【再掲】第38話 朝靄を分けるように
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今のあたしは実に正常だ。例えば目を回したあたしは安心感を求めて全裸のウィラを抱きしめ、落ち着こうとしたつもりが、大きい胸の奥の鼓動が高鳴ったまま止まる気配すらないけど、悪代官と化したウィラのお約束ごとに付き合ったからこその成れの果てだろ?
あたしの気が済むまでこのままでいさせてくれ……っていや、この絵面さ、ただの恥女がイチャついているだけみてえじゃねえか?!
ああ、くるくる踊るように回転して揺らいでいた視界は落ち着いてきたけどさ、お互いありのままの姿で抱きしめたことで伝わる、ウィラの温もりがたまらなく愛しいもので離したくないぐらいなんだ……ああ、あたしの今の気持ちは実に正常だろ? HAHAHA!
ま、熱い抱擁を交わすことで得られるリラックス効果も存分にいただいたからさ、あたしらの本来の目的を思い出してみようか。
あたしの住む『メゾン サルゴ・リラチンパンジー』の風呂は、あたしの体格もあってか、ウィラと二人で入るには狭すぎる。
だから銭湯で富士山の壁画を見て、大きな湯船に浸かるのが目的だったよな?……あたしの生乳を存分に堪能したいウィラの悪巧みもさ、このような形で叶ったからWin-Win だろ? HAHAHA!
まあそこまではよかったんだけどさ、このままでは危ない橋を渡る気満々と言うのか、そもそもどうしてこうなったんだよ!?……全く、名残惜しいけどさ、熱い抱擁はここまでだ。
番頭のおばちゃんからの視線が痛いし、さっさと湯船に浸かろう。
「ナギぃ、もうええんか?」
ゆっくりと抱擁を解けば、上気して薄紅色に染まった表情のウィラは、上目遣いであたしを見上げるものだからさ、余計に名残惜しくなってしまうものだけど……今は無視。
さっさとサラシ、衣類を畳んで昭和レトロなロッカーに押し込み、その上に脱いだショーツ、バスタオルの順に置いて閉じれば暫しの相棒であるロッカーキーを左の手首に通した。
ロッカーキーの輪っかをどこにつけるか迷っていたウィラも、利き手と逆の右手首に通し、タオルを片手にして準備は万端か。
生まれたままの姿になれば、少し遅れてやってきた恥じらう気持ちも左手に持った帯に短し、襷に長しなタオルを前に垂らして隠し通し、空いた右手にお風呂セットを携えて浴場への扉を開け放った。
まるで朝靄のような湯けむりの立ち込める浴場内の奥までを見渡せば、あたしらの目的だった富士山の壁画の堂々たる風貌に一安心。
期待どおりの結果と言うのか、あたしに倣って前にタオル一枚を垂らし、恥じらいを隠すウィラもこれにはご満悦。
さ、湯気が逃げないようにガラス戸をぴっちりと閉めればさ、お前とあたしの望んだ小さくても広い世界でのひとときを楽しもうじゃないか───。
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