幽世のまれびとたち:妖狐グループと雷獣グループ
この度、萩尾丸の保有する会場にて行われる交流会は、普段に較べれば規模の大きなものであった。それは萩尾丸の部下たちの中で幽世の神使たちに興味を持つ妖怪が増えた事と、幽世に出向く際に設けられていた制限が不要である事に起因する。
従って、今回集まった現世側の面々は数十名に及んだ。その面々も萩尾丸の部下たちは言うまでもなく、雪羽の弟妹達やオトモダチ連中、果ては源吾郎の姉や鳥園寺さんたちなどと、少数ながらも人間の参加者もいたほどである。
一方で、幽世から来訪する神使たちの妖数も、「団体様」と十分に呼べるほどだった。稲尾椿姫を筆頭とした稲尾一家に大瀧・尾張の雷獣姉弟二組、そして金毛妖狐の稲原夫妻などなどと言った面々が、この度現世にやって来るのだから。もちろん、広報部長にして源吾郎たちの兄貴分でもある
※
「あれま。今回は妖狐グループと雷獣グループで、別れて座談会でもやる感じなのかな?」
興味深そうに声を上げたのは、邪神系妖狐を名乗る夢咲蕾花だった。
その言葉通りと言うべきなのか、蕾花の傍らにいるのは稲尾家の一行と、その縁戚である稲原夫妻だった。彼らの伴侶として鬼や雪女の姿も見られたが、概ね妖狐たちの集まりと言って良いだろう。稲尾一族は裡辺の地で高名な白狐の一族であるし、稲原穂波は金毛の妖狐なのだから。
「あ、いえ。僕たちの方では、妖狐グループとか雷獣グループって言う割り当ては特に考えてはいなかったのですが……」
源吾郎は言いながら、「雷獣グループ」の方をちらと見た。幽世からの来訪者たる大瀧姉弟と尾張姉弟は、早速現世の雷獣連中に捕まっていた。捕まっていたと言っても物騒な気配はなく、むしろ今にも座談会が始まりそうな勢いすらある。いや、既にほうぼうから歓声やら何やらが上がっているのを見るだに、座談会は始まっているようだった。
「今回は、雷獣の参加者がいつもより多いですからね。雷園寺君は言うまでもありませんが、今回は叔父の三國さんですとか、雷園寺君の弟妹達ですとか、他にも親戚の方とかも参加しているんです。雷園寺家も大所帯なので……」
それで雷獣たちは互いに固まっており、ついで大瀧姉弟と尾張姉弟がこの雷獣たちに捕まったのだ。源吾郎は全て言い切りはしなかったが、それでも蕾花たちには事情は伝わったようだった。
「なーるほど。確かに雪羽君は大瀧さんを慕っているし光希とも仲良くしているもんな。穂村君……いやキメラ君たちだってやっぱり大瀧さんたちの事は気になるだろうし、何より今回は三國さんがいらっしゃるもんねぇ」
蕾花もまた、雷獣グループの方に視線を向けていた。雪羽の弟妹達やら叔父夫婦やら親族たちやらが寄り集まる中で、大きな存在感を放っているのは二人の雷獣である。その二人というのは、もちろん狼系雷獣の大瀧連と、クズリ型雷獣の三國その
源吾郎たちに視線を戻すと、蕾花は何かを思いついたと言わんばかりの笑みをその面に浮かべる。
彼の弟妹分である稲尾竜胆や菘、そして稲尾椿姫の息子である桜花が、不思議そうに訝しげに蕾花の様子を窺っていた。ややあってから、ジト目で口を開いたのは三尾の白狐たる竜胆だった。
「兄さん。また何か悪い事でも考えているんじゃあないだろうね?」
「……いや。大瀧さんと三國さんは、相性が良いんだろうなって思っただけだよ」
「ほんとぉ?」
ややつっかえたような蕾花の問いに、菘が目を丸く見開きながら問いかける。
「そんなこといって、ほんとうはれんとみくにがバチボコたたかうのをきたいしてるとか?」
「いや、まぁ、それは……」
菘の目にはあの同心円の模様は浮かんでいないが、彼女の言葉自体は図星だったらしい。源吾郎たちの戸惑いの色を読み取ったのか、蕾花は僅かにうろたえたような表情を見せていた。
「まぁ、喧嘩は妖怪の花って私たちの世界では言われているから、仕方ないね」
細くしなやかな尻尾を振るいながらそう言ったのは、猫又の霧島万里恵だった。彼女はずっと稲尾椿姫の傍らにおり、蕾花たちのやり取りを黙って聞いていたのだ。悪戯っぽく微笑む彼女の真意は、見定めようとしてもどうにも解らなかった。
だが彼女の主君であるという椿姫は、万里恵の方に顔を向けながら思い出したように告げた。
「あら万里恵。あんたも雷獣グループに、大瀧さんの所に行っても良いのよ。秋唯さんだって弟だけじゃなくて旦那まで連れてるんだからさ」
