないけど、迷宮の岸壁は一定の振動で砂のように一時的に脆くなる性質があるんだ。鉄針は先端に衝撃があると同時にその振動波を出すから、迷宮の壁であればしっかりと刺さる。ある程度進んだら先端が傘みたいに開いて、返しになるんだ。だから、こんなこともできる」


 言いながら、俺はひょいひょいとロープを登り、あっという間に天井までたどり着いた。


 アリシアは驚きの声を上げるが、本番はここからだ。


「じゃあ次はロープワークだ。射出器が救助士にとってもっとも重要な装備だって理由を見せてあげるよ!」


 ハーネスの降下機を放せばロープをがっちりとホールドする。

 多少のことであれば両手両足を放してもロープから離れる心配はない。


 アリシアは……よし、しっかり見てるな。

 足にロープを巻き付けて体勢を整えると、新たに鉄針と別のロープを取り出し射出器にセットした。


 では、ショータイムだ!


「行くぞ!」


 俺は叫ぶなり、壁の上部に鉄針を発射。

 ささると同時に降下機を握り込んで制止から解放へ。


 当然自由落下するが、同時に壁に発射した鉄針のロープを別の降下機にセットし、制止する。


 支点が天井から壁へと移り、俺は振り子の要領で壁へと突進した。

 アリシアが息を呑んだのが視界の端で見えたが、大丈夫だ。解放していた天井のロープを半制止に握り込んでブレーキをかけて体勢を整えれば、勢いを殺して壁に軟着陸できるのだ。


 到着と同時にすでにセットしていた新しい鉄針とロープを、今度は反対の壁に向かって射出する。平衡ではなく、若干下へ。


 そして目の前の壁にも一本射出。

 その場でロープを結んで固定しすれば即席のスライダーの完成である。

 金具を引っ掛け滑り降りる。


 アリシアからしてみれば俺が自由自在に空を飛び回っているように見えただろう。


 空を駆けて要救助者の元へ向かう。

 鉄針五本分の機動力こそが救助士の最大の武器だ。


 残っていた鉄針の分も空を駆けまわり、最後にアリシアの前に降り立った。

 あえて降下機を全開放して速度を上げ、地面に振れる寸前に完全停止へ。目の前でびたりと止まって見せると、一瞬言葉を失った彼女はすぐにわあっと歓声を上げた。


 ちょっと楽しい。


「いきなりこれをやれっていうのは無理だから、今日は射出器の発射訓練にしよう。昼までは俺が監督して安全対策をしっかり学んでもらって、午後からは一人でやろうか」


「うん。午後からはシオンはいないの?」


 寂しいのか?

 そんなわけないか。


「ここにはいるよ。ロープワークの自主練をしたいから、同じ訓練ってわけじゃないけど」


「そっか。じゃあわからないことがあったら教えてもらえるね!」


「ああ、任せてよ」


 いきなりアリシアが入隊するとなった時はどうしたものかと思ったが、やはり本当に彼女は救助隊に向いているのかもしれない。


 俺はアリシアが装具とハーネスを装着するのを手伝いながら、予想外に彼女に教えるという行為が楽しいと考え始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る