リトルビッチ・アンタッチャブル Days1 始まり
【再掲】第5話 トラブルは唐突に、出会いは突然に
◇
あたしの新生活は、入学式前のから波乱を帯びていた。
睡眠時間を充分に取れたことで目覚めは悪くない。
余裕をもってゆっくりと朝の準備を整えたあたしは、昨日の残りものとフライドエッグ(目玉焼き。焼き加減はサニーサイドダウン)をおかずにして、優雅な朝食を済ませてから家を出た。
駅近で好条件の『メゾン サルゴ・リラチンパンジー』から少し歩いて通りへと出れば、あたしと同じく制服を着た学生達で賑わっていた。
今日から厄介になる『東方共栄学園』の制服だけでなく、近くの公立高校・中学校の制服が入り交じる賑やかな通学路を歩き、まるでお宮参りのような状況に苦笑しながら、『メゾン サルゴ・リラチンパンジー』からのルートを頭に……ぶふっ!!
だめだ、やっぱりこのネーミングセンスはクレイジー過ぎるぜ? HAHAHA!
学生達で賑わう通学路で突然笑い出す、ゴツいあたしを避ける制服を着た奴らなんかどうでもいい。
むしろ急に思い出し笑いをしてすまん。
そんなあたしの姿を見て、「デカっ!?」とか言われるのも慣れたもので、どこまで行っても相変わらず。
愛する両親から授かったギフトは、今日も注目の的で誇らしく、鼻から痛快に空気が抜けるってもんだ。
それはいいんだけど、いくらあたしでも看破できねえ問題なのが……。
「なにあいつ?」「一年生? あの制服ありえなくね?」「うわっ、生意気なんですけどぉ?」
……同じ制服を着たやつらか、あたしに聴こえるように抜かしやがって、全くナメられたもんだな?
他校だったらどうでもいいが、身内にナメられるのはどうも癪だ。
年齢でしか判断できねえ可哀想なおつむの先輩たちね?……どれ、あたしに用があるならさ、挨拶ぐらいしてやらないとな?
「Hey! f**king little bitch! what's up? ah…Bring it on? hey little bitch! com here now!(おいクソッタレ! あたしに何か用か? かかってこいよ? おいメスガキ! こっちこいよ!)」
こういう手合いに日本語で相手する必要はない。
英語で捲し立てながら詰め寄れば、蛇に睨まれた蛙って言うのか?
さっきまでの威勢はどこへやら?
まるで生まれたての小鹿のようにさ、ガクガクと脚を震わせるものだから、口は災いの元なんて言ったものだよな? HAHAHA!
「……May i help you?……Oh,Do you anderstand?(なにかご用ですか? 通じてますか?)」
これぐらいの英語ならわかるだろ?……あっ、だめだ、話が通じてないし、恐怖に震えて固まってやがる。
おいおい、あたしは別に取って食おうなんて思ってねえぜ?
あれか、軽い冗談のつもりでからかったら、デカイ外人が詰め寄ってきてビビったのか?……ああ、最初からその気ならさ、相手を見てからやれよな? HAHAHA!
ま、このままじゃかわいそうだし、先輩らしき奴らの顔でも立ててやるか。
少しは通じるといいんだけどね?
「おい、お前ら英語がわからなそうだから日本語で話してやるよ? で、これから入学式を控えた生意気な一年生のあたしがなんだって? ああ!? おい、あたしの制服のなにがありえねえんだって言うんだ? おいおい、日本語も理解できなくなったのかよ?……おい、あたしより少し長く生きてるからって、なに言ってもいい理由にはならねえだろ?……わかりますか?」
さて、今度はわかるように日本語で先輩らしき奴らを問い詰めれば、ガタガタと震えたまま日本語すら喋れなくなったぜ?
おいおい、参ったねこれは?
「おい、日本語わかりますかぁ?……F**k, f**k! f**k!! oh birth!!……お前らよ、まずはなにするべきかわかっているだろうな? それとも二度と口を聞けないようにしてやろうか?……おい、答えろよ!?」
しかし、答えは返ってこないばかりか、詫びの一つすらなくガタガタと震えたままなものだから、ますます苛立ってくるってもんだ。
こっちは日本語で話しているんだからさ、少しぐらい話が通じてもいいだろうよ?
