幽世のまれびとたち:雷獣同盟、発足なるか
※
妖狐たちが集まった妖狐グループでも和気あいあいと近況報告やら雑談が行われていたが、それは雷獣グループでも同じ事だった。
「それにしても、光希も絵の趣味があったんだなぁ。あはは、実は俺も絵心はあるからさ、いつかどっかで画力対決とかもやってみたら面白そうだよなぁ」
「おう。確かに雪羽の言う通り、絵描き対決ってのもいつかやってみたいなぁ。それこそ、京子ちゃんとかモデルにしてさ。あんな清楚な美人って、幽世じゃあレアな存在だぜ」
「……清楚美人も何も、アレの中身はゴリゴリの漢なんだけどなぁ。まぁええか」
「まぁ確かに、雪羽兄さんは六花姐さんを見ながら描くのは難しいですもんね。兄さんに光希さん。もし画力対決をなさるんでしたら、僕に一方していただけますか。『キメラフレイムの謎とき動画』で特集を組みますんで」
テーブルの一角では、ハクビシン雷獣の尾張光希を雪羽と穂村の兄二人が取り囲み、絵の趣味についてああだこうだと語っている。
「大瀧さん! いつも兄さんたちと妹のミハルが色々とお世話になってるっす!」
「開成君、だったよな。確かあんたも、穂村君の動画にペガサスとしてちょくちょく顔を出してるんじゃあなかったか?」
「そうっす。俺、本当はそんなに動画とか配信には興味が無かったんだけど……去年の夏に穂村兄さんとミハルがやらかしちゃったから、それでちょっと心配になって、んで時々兄さんたちの動画配信に参加するようになったんす」
「そういう事だったのか。開成君も色々と兄妹の事を考えているんだな」
「えへへっ。大瀧さんにそう言ってもらえると嬉しいっす。俺も、犬型雷獣なんで、狼系統の大瀧さんには憧れてますんで」
別の一角では、狼系雷獣の大瀧連に、末の兄である開成がしきりに話しかけていた。開成はさも嬉しそうに一尾を振っているが、その彼の傍らには、異母弟の時雨も控えていた。兄たちの中で時雨の傍にいる事が最も多いのは開成だ。穂村とは異なり、雷園寺家の次期当主が誰になるかについて、ほとんど拘泥していない事も大きいのだろう。
異母弟である時雨の事を屈託なく可愛がる一方で、実の兄らの事も素直に慕い、実妹たるミハルの事も気に掛ける。複雑な家庭環境などはどこ吹く風と言った塩梅で、開成は日々過ごしていた。能天気に見えるものの、兄らの中で最も賢いのは開成なのだと、年長の妖怪たちが語っていたのを小耳にはさんだ事があった。
「男の子が
「ちっちゃくないもん! あおば、もう六歳だからね!」
「キツネのおじさん。ぼくたちは、お正月に六歳になったんです」
そして更に別の一角では、叔父夫婦が尾張秋唯・
幽世も現世も妖怪は存在するが、子供の成長度合いは大いに異なっていた。
人間で言えば五、六歳児ほどに育っている稲尾桜花であるが、実際には生まれてまだ一年も経っていない。一方で、現世で生まれ育った雷獣である野分たちは、満六歳ながらも人間で言えば三歳児ほどの成長度合いである。
幽世の妖怪たちは誕生後短い期間で急速に成長するが、思春期手前まで成長すると、そこからは心身の成熟が驚くほど鈍化するのだという。一方現世の妖怪はやはり長命であるが、その分幼少期も長い。生後十年程度で人間換算にして五、六歳になるのだから、幼少期の成長スピードはかなり異なっていると言えよう。
ともあれ、兄弟たちや叔父たちは、幽世からやって来た神使たちと談笑し、ごく自然に打ち解けていた。そしてミハルはというと、それを外側から眺めるだけだった。
幽世の神使という、立場も妖力もある物たちを前に、ミハルは気後れしてしまったのだ。もっと言えば、自身が一尾の雑魚妖怪ゆえに、相手の強さに反射的に警戒してしまったというのもある。
