幽世のまれびとたち:お狐様の近況報告

 会場は畳張りの和室であり、皆で囲んでいるテーブルも、細長いが実の所和風の座卓と呼んでも問題は無かった。椅子などは特に無く座布団が敷いてあるだけだから、皆がどう並ぶか、どのくらい集まるかはかなり流動的になっている。

 こうした交流会のスタイルも、普段の神使たちの暮らしを参考にして、萩尾丸たちがセッティングしたものだった。幽世の神使たちは、高名な大妖怪たちがほとんどであるが、それ故に形式ばった会合は好まない。むしろフラットでカジュアルなやり取りをこそ好むのである、と。

 そんな訳で、源吾郎もまた堂々と座卓の前に陣取っていた。武闘派神使にして邪神系妖狐・夢咲蕾花と正面から向き合う形で。ついでに言えば、愛妻たる玲香と使い魔のホップを左右に侍らせながら。


「おめでとう、源吾郎君」

「ありがとう、ございます……」


 開口一番に放たれた祝福の言葉に、源吾郎は照れたように視線を落とす。おのれの薬指に嵌ったエンゲージ・リングが、照明の明かりを反射してキラキラと輝いている。実のところ、源吾郎も玲香さんも結婚指輪をずっと付けている訳では無い。だからこそ、余計に指輪の存在が気になって仕方なかった。


「玲香さんとは、昨年の十二月に結婚しました。ええ、幽世に温泉旅行に行った一か月ほど後の事ですね」


 言いながら、源吾郎は隣にいる玲香の手におのれの手を重ねた。彼女は拒絶もせず驚きもしなかった。その面は一見クールに澄ました表情を浮かべていたが、目は笑っていた。

 

「そっか。あの時玲香さんからは婚約してるって聞いてたけれど、あの後すぐに結婚したのね。おめでと」


 玲香に対してそう言ったのは、稲尾椿姫であった。この前の温泉旅行の場では、玲香と椿姫が意気投合していたのを源吾郎は覚えていた。出自や住む世界は異なれど、互いに武闘派である事と自分より年下の半妖を伴侶にした事などは、二人の共通点でもあったのだ。

 紫紺の鋭い眼差しを向けられた源吾郎は、思わず居住まいを正す。だが、その瞳と顔に笑みが浮かぶまでにはそう時間はかからなかった。


「と言っても、新婚生活も色々と大変な事があるんじゃあないの? 確かに源吾郎君は素直な良い子だけど、玲香さんの所は源吾郎君と二人っきりでしょ。私の場合は柊とか伊予さんたちもいたし、燈真とは結婚するうんと前から弟弟子として屋敷で一緒に暮らしていたから、実は結婚したからと言ってそんなに暮らしは変わらなかったんだけど、ね。玲香さんの場合は……」

「ゴローさんと玲香姐さんの二人っきりじゃないよ。ぼくも一緒に暮らしてるもん!」


 椿姫の言葉を半ば遮る形で言い放ったのは、源吾郎の使い魔であるホップだった。正体は妖怪化した十姉妹であり、本性はもちろん小鳥の姿である。だが二年前に人型に変化する事を覚え、日に数時間ほどであれば人型を取る事も出来る。

 ちなみに人型に変化したホップは、何故か源吾郎にそっくりな少年の姿を取るのだ。やや焦げ茶の髪色や、丸っこい瞳など仔細な所は異なりはするが。


「ちょっとホップ。稲尾さんが話している最中なんだから、勝手に割り込んだら駄目だろう」

「ごめんなさい、ゴローさん」

「ちゃうって。謝るんなら稲尾さんの方だってば」


 慌てて源吾郎が注意するも、ホップはどこ吹く風と言った所だ。十代半ばの少年姿を取る割に、ホップの言動はやや幼い所があった。もっとも、ホップ自体も六年ほどしか生きていないので、妖怪的にはかなり幼いのだが。

 源吾郎はため息をつきつつ、椿姫の方に向き直った。


「すみません稲尾さん。ホップが、僕の使い魔が勝手に話に割り込んでしまって」

「良いのよ源吾郎君。幽世ではそういう事には慣れてるから。それにしても、その子が源吾郎君の使い魔のホップちゃんなのね」


 ホップの奔放な態度について、椿姫は特段腹を立ててはいなかった。それどころか、興味深そうに源吾郎とホップを交互に見つめている。

 椿姫だけではない。彼女の弟妹達や蕾花と言った幽世サイドの妖狐たちもまた、初めて見るホップの姿に興味津々だった。特に蕾花は猫と共に文鳥の式神も従えているため、源吾郎の養うホップの事が気になったのだろう。愛鳥家というのは、他の人が飼っている鳥にも大なり小なり興味を持つ習性があるのだから。

 源吾郎はだから、ホップの事についても蕾花たちに今一度説明した。人型を取り出したのは二年ほど前からの事であり、それまでは普通の小鳥と同じように飼育していたが、変化してからは妖怪として接し、妖怪社会のアレコレを教えているのだ、と。


「それでね、日中はホップ君は私の所に預けられるから、仕事の手伝いとかをさせながら勉強も見てるって感じなの」


 源吾郎の説明に引き続き、トリニキもとい鳥園寺さんが口を開く。代々鳥妖怪を使い魔として従え、それとは別に小鳥を飼う事もあった彼女に、妖怪としてのホップの教育や勉強を源吾郎は依頼していた。源吾郎は日中仕事があり、ホップに構ってやれないからだ。それに妖怪化したならば、妖怪としての教育を行い、妖怪社会に馴染ませるようにするべき。こうした考えには鳥園寺さんも賛同してくれた。それどころか、積極的に源吾郎以外の他者と関わるようにというほどである。

 ホップもホップで、師範ともいえる鳥園寺さんの方を見ながら、得意気に頷いた。


「そうそう。ぼくはゴローさんの家で暮らしているけれど、平日はトリニキのお姉さんの所でお勉強とか修行に励んでいるんだ。最近は、玲香姐さんも色々教えてくれるし」


 無邪気なホップの言葉に、案の定と言うべきか蕾花が吹き出す。


「トリニキのお姉さんって、トリニキちゃんが兄貴なのか姉貴なのかこれもう解んねぇな」

「わっちはさいしょからトリニキがおねえさんだってわかってたけどね」

「それにしても兄さんも兄さんで失礼な事を言っちゃって……トリニキさんだって怒っても良いんですよ?」


 蕾花の言葉には、もれなく菘と竜胆がツッコミを入れたり鳥園寺さんにフォローを入れたりしている。ひょうきんな兄というポジションを、蕾花がはからずともになっている事は明らかだった。

 とはいえ、鳥園寺さんも鳥園寺さんで、平然とした様子で微笑むだけだった。何となれば、トリニキとしての自分がネカマではないかという疑惑が湧いているのだと、笑い交じりで言ってのけるほどだった。

 実在する鳥園寺飛鳥は、童顔でおっとりとした風貌の可憐な女性である。だがトリニキというハンドルネームからも解るように、ネット上では男性的に振舞う事が常だった。蕾花たちには既にトリニキが女性である事は判明してしまっているが、それは本質を見通す眼力の持ち主がいたり、こうしてオフ会で顔を合わせているからに過ぎない。

 いずれにせよ、楽しい交流会は始まったばかりである。

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