【再掲】第17話 ラテンの風と共に去りぬ








  ガールズトークの沼に嵌まったあたしは、どうやら退き時を誤ったらしい。


「さっきはごめんね? 食事の邪魔しちゃって……もしよかったらさ、ちょっとだけでも練習を見学していかない?!」


「PASSだ、あたしに構わず練習を頑張ってくれ」


 ガールズトークを切り上げて食堂から外へ出たあたしらを待っていたのは、さっきのバレー部の奴らだった……出待ちされるなんてね、さながらスターダムにのしあがったかのような気分だったぜ?


 全く、熱心なのは練習だけにしてくれよな?


 試合は知らん。HAHAHA!


 バレー部をあしらった次は……おいおい、大名行列か?


 生麦事件とやらは勘弁してくれよな?


 とりあえず次から次へとやってくる、運動部の勧誘をあしらい続けるのもさ、とうとう面倒になってきたものだ。


 最後の方でソフトボール部に声をかけられてさ、ちょっとしたあたしの気まぐれに付き合ってくれるなら考えてもいいかな?


 ……なんて軽い気持ちでさ、「あたしがヒットを打ったら帰らせろ」……って言ったんだ。


 ああ、リップサービスのつもりだったんだけどさ、ソフトボール部のご厚意で急遽一打席勝負の舞台を用意されたのさ?


 おいおい、冗談だろ? HAHAHA!


 あたしは制服とローファーのまま、グラウンドに足を踏み入れ、バッターボックスに立つまえに素振り……ああ、なんだか懐かしいと言うか、小さいとき以来だね?


 あの時は男子に混じってやってたな……ま、野球経験と言うものはせいぜい遊び程度でさ、あとはバッティングセンターに行ったぐらいだ。


 面倒になって大口叩いたけどさ、そもそもハンデしかないし、こりゃやらかしたかもな? hahaha…。


「NAGI! Viel Erfolg!(ナギ! 頑張れー!)」


「姐さん、しまってこー」


「Boa sorte!(頑張れよ!)」


 謎の日系ドイツ人による声援、全く締まらないやる気を感じない応援、どこからともなく聞こえてきた耳慣れないポルトガル語……ポルトガル語!?


 ずいぶんと国際色が豊かと言うか、思わず振り替えればそこには……。


「オッラ! セニョリータ!」


「「「あ、あなたは!?」」」


 なんとも気持ちのいい爽やかな笑顔を浮かべた、情熱のラテンの風と共に現れたいい男……それは、ラティーノ!?


「ストレートど真ん中は、意外と打てないぞ? それじゃ、頑張れよ! アディオス!」


 情熱のラテンの風と共に去りぬいい男のアドバイスを胸に……って、ちょっと冷静になろうか?


 ああ、まずはさ、うちの学校にラティーノなんていたっけ?


 ま、それはいいんだけど、そもそもさ……。


「いや、誰だよ?」「いや、誰やねん?」「いや、誰っすか?」


 謎は謎のまま、あたしは打席に立った。


 おそらく素直にど真ん中へ来るとは思えないからさ、ラティーノのアドバイスはわかる。


 ラティーノがいったいどこの誰なのかは知らないけどね。


 さて、ソフトボール部の実力はどうなのか?


 ボールを見やすいように、あたしは正面に向いて相手を見定めた。


 気分はメジャーリーガー、まるで刀を上段へ構えるかのようにして、ピッチャーに対して正体すれば……どういうことか、相手はきょとんとした顔をするのだ。


 構えが変だって?


 ああ、神のお告げだ。


 この極端なオープンスタンスで活躍した、トニー・バティスタに倣えばボールが見やすいのさ?


 後ろから謎のドイツクォーターと、やる気のなさそうな後輩口調の二人の笑い声が聞こえてくるものの、今のあたしは集中しているんだ。


 少しは静かにしてくれよな?


 さ、いよいよピッチャーは投球モーションに入り、あたしは相手を睨み続けながら上半身をキャッチャー側へ捻り、放たれた第一球。


『PANG!』


 真ん中低めの球を見逃す。

判定はボール、あたしの脚が長くて助かった。カウント1ー0。


 続く二球目、インハイに思わず仰け反りながらも手が出る。

振り遅れたものの、バットに当ててカット。

ファールボールになり、カウント1ー1。


 三球目、アウトローの明らかボール球。

見逃してカウント2ー1。


 四球目、ど真ん中に来るとはね?

思わず振り遅れ、なんとかカットしたものの、ラティーノの言う通りでわかっていても意外と打てない。


 ラティーノ、ところで誰だよお前?


 カウント2ー2。


 五球目、追い詰められたあたしは、一球外すだろうと予想。


 見事に的中と言うか、運良く際どいアウトハイのボール球を見逃したことにより、カウント3ー2。


 フルカウントだ。


 さ、いよいよ勝負の六球目。


 あたしのことを侮ることなく、真っ直ぐと投げられた勝負球は……。


『PING!』


「えっ、うそやろ!?」


「うわっ…姐さん…」


 ああ、手応えは充分だ。


 大きく振り切ったあと、飛んでいく打球の行方を目で追えば……あ、その方向はヤバい。


 バットを放り投げたあたしは、走りながら二人に向かって叫んだ。


「ウィラ、小幡、逃げるぞ!」


「Ja!」「うっす」


 クリーンヒットした打球の行方はどこだって?……ああ、職員室の窓ガラスに向かって一直線さ?


 良い手応えだったし、折角だからダイヤモンドを一周しよう。


 一塁ベースまで両手を掲げれば、まるで世界の王!


 もっとも、あたしは右打者だから、どちらかと言えばポンセかもな? HAHAHA!


『…crack!!』


「「あっ……」」


「ナギ! そんなんやっとる場合ちゃうわ! はよ逃げるで!」


 やべっ、本当に職員室の窓に直撃した!?……請求先はそうだな、ソフトボール部だよ!


 そうしてあたしは、何事もなかったかのようにダイヤモンドを一周。


 ベースを踏み忘れないようにしながら、全力で駆け抜けていき、ホームベースで出迎えた二人と合流。


 そのままあたしら三人は、逃げるようにして、呆然と立ち尽くすソフトボール部を置いてけぼりにして全速力で走った。


 まるで風のようになって、陸上部も、アメフト部も、カミヲシンジマスカをも置き去りにしながらさ、あたしらは校門に向かって駆け抜けたんだ。


 ああ、なんで今日はこんなにもさ、トラブルに愛されているんだよ!?


 とりあえず、あたしをソフトボール部へ勧誘するならさ、もっとネットを高くしろよな? HAHAHA!───。






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