気が向いたらね。ぺろりと舌を出して告げる万里恵の姿は、何ともコケットリーな物だった。
「さっき源吾郎君も別に座席とかは固定じゃあないって言ってくれていたし、ほとぼりが冷めたら行ってみようかなって思ってる所。それに今は、ちょっと私でも入り込めそうにないし。大瀧さんと三國さんだっけ。早速男同士の世界って感じになってるからさ」
――特段何も起こらずに、平和に座談会が終われば良いんだけど。源吾郎は口には出さずに、心の中でそんな言葉を唱えていた。
※
「まぁ。今日は現世の皆も交えて座談会ってお話だったけど、現世におる雷獣の皆さんも、たくさん集まってらっしゃるんやねぇ」
優しく、柔らかな声でそう言ったのは、大瀧真鶴と名乗った雷獣の女性だった。
雷園寺ミハルにとっては初対面の相手であるが、大瀧連の姉である事はその姿から明らかだった。明るい金髪にイヌ科獣らしい肉厚の狼耳は、まさしく弟のそれと同じものなのだから。そうでなくとも、彼女の姿の背後には、金色の巨狼の姿がちらつく。とはいえ恐ろしい物ではない。母性が強く、幼く弱い者を優しく包み込むような、そんな雰囲気を感じていた。
「ええ、もちろんですとも大瀧の姐さん」
真鶴の言葉に応じたのは、長兄の雪羽だった。真鶴の事を臆せず姐さんと呼ぶ兄の顔は、既に興奮と歓喜で火照っていた。叔父である三國が変な事をしでかさないようにそれとなく様子を見よう。叔母である天水や月華から言い含められていた事を、長兄は既に忘れてしまったのかもしれない。
「何分、僕らは兄弟とか親戚が多いので、今回の座談会に出席したいかどうかって事でお声がけしたら、結構な妖数が集まったんです。特に、穂村たち……俺の弟妹達はどうしても大瀧さんたちや尾張さんたちには会いたがってましたし」
そこまで言うと、雪羽は突如としてこちらに向き直り、ミハルたち兄妹の顔に視線を向けていく。兄の開成は無邪気な様子で頷いていたが、穂村は緊張したままの面持ちでぎこちなく頷くだけだった。ミハルだって、緊張して神妙な面持ちになっているのかもしれない。
そんな兄妹たちの様子を見ていた蓮が、少し不思議そうな表情で呟いた。
「雪羽君だけじゃあなくて、穂村君たちもやって来る事は解ってたよ。だけど、もう一人見かけない子がいるみたいなんだけど……」
「それって、僕の事ですよね!」
開成の隣に控えていた少年が、蓮の呟きに反応して声を上げた。緑灰色の瞳は丸く見開かれ、普段は細い灰褐色の二尾が、驚きの為にぶわりと膨らんでいる。
それでも少年は、ミハルの異母弟に当たる雷園寺時雨は自己紹介を始めた。
「お、大瀧様に尾張様、ですよね。初めまして。僕は雷園寺時雨と申します。実は僕も、穂村兄さんや雪羽兄さんたちの弟なんです。ええと、母親は違うんですけれど」
緊張しているのは時雨も同じ事らしい。たどたどしい口調で、雷園寺家次期当主候補として幽世の雷獣たちに会いに来た事についても彼は説明していた。
途中で雷園寺家の次期当主候補は雪羽ではないか……という疑問が持ち上がりもしたが、その辺りは現段階では保留という事を雪羽が説明し、ややこしい話を回避する事が出来た。
というよりも、雪羽が詳しい話を行おうかどうかと悩んでいた丁度その時に、叔父である三國がやや声高に口を開いたのだ。
「それはそうと、今日は僕らの方もようけ子供らを連れてきた形になったんですけれど、そちらの皆さんは大丈夫ですかね」
口早に三國は言うと、さも当然のように蓮に視線を向ける。
「特に大瀧さん……弟さんの方は、子供が苦手だという話を、甥の雪羽から聞いていましたので」
「それなら大丈夫ですよ、三國さん」
三國の言葉に、蓮は即座に答えてニヤリと笑った。人型を保っている彼の口許から、猛獣のごとき牙が見えたのは気のせいでは無いはずだ。
「子供嫌いなら、とうに克服しましたよ。彼女が子供好きですし、そうでなくとも何やかんやで子供らに接する機会はありますからね。
それに雪羽君や雪羽君の弟妹達は、良い子で悪さをするような連中でもないだろうから大丈夫ですとも」
「そうですか。それなら良かったです」
蓮の言葉に叔父の三國は無邪気に頷いていた。座談会は何となく始まっているが、意外と和やかに進みそうだと、ミハルはこの時思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます