救助隊の心構え 1

 カウフマンに言いたいことは多々あるが、とりあえずアリシアの入隊は確定だ。


 迷宮に慣れているが不器用で不安が残るラーミアルフィと、未経験の真っ白ピュアホワイトな新人とどっちがいいかという話で、どちらかしか選べないならまだ将来性がありそうなアリシアに軍配があがる。


 というか、この間落下させられたばかりの身としては、ラーミアルフィを推すのは無理だ。あの時は本気で死を身近に感じた。 


 それに、そもそも俺に選択権があるわけもない。

 ということでさっさとラーミアルフィを探した。


 宿舎は男と女で別れていて、女子宿舎は男子禁制だ。

 部屋の用意にはラーミアルフィに任せるしかない。探すまでもなく、ラーミアルフィは予想通りの場所にいた。


 談話室のソファである。

 宿舎の部屋には最低限の家具しかなく、それほど広いわけでもない。場所を取るソファを置くと部屋が狭くなるという理由で、ラーミアルフィは談話室のソファでくつろぐのを好む。


 もはや占領という言葉がぴったりだが、談話室は隊ごとに専用の部屋があるし、俺達が据わる一人掛けのソファもある。


 困ることといえば、寝そべった彼女の胸板の上で柔らかい山岳が形を崩すことなく、身じろぎの度に揺れ……いや、よそう。特に困ることはない。


「どこを見てるんですか?」


「いえ、どこも見ていないです」


 アリシアの鋭い言葉に慌てて視線を逸らしたが、なぜか彼女の目は冷たく温度を下げていくようだ。


 本当に何も見てないよ?

 本当だよ?


「ラーミアルフィさん、新人加入です」


「新人? ……ずいぶん細いね」


 むくりと起き上がったラーミアルフィの腕は服の上からでもわかるほど太い。俺も鍛えているほうだが、一回りか、下手をしたら二回りは太いのではないだろうか。


「ラーミアルフィさんと比べたら大抵の子は細いですよ」


「それにしたってって話さ。そんな簡単に欠員が埋まるわけがないんだ。どうせ親父の独断だろう?」


「ええもちろん。独断です」


 大切なことなのでしっかりと力を込めてを頷く。

 ラーミアルフィがなぜか苦笑しているが、本当のことなのだから仕方がない。


 二人の挨拶が終わり、さっそく宿舎の用意を頼む。


「アリシアさん、部屋の用意が終わったら隊舎前で合流しましょう」


「どこかに行くんですか?」


 そういえばちゃんと説明してなかった。


「救助隊の装備は隊所有のものがほとんどですが、体格に合わせて自前で用意しないといけない物もあるんです。オーダーメイドだから完成まで時間がかかりますし、今日のうちに発注だけしに行きましょう。ついでに、自分の荷物も取りに行かないといけないでしょう?」


「あ、そういう……わかりました!」


 元気な返事でよろしい。

 迷宮には不要な荷物は持ち込まない。借りた宿や倉庫に自分の荷物を置いておくのは基本だが、自室ができるなら宿は解約して荷物を持ってきたほうがいい。


 手を振って宿舎に向かう二人を見送り、さて、と一息つく。

 少し時間ができたが、この間にアリシア用の支給品の発注と、点検した装具の補修状況など、書類仕事をしてしまおう。


 救助隊といえば救助が主な仕事、と思いきや、そのほとんどは訓練と大量の事務作業だ。


 地味で目立たない仕事こそ本質ということはよくあることだろう。

 猟兵とて迷宮の中で未知を探索したり魔物から迷宮石を採取したりという仕事が取りざたされがちだが、その大半は既知の領域を黙々と踏破する時間なのだ。


 すでに踏破済みとはいえ比較的安全というだけで、危険がないわけではない。


 気を張って周囲を警戒しながらの移動時間は、まさしく誰しもが思い描く表の部分ではない、地味な仕事だ。


 しかし俺はそんな地味な仕事がそんなに嫌いじゃなかった。

 迷宮での移動時間は姉に近づくような気がして苦痛にも感じなかったし、見慣れた迷宮の風景でも刻一刻と変わる雄大な景色というのは飽きを感じなかったものだ。


 書類仕事にしてもそれが人を助ける力になると思えば、面倒くささはあれ嫌というほどではない。


 自室に戻ってさくさくと書類仕事をしていると、ふいに扉が叩かれた。

 思わず顔を上げて外を見ると、太陽の位置が少し変わっている。


 思ったより時間が経っている。

 熱中しすぎたらしい。


 再度の控えめなノックに慌てて扉を開けると、顔を赤くしたアリシアが立っていた。


「あ、あの……ラーミアルフィさんが呼んで来いって……」


 視線を彷徨わせている彼女を不審に思い、しかしすぐに合点が言った。

 男所帯の男性用宿舎は男の園だ。女性用宿舎と違って異性禁制というわけではないが、独身者のやっかみもあって女を連れ込むような隊員もいない。当然女性の目を気にする気遣いなどあるはずもなく、廊下には洗濯物の類が吊り下げられていた。


