【再掲】第45話 前へ屈め
◇
盛大にオウンゴールしてむせるウィラが落ち着いた頃合い、洗面台で顔を軽く洗い、タオルで拭いてから再び、残りのフルーツ牛乳を今度はゆっくりと傾け、飲み干せばご満悦の模様。
一方のあたしは、身長が高過ぎるせいで古きよき銭湯の洗礼か……あたしのサイズに対応しきれない仕切りの向こう側、全裸のおっさん達がチラリと見えてしまった。
びっくりしたのはお互い様だろうが、誰も望んでいないアンコールに応える義理はなく、仕方なしに少し屈んで前屈みになったまま、ちびちびとコーヒー牛乳を口に含み、ゆっくりと飲み干していった。
空いた瓶の行方はどうしたものか、キョロキョロと辺りを窺うウィラは、やがてドリンクケース横にある瓶ケースを発見し、あたしの手にある空き瓶を寄越せと言わんばかりのアイコンタクトを送るのだ。
「ありがとう、お前本当に気が利くな?」
「せやろ? うちのありがたみがナギの五臓六腑に染み渡るんとちゃいますか?」
「ああ、顔にはかからない程度にね?」
「「HAHAHA!」」
笑って思わず仰け反れば、再び仕切りの向こう側、男湯のおっさん達がチラリと視界に入ってこんばんは……ああ、イタリア語で乾杯だね?
反射的に前屈みになれば、空き瓶を置いて戻ってきたウィラの不思議そうな表情から、いったいあたしにどんな言葉をかけるのやら?
「ナギ、あんた急に前屈みになってどないしたんや?……お腹痛いんか?」
ああ、別にお腹が痛いわけじゃないけどさ、ウィラちゃんの優しさが身に染みるね?
あたしはさ、愛する家族から授かったギフトの弊害と言うか、見えなくてもいいものが見えちゃったからね?
「ウィラ、なにも言うな……ほら、ドライヤーかけるから座れよ?」
「ナギ、なんか変っちゅうか……あんたどないしたんや?」
「いいから……」
「わかった、ナギ……無理したらあかんで?」
おいおい、ウィラに心配されるなんてね?
あたしのお腹は大丈夫だけど、後で説明が必要だろう。
チラリと見えてしまった男湯の様子を忘れようにも鮮明に残ったまま、とりあえず気を紛らわすことも兼ね、かわいいウィラちゃんをドライヤーの前に置かれた、年期が入って少しがたつくチープな丸椅子に座らせた。
ウィラの髪の毛を乾かしていれば、いくらか気が紛れることであろうと期待しつつ、硬貨投入口に十円玉を数枚入れれば電源が入り、ドライヤーは音を立てて温かい風を送った。
湿気でストレート気味だったウィラの髪の毛も少しずつ乾いてくれば段々と軽やかに、サラサラとしながらもほんの少しウェーブのかかったアッシュブラウンの癖っ毛が艶やかに輝いた。
ドライヤーをかけている間、鏡に映るウィラは笑顔を絶やさず、心地がよいのか、まるで撫でられている犬のような表情がたまらないね。
一方の鏡に映るあたしは、前屈みになっても上半身が収まるかどうかすら危うく、これには参ったよ?───。
◇
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