【再掲】第47話 未来への投資








  鏡越しに映るスタイリスト気取りのウィラは、終始ご機嫌なままにあたしの髪の毛を乾かし、梳かせばサラサラで艶やかな黒のショートヘアは輝きを放つ。


 ウィラと同じく、鏡に映るあたしの表情もご機嫌なもので、このまま立ち上がりたくないのは、仕切られているはずの見えなくてもいい現実の向こう側が見えてしまうから。


 少し順番は前後してしまったけれど、ウィラにあたしの持ち物からスキンケアセットを取ってくれとお願いし、化粧水、乳液を二人で分けあい、未来の自分に向けてコツコツと投資を続けた。


「あんたあれやな、めっちゃスキンケアに凝ってるんとちゃいますか? そらめっちゃべっぴんさんな訳や」


「ああ、マミーが美容にうるさくてね? ま、ちょっとした手間だけどあたしの肌に合ったし、なによりも気に入っているからさ。そう言うことだから今でも教えに忠実なのさ」


 あたしが化粧を始めたときは、周りの同年代と比べたら早い方で、物珍しいと感じる奴もいれば、嫌みをいう奴もいたし、素直に綺麗だと褒められれば悪い気はしない。


 しかし、まるで理解する気なんてなく、頭ごなしにまだ早いとか言う、一方的な価値観の押し付けもあったりはした。


 もちろんそんなくだらない事を言われれば当然のように反発はしたし、なによりもあたしのマミーは教育方針の一環として、頑として譲らずにあたしを守ってくれた。


 それこそまるでヒーローのように飛んできてね?


 あたしに自信を授ける為、なによりも正しいことの積み重ねが大切だって教えてくれていたんだ。


 やり方はいたってシンプルで、化粧水は多めで大胆に、乳液は適量を手に垂らして伸ばし、丁寧かつ繊細に顔の隅々から首筋までのリンパマッサージを兼ねて……これを毎日繰り返しているって訳さ。


「ええおかんやな。ま、言うて手間って程でもあらへんし、うちらで言うたらゆっくり湯舟に浸かって疲れを取っとるようなもんやしな」


「ああ、いい例えだ。そういうウィラもさ、ちょっとガサツなところもあるけど、結構意識しているよな?」


「せやで、ガサツ言うのはあれやけど、そらうち美人やし、将来的にも得するんやったら早めに始めてなんも損はあらへんし、自信にも繋がるんやからええもんやろ?」


「ああ、自信が付けばさ、美人で性格の悪い奴一人の出来上がりって訳だ」


「そらな、うちが美人やから言うて僻まれるわ、妬まれるわ、そんなんされたらな、そら性格悪くもなるやろ? 性格悪いのはどっちやねんっちゅう話やし、そう言うナギもわかるんとちゃうか? ほな、胸に手ぇ当てて思い出してみ?」


 ウィラに言われるがまま胸に手を当てれば、大きな大きなお胸様の威容に思わずため息を一つ。


「あ、ちゃうねん、そらあかんわ。あんたが胸に手を当てても意味あらへんわ」


「意味合いが変わるだろうね? あたしの悩みを理解できたってか?」


「うちに少しでも分けてくれるんやったらな、理解してやれんでもないんやけど……せやからはよ出荷してくれへんか?」


「出荷するな!」


「「HAHAHA!」」


 ウィラと歓談のひとときを楽しみながら、ほんの少しばかり煩わしくも思うスキンケアの時間もあっという間だった。


 そろそろこのチープな丸椅子から立ち上がり、着替えて家路にと思うけれど……ああ、天井は広々としているのにさ、また窮屈そうに前屈みにならなきゃいけないのかよ。


 いつまでも座っているわけにもいかないし、半端な姿勢で立ち上がってから巻いていたバスタオルをほどき、ロッカーのさらしは畳んだまま手提げの鞄に仕舞い、別に用意していたお高いナイトブラを着けてオフモード。


 相変わらずあたしのお胸の威容に驚きながらも、また前屈みになったことで心配そうな表情を浮かべるウィラの優しさが身に染みるね。


「ウィラ、あたしは別にお腹が痛い訳じゃないからさ、そんなに心配するなよ? ちょっとした成長痛みたいなものさ?」


「そらあんたは成長しすぎっちゅうか……あっ……うん、わかった、はよ着替えて出ましょか」


 おっ、ようやく察してくれたのか、さっきまでの心配そうな表情から一変。


 今度は想像するだけで笑えてきたのか、打って変わってニヤニヤとあたしの目を見てくるものだから、やっぱり美人だけど性格悪いところがたまらないね?


 着替えを終えてから番台のおばちゃんに礼を言って出ようとすれば、チラリと見えてしまう向こう側。


 幸いにも今は誰もいなくてホッとしたぜ?───。







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スケールのデカい 香坂 凪沙(コウサカ ナギサ)は、入学初日に運命的な出会いを果たし、最高の青春の1ページを刻み始めた あら フォウ かもんべいべ @around40came-on-babe

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