【再掲】第11話 噂になった一年生







  虎の威を借る狐顔美人の関西人のあとに続けば、目の前の人混みがまるで海を割ったかのようにぽっかりと空き、さながらモーゼの気分を味わいながら、食堂へと続く棟の階段を上った。


 どういう訳か、あたしとウィラが歩けば道は開かれ、不思議に思いながらもそのまま進んでいく。


 時折、耳に入るのは……ああ、そう言えばあたし、朝の通学路で先輩達を相手に詰め寄っていたな……そこへ仲裁に入った……と言っていいのか?


 ウィラが啖呵を切ればさ、殊更派手やかって訳で、そりゃ今日の話題に事欠かさないってか。


 全く、参ったね、hahaha……。


 まあ細かいことはともかくさ、そう言うわけでヤバい新入生と認定されたあたしとウィラは、生徒達の噂の種をばら蒔いているというのか、まるで珍獣を見ているかのような扱いだね。


 思わずため息の一つぐらい吐いても良いよな?


「ナギ! なんか知らんけどうちら、噂されとりますな? なんでやろ?」


「さあ? お前が美人さんだからか?」


「いやぁ、ナギにはかないまへんな? そらうち、美人でかわいいから当然やし、そんなん褒め殺しも大概にしぃ?」


 ウィラはとても素直だ。


 あたしがかわいいと言えば、目を細めて頬を茜色に染めながら押さえる仕草があざといと言うのか、思わず見ているこっちが照れてしまう。


 ま、ただ褒めるだけじゃ調子に乗るだけだろう……さ、少しはバランス取ろうぜ?


「ああ、美人だけど性格悪いって噂になってるだろうよ?」


「「HAHAHA!」」


「って、なんでや! あんたな、うちのどこが性格悪いんや!? 言うてみ?」


 初めて会ったあたしに対して、いきなり「牛久大仏」呼ばわりするのは果たしてどうなのやら?


 ま、何故か全く嫌とは思わないのが不思議なもので、そのうち気にもならなくなる……そんな気がするね。


 さて、ウィラの性格の悪さをネタにするとしたら……ああ、何故か"あ行"扱いされていることもそうだな。


 あれはきっと、ウィラによる高度な抗議のやり方だったのかもな。


「お前、自己紹介のことをもう忘れたのか? 新陳代謝が活発な鳥頭って奴か?」


「そら、あれや……普通にやってもおもんないやろ? それに誤植されてうち、あ行扱いされたらそらな、ちゃんとアルファベットから説明せなあかんやろ? せやけど、それ言うたらな、あんたも先輩達をいじめるんやから大概やで?」


「「HAHAHA!」」


 ま、こんな具合でさ、数時間前に出会ったとは思えない、全力の言葉のキャッチボール……むしろ、言葉のドッジボールを二人で楽しんでいるって訳さ?


 二人でアホ丸出しな会話を楽しみながら、モーゼの無敵タイムは終わり、お行儀よく券売機の列に並んでしばらくすれば、ウィラの順番が回ってきた。


 さっさとお金を入れて、お目当てのきつねうどんとやらを買うといいさ?……あれ、どうした?


 ウィラの奴、券売機を前にして何故か呆然と立ち尽くして……おいおい、もしかして食券機、初めてなのか?


「ナギ!…これ、どないすればええねん? うちのぐっさんな、家出したまま帰ってけえへんで?」


「ああ、使ったこと無いのか? そうだな、ジュースの自販機とか、駅で切符買うときのあれと変わらないぞ?」


「あ、せやった! ほんならお金いれたら押せばエエんやな?」


 おいおい、もしかしてお嬢様育ちだからわから馴染み無いって事かい?……ああ、ちょっと高貴な雰囲気があって、好奇心旺盛でワガママそうなところは、なんともお転婆なお嬢様感があるね。


 どこか世間知らずと言うか、世間がどうこう言おうと知ったこっちゃ無さそうな、そんな powerful で go my way なところとかさ、なんか良いよね?


 ところでさ、お札を飲み込むのが遅くてイライラするのはわかるけど、お前は何回ボタン連打するつもりだい?


 お前のお目当てだって言うのはわかるけどさ、きつねうどんの食券が一枚、二枚、三枚…あとはお釣りが返ってきたな。


「ナギ! なんや、この券売機はあれか? うちを太らせようとしとるんとちゃうか?」


「ああ、きつねうどんがお待ちかねなんだろ?」


「いや、そらそうなんやけど、こんなに食べてどないするねん?…いや、流石に三杯はお腹パンパンになってまうわ」


 おいおい、食べる気だったのかよ?

全く、しょうがねえな……財布からいくらかウィラに手渡して、きつねうどんの食券を二つ奪い取ればさ、体裁は整うだろ?


「ほらよ、あたしもちょうどキツネうどんの気分だったんだ」───。






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