悪党にざまぁすれば、聖女は幸せになる! これが異世界の恋愛です。私が決めました。

甘い秋空

一話完結 王太子殿下が、密会の場として、寝室を貸したそうです



「ギンチヨお嬢様、第一王子様が暴れて、手が付けられません」


 私の侍女が、報告に駆け込んできました。


 私は、嫌々ながら、第一王子の婚約者をしている、銀髪のギンチヨです。



 急いで現場に向かいます。

「なんで、王太子殿下の寝室なの?」


「王太子殿下が、密会の場として、寝室を貸したそうです」


 侍女が答えました。


 婚約者がいるのに密会する第一王子もクソですが、それを助ける父親である王太子も、クソだ!



 部屋の扉の前では、公爵と護衛兵が、困ったという顔で私を待っていました。


「ギンチヨ、第一王子の廃嫡が認められた。もう我慢する必要はない」


 公爵が、決意の目をしています。


 私は、護衛兵を見ます。彼は知った顔です。


「公爵様、私は、この護衛兵に、第一王子の首を切り落とす役目をさせると、約束しています。よろしいですか」


「ん?」


「先日、第一王子から流産させられた令嬢は、この護衛兵の婚約者です」


「わかった」


「第一王子は、筋肉増強剤の副作用だ。もはや人間ではない、油断するなよ」


 公爵は、私たち二人に作戦を説明します。



「増強剤を使った筋肉の速度程度なら、私が懐に入って、吹き飛ばすことが出来ます」


 私は、手袋を外し、呪われた手のひらの肉球を確かめます。


「よし、護衛兵には、俺の剣を貸そう」


「一気に、ケリをつけるぞ!」


 扉を開けて、一斉に飛び込みます。


 暴れていた第一王子が、こちらを向きます。遅い! 私はすでに懐に入っています。


「ドス、こい!」


 友好国の公爵夫人から教わった“突っ張り”が、第一王子を吹き飛ばしました。


 柱にぶつかり、王宮が揺れます。


「いまだ!」

 公爵が、護衛兵に指示します。


「見事だ……」



 終わったようです。でも、私は、壊れたベッドを見ています。


 ベッドは、つぶれた伯爵家令嬢と思われる何かで、赤く染まっていました。


「ありがとう」

 ふいに、女性の声がしました。


 友好国の公爵夫人に似た優しい声です。


「どうした、ギンチヨ?」


 剣の血ノリを拭き取りながら、公爵が私を気にかけてくれました。




「ギンチヨお嬢様、王太子殿下が、刺されました」

 私の侍女が、報告に駆け込んできました。


「なんて日だ」

 公爵が吐き捨てます。


「犯人は、第二王子様です!」

 侍女の声に、目の前が真っ暗になりました。


「いくぞ! ギンチヨ」

 公爵の声で、目が覚めました。


「はい、場所は」

「礼拝堂です」


 侍女の説明では、礼拝堂で、王太子から第二王子へ“聖母の短剣”を与えていた最中に、第二王子が、王太子を、その短剣で刺したとのことです。


「ギンチヨ、その侍女は、何者だ? どこの出身だ」

「私の専属侍女です。出身は乙女の秘密だそうです」


「侯爵め、とんでもない宝物を拾ったようだな」

「父も、同じことを言っていました」




 王宮の礼拝堂です。扉を開けると、正面の奥、祭壇に、ハリツケされた第二王子が見えます。


 手前の聖書台に王太子が立ち、そして、長椅子が片付けられた中央には、隣国の王女が仁王立ちです。



「遅かったな、ギンチヨ」


「第二王子は、国家反逆罪で、ちょうど、これから処刑するところだ」


「だが、この令嬢が邪魔をしていて、困っている」



「刺されたなんてウソだろ」

 公爵が、王太子に語りかけました。


「その“聖母の短剣”は、飾りは豪華だが、人を刺すと、刃先が柄の中に引っ込む、オモチャだからな」


 公爵は、扉から前に進みながら、言い放ちます。


「そうか、お前も知っていたのか」


 この発言は、王太子が、第二王子を罠にはめたことを認めた、言質になります。


「呪いを受ける前は、俺も王族だったからな」


 公爵の言葉を受けて、王太子が短剣の刃先を押すと、刃先が引っ込みました。


 公爵が、隣国の王女をかばうように、前に立ちました。


 私は、隣国の王女から離れ、いつでも飛び出せる位置に立っています。


「動くな」


 王太子の声とともに、私を中心に、三人を拘束する大きさで、足元に魔法陣が広がりました。


 体が重くなり、立っているのがやっとです。


「何も準備しないで、ここにお前らを呼び寄せたと思うか?」


 王太子が大声で笑いました。



「護衛兵、扉の外へ後退し待機だ! 魔法陣には触れるな」


 公爵がゲキを飛ばします。


「用があるのは、ギンチヨ、お前だけだ」


 王太子が、ゆがんだ笑い顔で、ゆっくりと私に歩み寄ってきます。


 動けません。体重が5倍になった感じで、動いたら、倒れてつぶれそうです。


 え、5倍?


