【再掲】第44話 番台を超えて








  危うくウィラが全裸のまま、仕切りの切れ目にある番台の向こう側へとサービスショットをする寸前、あたしが声をかけたことで我に返ったウィラは、遅れてやってきたヒーロー代わりの恥じらいを見せた。


 顔を茜色に染め上げ、はにかんだ笑みを浮かべて身体にバスタオルを巻き、恥じらいよさらば。


 気を取り直し、これまた忘れていた財布をロッカーから取り出した彼女は、ドリンクケースを眺めてからあたしに向かって振り向いた。


「ナギ! さっきうちの身体拭いてくれた礼や。銭湯言うたらあんた、フルーツ牛乳がええか?」


「ありがとう、コーヒー牛乳で」


「Ja! おばちゃーん! これとこれな」


 ドリンクケースから瓶のフルーツ牛乳とコーヒー牛乳をそれぞれ取り出したウィラは、番台に掛けるおばちゃんの前に置いてお会計。


 律儀と言うのか、ウィラの心遣いにどこかほっこりするものがあるね?


「釣りはエエで?」


「ウィラ、ドライヤーはどうするんだ?」


「あ、忘れてたわ」


「「「HAHAHA!」」」


 本来の目的を忘れるなよな?


 番台のおばちゃんまで笑いの渦に巻き込んでなにやってるんだよ……ま、そういうところが可愛くてたまらないね?


 改めてお釣りを受け取ったウィラは、あたしに十円玉を数枚渡し……。


「お嬢ちゃん! 品物忘れてるよ!」


「あ、せやった。おばちゃん、ええツッコミやで?」


「「「HAHAHA!」」」


 全く、ウィラのおかげで湯冷めする気配すらないね?


 番台のおばちゃんから受け取ったフルーツ牛乳とコーヒー牛乳をあたしの目の前に差し出し、今度は開け方を教えろってか?


「ナギ、どっちがええ?」


「いや、さっき聞いた意味は?」


「「「HAHAHA!」」」


「冗談や、これ、どうやって開ければええねん?」


「ああ、ドリンクケースの横に牛乳栓抜きが吊るしてあるだろ? それを栓に刺してテコの原理だ」


「これやな?」


『……pon……』


「おっ、開いたで? これ、なんかおもろいな。ナギのも開けてええか?」


『……pon……』「……あっ」


 小さく小気味のいい開封音にウィラの好奇心が刺激されたのか、あたしが答えるよりも早くコーヒー牛乳の紙の栓に栓抜きを刺したウィラは、これまた小さい小気味の良い開封音を添えて、盛大にフライングした。


「ああ、ありがとう。お前が楽しんでくれてなによりだぜ?」


「「HAHAHA!」」


 あたしは誰が開封しようと気にしないし、ウィラの楽しそうな笑顔が見れればそれでいい。


 ほんの少しのフレーバー代わり、イタズラ好きの仔犬がやらかしたかのような、申し訳程度に伏し目がちな表情が、これからあたしの口に入るコーヒー牛乳をより味わい深くしてくれることであろう。


「ほ、ほんならナギ……あれや、至福のひとときに乾杯や」


「Cheers!(乾杯!)」


『Clink……』


 乾杯を交わしたウィラとあたしは、腰に手を当てながら豪快にぐいっと飲もうとするウィラに倣い……。


「ぶほっ?! ゲホッゲホッ!……」


 ウィラは勢い余って盛大にオウンゴール。


 その一方であたしは……ああ、どうもこんばんは、お騒がせしてすまない。


 そうだな、ちょっと前屈みになろうか?───。







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