とはいえ、三人の兄も異母弟も神使たちの交流を楽しんでいるようだから、それはそれで構わないのかもしれない。そんな風に思い始めた矢先の事だった。ミハルの隣に一人の雷獣が腰を降ろしたのは。
その雷獣は狼系雷獣の姉、大瀧真鶴その妖だった。面差しは彫りが深く精悍な蓮に似ていたが、表情と女性らしさを蓄えた丸みのある身体つきゆえに、全体的に柔和そうな印象をもたらしていた。
髪の色と同じく黄金色の毛に覆われた尻尾は四本。まっすぐ伸びた所謂差し尾が、腰の付け根から四方向に伸びていた。
真鶴の四尾を見てから、ミハルはそれとなくおのれの一部を自分の腰や足許に巻き付けた。灰色とベージュの混ざった毛並みは使い古した雑巾のようで、みっともなく思えたからだ。黄金色に輝く四尾を見れば尚更に。
「ミハルちゃん、だったよね。隣、良いかな」
「ど、どうぞどうぞ」
真鶴は既に座ってから問いかけていたが、ミハルは気にせずに頷いていた。
それよりも、真鶴には話したい事もあったのだ。ミハルはだから、意を決して顔を上げ、真鶴の顔を覗き込んだ。
「あの、大瀧さん、ですよね」
「真鶴でも、お姉さんでも好きなように呼んでもらったらええよ。ほら、雪羽君たちは蓮の事を大瀧さんって呼んでるみたいだから」
そう言って、真鶴はにっこりと微笑んだ。確かにその通りだとミハルも頷く。実際に何度か幽世に赴いた雪羽も、大瀧連の事は「大瀧さん」と呼んでいた訳だし。
「ええと、それじゃあ大瀧のお姉さんで」
自分に言い聞かせるかのように、ミハルは呟いた。ちらと真鶴の方を見やるも、彼女は穏やかに微笑んで頷いただけだった。
お姉さん。ミハルはだから、今度は臆せず呼びかける事が出来た。
「去年の夏は、穂村兄さんと私が幽世に迷い込んだ時は、色々とありがとうございました。幽世バーガーも、美味しかったです」
余程切羽詰まったような物言いに見えたのだろう。真鶴は一瞬驚いたように目を見開き、それから顔をほころばせた。
「ええよええよミハルちゃん。困っていたら助け合う。それは
そこまで言うと、真鶴は腕を伸ばしてミハルの頭を撫で始めた。真鶴のこの動きに、ミハルは特に驚きはしなかった。むしろ心地良かった。懐かしさで物悲しくなり、心地よさに涙が出そうになるほどに。
それでもミハルは堪え、なすがままに撫でられていた。自分が何故泣きそうになっているのか。それは大体解っていた。優しい真鶴の姿に、記憶の彼方にいる実母の姿を重ね合わせようとしているからだった。
「兄を助けようだなんて、そんな大層な事は思ってなかったんです」
気付けばミハルは、真鶴の方に少し寄りかかってもいた。真鶴は何も言わず、黄金色の尻尾をミハルの方に巻き付けている。
「ただ、兄たちは兄たちで、そのまま放っておいたら危なっかしいなって思っちゃうところがあるだけなんです。うちも……まぁ色々あったんで、雪羽兄さんがグレてしまったり、穂村兄さんが拗らせたりしてしまうのも、しゃあない事なんでしょうけれど」
「ミハルちゃんも、ミハルちゃんのお兄さんたちも弟さんも、皆素直な良い子だと私は思うよ」
真鶴はそこまで言うと、ふと顔を上げた。彼女の視線の先にいるのは蓮だった。いつの間にやら叔父の三國が蓮の傍にいるではないか。そして尾張夫妻の時と同じように、実の子である双子たちを紹介しているようだった。
「雷獣は、正義感の強い
「そうなんですね……」
真鶴の言葉に、ミハルは素直に頷いた。自分よりもずっと大人であるはずの彼女が、何処か物悲しそうな表情になったのは、きっと気のせいだ。そんな風にミハルは思っていた。
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