 呪いで、幼い頃から体重が5倍になっている隣国の王女が、そっと動いて、祭壇に駆け寄っています。


 王太子は、まったく気が付いていません。


「ギンチヨ、お前の持つ聖なる力を、この“聖母の短剣”に差し出せば、クロガネを助けてやる」


「そうやって、これまで、お妃様たちの命を、吸い取ってきたのですか」


 時間稼ぎのため、質問を投げます。


「この“聖母の短剣”を持つ私が、国王になるための犠牲だ。あいつらも喜んでいるだろ」


 まさか、まさかの答えです。私の手のひらの肉球で、チリチリと、青白い怒りの火花が走ります。


 公爵が、体を震わせ、筋肉が膨れ上がり、振り返りました。顔が、怒りと悔しさであふれています。



「クソが! 私を、その短剣で刺しなさい」

 私は、王太子を挑発します。


「これで刺しても、痛くはないだろ。ほら」


 王太子が、“聖母の短剣”で自分の腹を刺しました。


「ぐッ」


 短剣が光り、王太子の腹が、赤黒く染まっていきます。


「なぜだ?」

 床の魔法陣が消えました。



「ドス、こい!」


 動きが戻った私の“突っ張り”が、王太子を吹き飛ばしました。


 王太子は、第二王子が助け出された後の祭壇にぶつかり、ハリツケ状態になっています。


 公爵が走り寄り、一閃、王太子の首が床に落ちました。


 公爵はすぐに、隣国の王女に駆け寄ります。王女は、体が光っています。


 私は、床に寝かされた第二王子に駆け寄ります。私の体は光っています。



「……だな?」

「愛してます……」

 公爵が、光る王女を、強く抱きしめているようです。



 でも、こちらは、それを見ている時間はありません。


 アザだらけで、息が弱くなっているクロガネ君に、愛を込めて、祈りを捧げます。


「クロ君、あの約束、私、ずっと待っているから」



 治癒の金色ではなく、さらに光の強い、ダイヤモンドのような輝きが、第二王子と私を包み、聖なる魔法が発現しました。


 私は、輝く光の中で、彼の唇に顔を近づけます。



 彼は、ゆっくりと目を開きました。


「ありがとう、母上」

 そう言って、また眠ります。


 彼の呼吸は、正常です。でも、私は呼吸をするのを忘れてしまっています。……母上? 私ですから!



「ありがとう」

 また、女性の声が聞こえました。


 今度は、隣国の女王陛下に似た優しい声です。



 礼拝堂の中は、静寂に包まれています。




「ギンチヨお嬢様、大変です」

 私の侍女が、報告に駆け込んできました。


「今度はなんだ?」

 私と公爵が、頭を上げて、侍女を見ます。


「旦那様が、侯爵様が、私に求婚しました」


「「え?」」

 二人はハモりました。


「おめでとうでゴザイマス」

 包む光が消えた隣国の王女が、喜んでいます。


「でも、断りました。私はギンチヨお嬢様の侍女がいいです」


「「「え!」」」

 三人がハモりました。


「ギンチヨ、救護室に運ぶから、第二王子の唇に付いた紅色のルージュを拭き取っておけ」


 公爵が、したり顔で言ってきました。


「公爵様、唇に、オレンジ色のルージュが付いていますよ」


 すぐに切り返します。


「私が拭き取るでゴザイマス」

 隣国の王女が、侯爵にキスをしました。


 こんな目の前で、キスシーンを見るなんて。


「ギンチヨお嬢様、そんなものを見てはいけません」

 侍女が、私の手を握って、引っ張ります。


「「あれ?」」


 私の手のひらにあった、呪いの肉球が消えています。


 でも、呪われた耳と、小さいままの胸は、そのままです。残念です。


 公爵が、第二王子をお姫様ダッコして、救護室へと向かいます。


 はぁ~、ここは、私が、第二王子からお姫様ダッコされて、退場する場面でしょ。





    ◇





 国王陛下の喪が明けて、今日は私たちの結婚式です。


 王宮のバルコニーで、国民からの大きな祝福を受けていた時です。


 突然、クロガネ君が、幼い頃、私に約束したとおり、私をお姫様ダッコしました。



 今夜、私の呪いが全て解ける、そんな気がします。




 ━━ FIN ━━




【後書き】

お読みいただきありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪党にざまぁすれば、聖女は幸せになる! これが異世界の恋愛です。私が決めました。 甘い秋空 @Amai-Akisora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