「……あんたらな、さっきからなにしとるんや? 朝から元気なのはええんやけど、この牛久大仏になにしよったらこんなんなるんや?」
バイブレーションモードで縮こまったままの先輩たちを詰めていたら、不意に後ろから聴こえてきた関西弁……いや、なんで関西弁?
ま、あたしには馴染みのないものだけど、日本語を忘れた先輩たちに比べたら、ようやく日本語の通じる奴がお出ましかい?
思わずさっきまで溜まっていた毒気が抜け、シラケた気分でゆっくりと振り返ってみれば、そこには……あたし程じゃないが、女子にしては長身の狐顔美人が……っておい、誰が牛久大仏だよ?
「おっ、牛久大仏はん、あんたうちと同いの一回生なんやな?」
「おい、誰が牛久大仏だって?……一回生?」
「あ、こっちやと一年生言うんやったわ。ま、そんなんどうでもええねん。自分らな、朝からやかましすぎるんとちゃいますか? 自分先輩になに言われたかわからへんけどな、こないに人だかり作っといてアホちゃうか? 通行の邪魔や、はよどきぃ? ほんでな、もう話にならんちゅうならあれや、じれったいことやっとらんでさっさと終わらせんかい!」
あたしと同じ学校の真新しい制服を着た狐顔美人は、あたしに何ら臆することなく関西弁で捲し立てながらも、彼女の素晴らしい洞察力、観察力、状況判断能力に思わず舌を巻いた。
朝からうるさいのはお互い様だろうけど、この狐顔美人の関西人に諭されるがまま、余計面倒なことになる前にあたしは、さっさと事態を終息させるべく、再び縮こまったままの先輩達に向き直った。
「おい、おめえら学生証出せよ? 後で用があるから、てめえがどこのもんか教えろよ? 早くしろよ! おい!」
「なんや、あんた元ヤンか? そらナメられたらあかんやろな」
「ああ、そうだよ。先輩風吹かせてさ、軽い冗談のつもりで人のことを侮辱する神経が理解できないぜ?」
「そらそうよ、礼儀のなっとらん猿を教育せなあかんで?」
「「HAHAHA!」」
おいおい、こいつはなかなか強烈だな?
狐顔美人で性格がキツいけど、なんとなくあたしと気が合いそうだ。
ところで関西人ってさ、みんなこうなのか?……なんて言ったらステレオタイプすぎるか?
ま、こいつのおかげで、あたしを侮辱した先輩らしき奴らから学生証を拝借、事態は終息を迎えた。
「そらあんたは個性的やろ? いろいろあるんやと思うんやけどな、そんなんでしょっちゅう先輩たちをいじりすぎたらあかんで?」
「そうだな、だけどおかげで助かったよ。お前、名前は?」
「そんなんあとででええやろ。あんたのような牛久大仏やったらすぐ見つけられるやろし、それよかはよせんと遅れてまうで? せやからうち、先行っとるわ! ほな、またな!」
おいおい、自己紹介はお預けかい?
ま、謎の狐顔美人で性格のキツい関西人が言うように、あたしを見つけるのはそう苦労しないだろうな。
それよりも言うが早く、彼女は駆け出して消えて行っ……いや、脚めっちゃ早っ!?
あいつ、フォレスト・ガンプか!?
それに釣られてか、主にあたしのせいで詰まっていた後ろの集団までもが、彼女に倣って駆け出したもので、通学路上のオブジェクトと化したあたしは、ゆっくりと腕時計を確認すれば……oh my god!?
もうこんな時間かよ!?
クソッタレな先輩たちに無駄な時間を使っちまったぜ!?
ああ、そんな訳で通学路上のオブジェクトと化したあたしは、お前らに驚異のギミックをお披露目してやるぜ。
さあお前らよ、巻き込まれたくなければそこをどけぇ!?───。
◇
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