 中には下着類もあるわけで、アリシアはそれから必死に目を逸らそうとしているのだ。


 結果としてアリシアの目は逃げ場を求めて彷徨い、俺の部屋の中に向いた。


「あれは……?」


 目に入った装具の山に、思わずといった様子で驚きの声が漏れる。


 まあ、気持ちはわかる。

 単身者向けの狭い自室の床は文字通り足の踏み場もないほどの装具が並べられていたのだ。床だけではない。壁にも装具が釣り下がっているし、それ以外にも迷宮に関する資料が壁一面に張り付けられている。


 装具は救助隊支給のものではなく、給料でこつこつと集めている自前のものだ。


 壁一面の資料は下層までの地図と注意点など、これまで調べた内容を元にまとめた資料達だ。


 ああ、しまったな。

 いつか姉が死んだ下層まで行こうと思って集めた情報と装具だが、傍目に見れば異質極まりない。有体に言えば不気味だろう。


「すぐに行きます。玄関で待っててください」


 俺はそれだけ言うと、半ば強引に扉を閉めた。

 我ながらつっけんどんで、怖い顔をしていたと思う。


 見えなくなる寸前のアリシアの表情が陰っていたが、言い訳をする気にはなれなかったのだ。


 救助隊に入る人間なんて誰しも事情があるものだ。

 お互いに踏み込まず、適度な距離を取るほうが過ごしやすい。


 不気味なものを見せてしまったのは申し訳ないが、姉のことや、将来的に俺が下層へ旅立つ準備をしていることを離すには、俺とアリシアの関係はあまりにも浅かった。



 ◇◆



 玄関へ向かってとぼとぼと歩いていた私に、ラーミアルフィが声をかけた。

 

「アリシア、どうしたんだい。シオンを呼んでくるように言ったはずだけど、一緒じゃないのかい?」


「あ、ええと……部屋を見たら先に玄関に行くようにと言われまして」


「部屋を見たら?」


 ああ、と頷いたラーミアルフィはそれだけで全てを察したようだ。

 困ったもんだねと呟く彼女に誘われ、玄関脇に設置された長椅子に腰掛けた。


 ラーミアルフィは椅子に座った後も姿勢を崩してのんびりとしていて、特に何かを話そうとはしない。気になって視線を向けると、目があった。


 優しく、快活に笑いながら、それでも何も言わない。

 私が話すのを待っていてくれているようだ。


「……とても怖い顔を、してました」


 誰が、なんてわかり切ったことは言わない。

 ラーミアルフィは「だろうね」と頷いた。


「部屋を見たんだからわかるだろうけど、ちょっと異常だっただろう?」


「はい。鬼気迫るというか……あんな狭い部屋に大量の荷物があって、それに、壁に貼られた紙の量。書き込みも凄くて、なんと言えばいいのか、執念のようなものを感じました」


 一枚一枚張られたメモ紙は、その量もさることながらびっしりと書き込まれていた文字も凄まじかった。


 どれだけの熱意を持ってそこに情報を書き込んだのか、その場を見ていなくても想像できてしまう。


 そんなものが十枚や二十枚と言わず、壁一面に貼り付けられている様は言葉にできない圧迫感があった。


 あの瞬間、大人しく優しそうに見えたシオンが、想像もできない闇を抱えていると悟ったのだ。


 シオンが扉を閉めてくれてよかった。

 あのままだと余計なことを聞いてしまう。そうでなくとも、下手に誤魔化しておかしな空気になる未来しか見えない。


 どちらにしてもまだ浅い関係性で無遠慮に荒らしていい領域ではないはずだ。


 とはいえ、気にならないといえば嘘になる。


「ま、詳しいことはあの子から直接聞くべきだとは思うけどね。自分で話すまでには時間もかかるだろうし、触りだけは教えておくよ」


 教えてくれるらしい。

 私の考えがすけて見えたのかしら‥‥‥でも教えてくれるというのなら断る理由はない。


「あの子には迷宮で死んだ姉がいるのさ。それでわかるだろ?」


 わかる。

 わかってしまう。


 迷宮で死に、帰ってこない家族を求めて苦しむのはいつだって残された者だ。


 多くの物語でも、愛に、寂しさに、狂おしいまでの絶望に痛めつけられる家族の描写があった。


 だがそうとなれば一つだけ気になることがあった。


「命の期限は、まだ‥‥‥?」


「過ぎてるよ。とっくにさ」


 ああ、なるほど。

 ならば暴発する危険性はないらしい。


 大量の装具と迷宮の情報が集められている壁から連想できた、全てを捨てて迷宮に潜るシオンの図は少なくともあり得ない。


 ならばあれは完全に諦めきれない心の現れなのだろうか。


 はっきりとはわからない。

 きっとたぶんどれだけ考えてもわからないだろう。


 同じ体験をした者にしかわからない苦しみがある。


 それこそ、私だって道具としてか見てもらえず、自由がなかった実家での生活をしたり顔で辛かったねんて言われたくない。


 教えてくれたラーマアルフィに礼を言って、私は今後どうシオンと付き合うべきか考えながら玄関へ向かった。


 聞くべきじゃなかったし、踏み込むべきでなかったと後悔している。


 しかし聞いてしまった以上、引け目を感じてしまうのは変わらない。


 拭えないもやもやに、私は無意識に足を早めていた。

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