【再掲】第36話 give me chocolate generation








  あたしの等身を前提としていない、昭和レトロな引き戸の上枠に盛大に頭をぶつけ、注目の的になったのは言うまでもない。


 気を取り直し、入湯料を払い痛む頭を擦りながら、仕切りを兼ねた壁鏡に映るあたしとご対面……ちょっとはみ出しているどころか、ちらっと男湯の様子が目に入るものでさ、両親から授かったギフトで知らなくてもいい世界へご招待されるって訳さ?


 仕方なしに屈んでみたものの、それでもはみ出そうな鏡に映る自分自身の姿に自嘲し、幸いなことに怪我はなく相変わらず丈夫な身体に感謝している。


 まるでコントのような出来事を目の前にして、散々笑い転げたウィラも今では、上目遣いで心配そうにあたしを見上げるものだから、頭を撫でて誤魔化せばご機嫌そのものだ。


「ナギ、うちを撫でてどなんすんねん? 逆やろ、逆」


「お前を撫でるとなんか落ち着くんだよ……お狐様のご利益か?」


「「HAHAHA!」」


 さて、お狐様のご利益をいただけば、さっきまでの痛みはどこへ行ったのやら?


 痛いの痛いの飛んでいけの次は、パーカー、ハイウエストワイドパンツ、Tシャツの順に脱いで下着姿に。


 サラシをほどいていけば、生まれたままの姿になるまでのカウントダウン開始だ。


「おやまぁ? あんた、今時サラシなんて巻いて、若いのに珍しいね?」


 どうやらあたしは脱衣場の注目の的なのか、腰の曲がった小さいおばあちゃんが、物珍しそうにあたしに話しかけて来たのだ。


「ああ、どうも。ここまでしても着物が似合わなくてね? 洋服が精一杯さ?」


「ああそうかい、これだけ綺麗に巻ければ大丈夫よ。あんたソース顔のべっぴんさんだからねえ、外国の人かい? 日本語もお上手ね」


「Thank you so much. That's what i thought?(どうもありがとう。やっぱりそう思う?)」


「あ~懐かしいわねえ。わたしが小さいときに日本が負けてね、アメ公が進駐してきたのさ。その時にねえ、初めてアメリカ人ってものをみてねえ、あんたのように英語をペラペラと喋っていたのさ。そりゃあもう、アメ公の兵隊さんは大きかったけどねえ、あんた程じゃあなかったねえ。give me chocolate なんて言ったもんでさ、それはもう一生分のチョコを貰って食べたのよ」


「へぇ、思い出の味ってか? おばあちゃんさ、今でもチョコは好きかい?」


「そうねえ、Valentine's day can go f**k itself!(バレンタインなんてクソ食らえ!)」


「「「HAHAHA!」」」


 おいおい、この謎のおばあちゃんさ、GHQから英語でも習ったのかい?


 妙に上手いから思わず感心を覚えるぜ?


 こりゃあ話が長くなりそうだけど、あたしが謎のおばあちゃんに話しかけられている間にウィラは、いつの間にやらありのままの姿となって全裸待機していた。


 美しきまるで天使のような裸体よりも、あたしは謎のおばあちゃんとの会話に夢中になってしまったからさ、ほんの少しだけウィラのご機嫌が斜めに向いてしまうのは……ああ、水で流すのは冷たいからさ、温かいお湯で背中から流せないかな?


 ようやく謎のおばあちゃんとの会話が終わり、一息ついて全裸で待ってるウィラに向き直れば……ああ、どうやらあたしが思ったよりも、更にご機嫌が斜めのようだ。


「ナギぃ? 話に夢中なのはわかるんやけどな、うちを真っ裸で待たせてな、少しは心が痛まんとちゃいますか?」


「ごめん、どうすればウィラはご機嫌になってくれる?」


「いや、まあええんやけど……ちょっと寂しいやろ?」


 ま、あたしはあたしで中途半端にサラシをほどいたまま、謎のおばあちゃんとの会話が終わるまでウィラを全裸で待たせてしまったからさ、寂しがり屋のウィラちゃんをケアしないとね……ああ、半端なままのあたしも開け放てばさ、少しは変われるかな?───。








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