【再掲】第13話 チキン








  あたしとウィラの二人で注文したきつねうどん3つは、神業と言うべき早さで私たちに提供された。


 トレイの上に3つまとめて乗せられた様を見れば、さながらあたしたちは飲食店のホールスタッフのようだね?


 ああ、あとのオペレーションは任せてくれ。


 見かけ通りと言うのか、あたしが運ぶのは当然だろ? HAHAHA!


「ウィラ、席を確保」


「Ja! ナギ、奥のあの辺がええんとちゃうか?」


「よし、行けっ!」


「うち犬とちゃうで?」


「ああお狐様、どうかあたしらにいい席をお願いします」


「しゃーないな、ほんなら願いを叶えたるわ!……って、なんでやねん!」


「「HAHAHA!」」


 さて、あたしの願いは通じたのか、自称狐の化身である狐顔美人の日独系関西人のウィラは、早速席の確保に動いてくれたことで、楽しいランチタイムの始まりだね。


 席に着いてお互いに向かい合えば、大好物であるきつねうどんを前にしてお待ちかねのウィラは、お腹と背中がくっつく寸前でウズウズしている仕草がとてもかわいいものだ。


 なんだか妹が出来たかのような、あるいはこんな感じの賢い犬っているよな? HAHAHA!


 流石は高貴なお嬢様っぽい雰囲気があるからか、お行儀よく待つウィラをこれ以上待たせるのも野暮だろう。


 さ、彼女のどこか庶民的なギャップとやらはどんなものなんだろうね?


 今日もおいしいご飯を食べれることに感謝して……。


「それじゃ、いただきます」


「いただきます!」


 ドイッチュラント式の祈りではなく、普通に手を合わせていただきます……か。


 想像とはちょっと違う、最高にシンプルな日本式でお行儀がよかったのはここまでだ。


 ウィラは左手で箸を持ち、空いた右手で持ったどんぶりから立ち込める湯気に乗せられた、出汁と醤油の香りに誘われるがままに顔を近づけた彼女は、まずはおつゆから堪能する模様だ。


「お前、左利きだったのか?」


「せやで? うんっ、こっちの方のお出汁なんやけど、ちょっと醤油が濃いっちゅうか、鰹出汁からしてちゃうな?」


「ああ、関東と関西じゃ出汁文化そのものが違うからな。驚くのは無理もないさ」


「それ言うたらな、お揚げさんの形もちゃうねんで? こっちの方やと長方形なんやな。そら味付けもやけど……ま、これもこれでありやからええねん。うちの好物には変わらんしな……あっ、うまっ! こっちのもええな!」


 お口に合ったようでなにより。


 ウィラの顔が綻び、目を細めて浮かべる幸せそうな笑みは、見ているこっちまで幸せになるね?


「ズルルッ……ズルルッ……ふっふっふっ、ナギ、あんたもはよ食べ? 麺が伸びてまうで?」


「ああ、そうだな…」


 ドイツの血が入っているとはいえ、ほとんど日本人…いや、関西人の彼女は、クォーター分の遠慮なんて必要ないらしく、豪快に麺をすするのだ。


 もちろんあたしもそれに倣う……ステイツ出身はどうしたかって?


 ああ、あたしは日系人だし、郷に入らば郷に従え、だろ?


「おい、そこ俺らの席なんだけど?」

「なに勝手に使っているんだ?」

「一年か? 生意気」


 こうしてあたしとウィラはお昼ごはんの時間を楽しんでいたんだけどさ……ああ、あいにくゆっくりはさせてくれないと言うか、おいおい、今日はトラブルにご縁があるね?


「Es ist laut! Fi** dich!(うっさいわ! クソッタレ!)」

「It's noisy……hey! F**k away d**k fase!(うるせえな……おい! 消えろブサイク男!)」


 飯時を邪魔されて怒りたくなるのは当然だろ?


 170cm近いウィラがドイツ語で、190cm近いあたしが英語で捲し立てながら立ち上がり、詰め寄れば……おいおい、朝の生まれたての小鹿の次、お昼はチキン野郎ってか?───。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る