第5話 再開と憎悪
「えっ、木南?」
京子と流花はひとしきり笑って、サワーで喉を潤そうとした時、目の前に二人の男が立っていた。高橋と合川だ。忘れもしない二人が見たこともない甘い瞳と声で流花に話しかけた。
「久しぶり〜。元気だったか?」
許可もなく流花の肩に手を置く合川。相変わらず服から生乾きの匂いがする。
流花は服を整えるふりしてさりげなく合川の手を退けた。
「うん。元気だよ」
「てか木南めっちゃ雰囲気変わったな。最初誰だかわかんなかったわ」
高橋はガタガタの歯並びを見せて笑った。
一部の歯はきちんと磨き切れておらず黄ばんでいる。見るとベルトの上にはだらしなく脂肪がのっていた。
流花はどんな反応をしていいのか分からず、震える左手を隠すために右手でサワーを口にした。それに気づいた京子は話を逸らし、高橋と合川に話題を振った。
京子が結婚したこと、合川が最近消防士を辞めてベンチャービジネスを始めたこと、高橋がマーケティングで独立しようとしていること。
京子の話以外は至極どうでもいい中身のない話だった。
高橋と合川の口ぶり的に、意味のない話でも意味があるように伝える才能があるようだった。きっと彼らの口ぶりに感銘を受けて時間とお金を注ぐ人間が少なくないだろう。
先ほどから「結局人って動かないとな」などと、分かりきったような事ばかり意気揚々と話している。
一歩引いて聞けば大した話でもなく、信憑性も計画性もない話なのに、感情論で人間の心を掴むのが上手い。彼らを信じる人間もたかが知れているが、同情はする。
「でさ、木南は結婚してんの?」
すっかり饒舌になった合川が酔ったように聞いてきた。大して酔ってないことに流花は気づいている。
「してないよ」
「おいマジかよ。世の中の男は何してんだよ」
高橋がわざとらしく盛り上がる。こんな反応、別の男で百万回見た。
「木南もったいねえよ。すげえ綺麗になったじゃん」
「マジでそれ。俺最初美人すぎてモデルかと思った」
綺麗。美人。モデル。
こいつらから異性の眼差しで口説かれる日が来るとは。当時の私では考えられなかった。
浴びせられた屈辱の数々を忘れたわけではない。
むしろ忘れたいにも関わらず、劣等感と自己肯定感の低さとして流花を作り上げてしまっている。
流花は「え〜?」と誤魔化しながら再びサワーに口をつけた。
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